「パソコンが“家電”になる」ということの本当の意味


花山 武士(はなやま・たけし)
技術評論家


  「パソコンが“家電”になる」というキャッチ・コピーを雑誌などで目にするようになった.ここでは「“家電”になる」とはどういうことなのか,考えてみたい.

 現在,日本全体の需要の約6割は個人消費で,残り4割が企業や国などである.個人需要のほうが日本経済への影響力が大きいわけだ.つまり,家庭という市場は大きい.

 すでに成熟商品で買い替え需要が主なテレビ受像機や自動車でさえ,日本の年間販売台数は700万〜900万台.家庭市場の規模は,日本対米国対欧州で1対2対2といわれているから,世界で年間3500万〜4500万台のビジネスが約束される.大市場だ.企業需要が中心だったパソコンが“家電”になりたがるのも無理はない.

「技術革新」がだれでもわかる時代

 では,“家電”の市場はどのように立ち上がってきたのだろうか.代表例として,まずテレビ受像機の歴史を振り返ってみる.

 白黒テレビ放送が始まったのは1953年.当時のテレビは,ステータス・シンボルであり,豊かな生活の象徴だった.テレビ・スターが続々登場した.まずプロレスの力道山.プロ野球では1958年に長嶋茂雄がデビューした.人々は,街角に設置された「街頭テレビ」に集まって観戦した.テレビ受像機は高価で,憧れの的だったのである.遠くで行われていることを自宅で見ることができるテレビの「機能」に,人々は新鮮な驚きをもった.人々はこの「機能」を手に入れたいと思い,テレビは爆発的に普及した(図1).


〔図1〕 カラー・テレビ,VTR,パソコンの世帯普及率
発売年(または経済企画庁が統計をとり始めた年)を基準として1年後,2年後…の普及率.御利益がわかりにくいほど,市場の立ち上がりは遅い.


 次に大型ヒット商品になったのはVTR.家庭用VTRが本格的に普及し始めたのは1975年のベータ方式,および1976年のVHS方式の登場からとなる.人々にとって,VTRの「機能」は,テレビと比べてちょっとわかりにくかった.開発当初は,「VTRはタイム・シフト(録画しておいた番組を自分の好きな時間に再生してみること)の道具だ」とメーカは考え,そのような売り方をした.だが,なかなか市場は立ち上がらない.

 そこに現れたのが,どこかのだれかが考えた「レンタル・ビデオ」を見るというVTRの使い方だ.ご存知のように,ポルノ・ビデオの登場が市場に火を付けた.VTRを買えば,放送できないアブナイ映像を楽しめる.いつテレビで放送されるかわからない劇場映画も,ビデオ・テープを借りてくれば,休日にゆっくり楽しめる.「VTRはこういうことができる機械なのだ」と人々が理解してからの市場の立ち上がりは早かった.

成熟商品の価格は消費者が決める

 では,市場が成熟したらどうなるか.つまり,どの家庭にもカラー・テレビとVTRが普及し,買い替え需要が中心となったとき,市場はどう変化するのだろうか.

 新しい「機能」が市場で評価されている間は,作り手市場だ.人々はその「機能」欲しさにカネを払う.ほとんどの人がそれを手に入れた後の市場は,買い手市場になる.
成熟市場になった後のテレビ市場をみてみよう.メーカは,次々と新しい付加価値を考え,買い替えを促進してきた.たとえば,30型程度への大型化,次いでBS(衛星放送)受信機内蔵,そしてワイド・テレビである.次はハイビジョンだろう.じつは,この間の売れ筋商品はいつも「10万円」だったのだ.

 消費者の購入基準は「10万円で買える最もカッコいいテレビ」だったのではないか,と私は思う.消費者がテレビという「機能」に払う対価を10万円と決めたと仮定しよう.価格と新規購入者数は図2のような10万円を中心とした正規分布になる.図のアミの面積が普及率となる.たとえば,あるテレビの価格が10万円まで下がってくれば50%の人が購入する.メーカ側からみると,「50%普及させたければ10万円にしなさい.10%でよければ30万円で商売できます.100%普及させたいならトコトン安価にしなさい」となる.そして消費者は,「最新でカッコいいテレビ(ここ数年はワイド・テレビ)」を選択する.前回買ったのと同じテレビなら,10万円は出さない.


〔図2〕 販売価格と新規購入者数
図は正規分布の曲線.


 価格は消費者が決める−−これが家庭市場で成熟するということの意味なのだ.テレビがずっと10万円を維持できたのは,大画面化,BS内蔵,ワイド化といった付加価値を編み出したからだ.それができなかったVTRはひたすら安価になった.

 ここで考えてほしい.「パソコンが“家電”になる」ということは,価格を消費者が決めるようになる,ということ.図2の正規分布でみると,パソコンの中心は,10万〜15万円だろう.その範囲で,どういうオマケ(プレ・インストール・ソフト,DVD装置など)を付けてくれるか,デザインやブランドがカッコいいかが,消費者の選択基準になる.

 機能や性能でパソコンを売り込む時代が終わる,と私は思う.「パソコンが“家電”になる」ということが現実になると,大市場を確保できると同時に,不必要に性能(処理速度や記憶容量)の高い製品は買ってくれなくなるということだ.消費者が賢くなった,という言い方もできる.みなさんはどう思いますか.


(本コラムは1998年8月発売の本誌17号に掲載されました)




◆筆者プロフィール◆
花山 武士(はなやま・たけし).技術評論家.大手電機メーカ勤務を含め,20年間にわたってエレクトロニクス産業の動きを見てきた.技術の進展が世の中をどう変えていくのかを視点に評論を行う.現在は,ネットワーク化された情報化時代が,われわれに幸せをもたらすのかが,最大の関心事.




Copyright(C) 1999 CQ Publishing Co., Ltd. All Rights Reserved.