第5回 情報は自己組織化を始めるか

 情報系エンジニアにとっては,情報処理の文字が示すごとく元になる「情報」と「処理」する技術を組み合わせるのが業である.とくに情報系の立場で言えば,処理のためのエンジンであるコンピュータとその処理を実現する方法,つまりアルゴリズムとプログラミングに問題の本質があるといえる.

 CPUパワーが,現実の情報量に比べて圧倒的に小さいのだからそうならざるを得ないとも言える.問題領域を限定し,細かな動作まで精密にプログラムして,初めて役に立つ情報処理ができるわけである.精密であればあるほど,情報システムは想定された動作,つまりプログラムされた動作しかしない.そう作っているのだから,しごく当然のことである.

 ところが想定されたデータの条件を外れたときは,精密になればなるほどシステムはパニックに陥ることになる.したがって,人が作ったものだから完全はありえないと恨めしく思いつつリセットボタンを押すという日常を繰り返しているのが情報系エンジニアの生活なのである.

 「情報処理システムは,精密なプログラムなしに実現できないものなのだろうか」とは,納期に追われるエンジニアなら誰でも考えることである.

自然発生した(?)サーチエンジン

 世の中には自然発生的であるのに極めて高度な動作をする情報システムもある.それは,インターネット上のサーチエンジンである.ただのデータベースであるといってしまえばそれだけのことだが,従来のデータベースと本質的に違うのは,データの入力をしていないということである.

 世界中に作られたWWWサーバを連携させたことで,新しい機能が発現してしまったと言ってよいだろう.このサーチエンジンはWWWの出現と同時に現れたわけではなく,WWWが安定期に入って,それなりのスケールになってから出現している.

 ということは,情報の量があるしきい値を超えたときに,情報自体が勝手に連携し始めるということがあるのではないだろうか.連携のために必要な最低限の仕掛けはあらかじめシステムに組み込まれているのだが,プログラムが予想を超えた動作を始めたということは,生命現象や生物の行動パターンに似ている.

バイオコンピュータ

 10年以上も前から,生命現象をモデルとした情報処理機械が作れないかというテーマがある.いわゆるバイオコンピュータである.バイオインダストリのブームにぶつかったこともあり,一時期は世間を騒がせた.

 バイオコンピュータにも2種類ある.一つは神経細胞のような有機系の新素子を使ったコンピュータであり,もう一つは生物が情報を処理する方法論を取り入れた情報処理システムである.前者は,生きているトランジスタを作るような話なので情報系といっても少し違う世界になるが,後者は原理を生物に学んではいるが,実現はとりあえずシリコン系コンピュータでやろうという話である.この代表がニューラルネットや遺伝的プログラミングであり,それなりに実用化されてきている.

 生物の強みは,遺伝子に組み込まれているといわれる基本的な行動規範のみで,環境に適応して生き続けることであり,極めつけの現象として自己修復と自己増殖がある.生物はなかなかダウンしないし,外部要因で障害が発生した場合でも自ら種の保存をする方向に動作を始める.

 これを実現しようとする研究は昔からあるが,まだ子孫を作るコンピュータも自分で故障を直すコンピュータも売られていないところを見ると,まだ机上の空論の域を出ていないといえる.

コンピュータに自己組織化が起こると

 もう一つ,生物に顕著な現象として自己組織化がある.自己組織化とは,全体をコントロールするメカニズムを置かなくても,独自の行動をする個体が集まって全体として一つのシステムとみなせるような動作をすることである.蜂が巣を作るのも,人間が街を作るのも,経済原理すらも自己組織化による現象と考えてよいだろう.

 インターネットのサーチエンジンは,それ自体はデータベースだが,情報を吸収する仕組みこそ原始的ではあるものの,自己組織化システムと考えてもよいのではないかと私は思っている.ニューラルネットも考えようによっては,大量のデータを自動的に分類して,特徴パターンを抽出するという点で情報の自己組織化を目指していると考えられる.

 自己組織化は個体数,つまり情報量があるしきい値を超えたところで機能を開始する.これまでは,情報の入力そのものが人力だったから,そのしきい値に達することが困難だったのである.ところが,今はディジタル流通の時代であり,地球上にはディジタル情報があふれている.その情報が自己組織化する方向に動き出したら,情報処理の方法論も大きく変わることになるだろう.

 自己組織化は一つ二つの個体では発生せず,個体数があるしきい値を超えたときに起こるという説がある.これだけコンピュータとネットワークが普及してきたのだから,情報処理の基本メカニズムとして自己組織化機能を入れておけば,コンピュータ群が自然にある目的を持った機能を発現する仕組みができるのではないだろうか.

 自己組織化に基づく情報システムでは,プログラムするのは個体の行動原理であり,あとはその個体が自然発生的に増える仕掛けを作ればよい.WWWの場合,その仕掛けはインターネットとSGML,つまりタグ付き文書構造の標準化であったといえる.

 情報が自己組織化し,かってに機能してくれるのなら,ディジタル情報で溢れる21世紀もそう悪いものではない.少なくとも,全人類がプログラマにならなくても済みそうだから.

山本 強・北海道大学



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