第13回 MindStormsが起こす嵐

 本誌の兄弟誌であるTRY!PC11月号,12月号において,LEGO社のロボット発明システムMindStormsに関する特集記事が掲載されていた.正直にいうと,私はいろいろと話題になっているらしいこのMindStormsがすでに発売されているということを,残念ながら知らなかった.そこで早速,基本システムであるRIS(Robotics Invention System 1.5)を並行輸入で購入してみた.

MindStormsがやってきた

 発注して1週間で配達されてきたMindStorms RISを簡単にいうと,「ロボット発明システム」と謳っているが基本はLEGOであり,それに新しいブロックとしてコントロールボックス,モータ,センサを追加しただけのものである.対象年齢も12歳からということで,小学校卒業程度の知識があれば,ロボットを自分で設計できることになっている.

 このキットに適応年齢12歳以上と明記するということは,12歳ぐらいになるとPCに自分でソフトをインストールして,シリアルケーブルを繋ぎ,プログラムを作ってダウンロードするという「概念」を理解できることを,LEGO社では想定していることになる.それはそれで,結構すごいことである.

 また,そういう情報リテラシの水準とは別に,さすがLEGO社というところもある.RISに含まれるセンサのコネクタは正方形であり,LEGOブロックと同じ形状の接続端子になっている.

 センサの中には光センサのように自ら発光するものもあって,電力および信号のラインが必要なものもある.ところがこのセンサ,接続ケーブルを見ると線がどうも2本しかないように見える.しかも,挿入方向は4方向が可能なのに,どの向きに挿すとは示されていない.

 実際,4方向どの方向に挿しても動作する.フールプルーフがしっかりしているといえばそれまでなのだが,そこまでするかという気もする.コードが2本で,どの向きに挿してもきちんと動作するアクティブセンサ,こういったところへのこだわりがLEGO社の真髄なのだろう.

ロボット界のマイコンキット

 さて,これを手に入れて遊び倒して感じたこと.この感動は,私自身にとって1976年頃にマイクロプロセッサを最初に手に入れて,それが動いたときと極めて近いものだった.これをただのおもちゃと見くびってはいけない.MindStormsはロボットの概念を「鉄腕アトム」のイメージから「形状レベルの汎用機械」にシフトさせた「物体」なのである.

 LEGOは,昔から形状レベルでメタな物体ではあったが,マシンではなかった.それに駆動機構,センサそして制御中枢を加えて汎用機械にしたのがMindStormsなのである.とはいえ所詮LEGOであり,ぶつかると簡単に壊れる.

 昔,TK-80やL-Kit16といったマイコンキットが登場してきたときも,それで何か凄いものができたのかというとそうではない.みんなでLEDを点滅させて,それだけで喜んでいたのである.しかし,それによってマイクロプロセッサがどんな意味をもっているのかは正しく理解できた.それと同じように,MindStormsは汎用ロボットがどういうものかという概念を理解させてくれる物体なのだと考えることができる.

専用機文化と汎用機文化

 昨今のロボットブームの中で,このキットの情報が一般にはあまり流れてこないということがちょっと気になった.ロボットがマスコミで話題になっていないということはない.ソニーのAIBOという大きなニュースになるロボットも現れた.

 それでは,AIBOとMindStormsは何が違うのだろうか?決定的な違いといえるのは,AIBOは専用機であるのに対し,MindStormsは汎用機であるということではないだろうか.AIBOは誰にでもわかりやすいが,できることは事前に組み込まれたプログラムの範囲内に限定されている.MindStormsには可能性が与えられるのであって,何ができるかは使う人の発想にかかっている.

 AIBOに関して,11月13日付けの日本経済新聞に面白い記事を見つけた.AIBOが好評なので1万台増産されることになった.その予約を募ったところ13万件以上の予約が殺到したというのである.日本のロボット技術は凄いということなのだが,記事にはその予約の93%は日本国内からだったという事実も書かれている.AIBOについては,初回売り出しの5000台が20分で売り切れたということも有名だが,これは日本国内分に関してであり,米国販売分は完売するまでに4日(も?)かかったのだとか.

歴史は繰り返すか

 歴史を振り返ってみよう.1978年に日本で初の日本語ワープロという専用機が発売され,その後就職に有利な資格としてワープロ入力技術がもてはやされた.同じ頃,米国でIBM-PCという汎用マシンが発売され,それを共通プラットホームとしてソフトウェアベンチャやインターネットビジネスが花開いた.

 AIBOとMindStormsの値段は,約10倍ほど違う.20年前のワープロ一号機とIBM-PCも大体10倍ぐらいの価格差があった.すなわち,その時点におけるわかりやすい機能を買うか,10年先の可能性を買うかという違いであるともいえる.

 ひょっとすると,20年後にロボットベンチャが花開くかもしれない.そのときのキープレイヤになるのは,投資としてAIBOを買った人ではなく,MindStormsでロボットを作る経験をもてた今の少年達である可能性が高い.

山本 強・北海道大学



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第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
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