3/16

日本DIY市場の特殊性

●はじめに
 昨年、台湾企業を数十社訪問しましたが、その際、いつも尋ねられるのが「当社は日本市場に参入しようとしたけれど、どうもうまくいかない。なぜなのだろう?」という質問です。この点に関し、いままでも私の意見を発表してきました。
 今回は、それをまとめてみたいと思います。


●日本市場の特殊性が意味すること

 日本市場が特殊である、と台湾の人たちが考える理由は何でしょうか。私は、何度もその質問を台湾企業のトップにぶつけてきました。そして、その回答をまとめると、要するに次のことに集約できるようなのです。
 
 「いつも世界を相手にして商売するやり方が、日本に対しては効果がない。一時効果的でもすぐにだめになってしまう」
 
 確かに、もしそうだとすると、日本市場は特殊であるといえます。では、「いつも世界を相手にして商売するやり方」とはいったい何なのでしょうか?
 それは「価格を下げる」ということなのです。つまり、台湾の人たちは、価格を下げても売れないから、日本市場は特殊である、と判断しているようなのです。
 
 では、なぜ価格を下げても売れないのでしょうか。このことについて確実なことはいえませんが、日本人として生まれ育った私の感覚で説明します。
 一般的に価格を下げると、仕入れる方は、仕入れ価格が安くなるのですから、エンドユーザー価格が他社の同一製品と同じであれば、ディストリビュータ(代理店)もショップも儲けを増やすことができる理屈になります。しかし、他社の同一製品と同一価格で売れるかどうかは別問題です。つまり、他社の同一製品にある程度一定したブランドが定着している場合には、ブランドのない製品が入り込むのは非常に困難です。ブランド品と我が国でのブランドが確立していない製品を同じ価格で売ることはできないでしょう。
 そうすると、ブランド品と同じ品質なのに、安い、ということを宣伝文句にするしかありません。それなら、ある程度売れる可能性が出てきます。しかし、そう簡単にうまくいくわけではないのです。

●価格の問題

 いったん、ブランド品と同じ品質で安い、というキャッチフレーズが定着すると、その製品は永遠にブランド品になることができないか非常に困難になってしまうでしょう。
 ここで、世界で一番売れているメインボードメーカーを例にとって話を進めましょう。世界で一番売れているメインボードは、PC CHIPS製です。ただし、PC CHIPSと名乗っているのは台湾・香港・日本だけのようで、世界的にはPC100というブランドで売っています。台湾でのPC CHIPSの名称は「明致」と言います。なお、PC CHIPSの代表とECSの代表は同じです。

 なぜ、PC CHIPSのメインボードが世界1売れているのでしょうか。それは、価格が安いからです。なお、ここで世界1売れているという言葉の意味は、世界でもっとも多くの枚数が売れているという意味です。売り上げからいくと、一般的にはASUSTeKの方が上かもしれませんが、ASUSはメインボード以外も販売しているので、正確なところはいえません。ただ、PC CHIPSが世界一多くの枚数を売っていることは事実なのです(Intel製は除く)。
 私は台湾にあるほとんどのメインボードメーカーを訪問しましたが、どのメーカーも「いくらがんばってもPC CHIPSの価格は出せない」とはじめからPC CHIPSと張り合うことを止めています。それほど安いのです。ただし、安い分、品質に問題がある、という人も多くいます。確かに、私がテストしたPC CHIPSのメインボードには、メモリソケットが堅く、DIMMを取り付けるのに苦労することもありました。
 なお、PC CHIPSメインボードが安いのは、メインボードに関するパーツのほとんどを自社生産、しかも工場は中国大陸においているから、とのことです。たとえば、DIMMソケットやCPUソケットなどを自社で生産しているのはPC CHIPSだけです。昨年PC CHIPSがスロット1とソケット370を同居させたジェミニ方式のメインボードを出したのも、スロット1自体の在庫を一掃するためである、という説もあるくらいです。事実、2000年に入って、このジェミニ方式メインボードは極端に市場から消えています。

 品質のことは、今回の記事に関する目的ではないので、ここでは触れませんが、世界で一番多く売れているPC CHIPSのメインボードが日本で流行しないのはなぜなのでしょうか。ブランドイメージが確立していないからなのでしょうか。いえ、そもそもPC CHIPSは価格で勝負しているのですから、ブランドの問題ではありません。また、価格的に安いなら、ブランドが確立していなくても、問題は無いはずです。くどいようですが、PC CHIPSはブランド力を上げたい、という会社ではなく価格で勝負するので、ブランドイメージが良くならない、ということはPC CHIPSにとってデメリットではないのです。

 以上のことからもわかるように、PC CHIPSが日本で流行しないのは、やはり価格そのものが原因であると考えるのが妥当のようです。では、実際のところ価格はどうなのでしょうか。いろいろと日本のショップに尋ねると、以外と安くないのです。ショップとしては、高く売ったほうが儲かるのは事実です。確かに少し高めに売っているような気がします。その理由は、PC CHIPSが価格で勝負していることを日本のショップが知らないのかもしれません。
 次に、PC CHIPSのメインボードの多くは多機能です。グラフィックスやサウンド・ネットワークやモデムなどオールインワンタイプも多いですし、以前にはメインメモリさえオンボード、メモリセットでも販売していました。多機能であることが、ショップに対し少しくらい価格が上がっても良いだろう、という印象を与えたのかもしれません。しかし、よく考えてみると、当然のことなのです。
 現時点では、日本でのメインボード販売量はASUSTeK社のほうがPC CHIPSよりも多いです。メインボードは、在庫とオーダーの関係から空輸します。船便では遅いのです。空輸なら、一度の出荷量が多いほど、メインボード1枚に対する輸送費は少なくなります。従って、輸送費を工場出荷価格に加えると、ASUSTeKとPC CHIPSの価格差は小さくなってしまうのです。従って、PC CHIPSのメリット、価格が安い、が生かされないのです。

 ところが、ベアボーンになると、ASUSTeKもPC CHIPSも船便コンテナです。コンテナ単位の経費が必要となるのです。ASUSTeKもPC CHIPSも同じ立場です。従って、PC CHIPSのベアボーンは安く日本市場に出すことができます。1999年、PC CHIPSのベアボーンが非常によく売れたことは記憶に新しいことです。
 
●日本と台湾


 台湾企業のマネージャは「貿易をするのに英語もわからんとは情けない」と怒っています。それに対し、日本企業の側は「日本と取り引きをしたいなら日本語を勉強しろ」と反論しています。ある年のWorld PC Expoでのことです。
 もちろん、どちらの主張が正しいかを決定することはできませんが、国連では英語は通じても日本語は通じないのですから、世界と取引をするには英語を勉強して欲しいという、台湾側の意見の方に私の意見は傾いています。台湾側が「日本の担当者は当然英語を話すだろう」と期待したとしてもそれを問題にすることはできません。しかし、日本人は教育環境にも責任があるのかもしれませんが、日本語マニュアルの添付しなければ、日本では売れないのも事実なのです。

 しかし、日本語をマニュアルを添付するには、翻訳費や印刷費などが必要となることは当然で、この経費を誰が負担することになるのでしょうか。
 
●ブランド:日本におけるPC台頭までの流れ

 次に、ブランドについては考えてみましょう。日本人がブランド志向であるといっても、メインボードなどのPCパーツについて、それにたいしてブランドというものがある、というのはなぜなのでしょうか。
 いわゆる、PCといわれているもの、Windowsマシンといわれているもの、DOS/Vマシンといわれているものは、簡単にいうとPC/ATとそのPC/AT互換機です。とはいえ、PC/AT自身はすでに現役ではなく、PC/AT互換機といっても、本体の存在しない互換機です。
 しょせんは互換機です。それなのにどうして、ブランドが関係するのでしょうか。

 以前、NECのPC98シリーズの互換機をエプソンが出していました。しかし、そのとき、エプソンの互換機を互換機であるからいやだ、というユーザーが存在しました。そうです、日本では長い間NEC:PC9800シリーズがパソコンとして半ば独占状態にあったのです。日本では、長い間、2バイト文字の表示という、宿命的問題を解決するため、PC/ATとは互換性のない、NEC製の旧PC9800シリーズが主流でした。独占に近い状態では、価格なども安くなるはずはありません。つまり、世界標準機は日本標準機では無かったのです。日本では、パソコンは高価なブランド品というイメージができあがったのでしょう。つまり、日本ではパソコンに対して本物・互換機(本物ではない)という構図が完成したのです。

 その後、Windowsマシンとして富士通など数社が低価格パソコンをリリースし、NECも結局PC9800シリーズをPC/AT互換機へと変更することになりました。世界標準機が日本標準機になったのです。価格は下がっても、パソコンはブランド品というイメージはそのまま残ってしまったのです。

●日本のPC/AT自作

 以上のように、日本ではDOS/Vマシンが普及し始める頃からパソコンの価格が非常に下がってきました。そして、いろんなソフトウェもいっぱいインストールされました。日本では、完成したシステムとして、低価格でPC/ATを購入できました。従って、PC/ATを自作するユーザーというのは、PC/ATの自作自体を趣味として楽しむ、もしくは、より高性能を求めるユーザーということになります。

 安さを求めるよりも、速さを求めるのです。初心者も雑誌や友人、ショップの助言によりどんどんパワーユーザーになっていきます。

●自作に対する日本人と台湾人の行動

 趣味の物であり、パソコンはブランド品、自作は趣味、速さ高性能を追求、ということが重なり、PC/AT自作に対する感情も日本人独自のものとなっていったようです。
 台湾では、システムが高価であるため、学生など個人ユーザーは、PC/ATを自作するしかありません。少しでも安く入手したい、というせっぱ詰まったものがあります。
 台湾にある光華商場などの電脳街で、マザーボードを購入しようとすると、スタッフはその場でパッケージを開封します。梱包内容などに不足がないか、破損しているものがないかを調べるためです。場合によっては、ショップ固有の保証シールを貼ります。客が希望すれば、その場で、メモリやCPUなどを取り付け、正常に起動するかどうかさえチェックします。初期不良はそこであぶりだされます.ただし、注意が必要なのは、この現象は台湾だけではなく、アメリカやヨーロッパでも同じだということです。日本だけが異なるのです。

 ところが、日本では趣味の製品で、高価なブランド品であるパソコンパーツは、単なる道具ではありません。購入したメインボードのパッケージをショップで開封するというのは許されません。開封すると中古品になってしまうと、考えるのが日本人です。購入したパワーユーザーは、楽しみながら家路へとつく。自室でこっそり、にやにやしながらパッケージを開け、マシンを組み立てるのです。
 初期不良があっても、ショップでは発見できない訳ですから、もし、初期不良があった場合には、ユーザーは次の休みにもう一度ショップに行って文句を言いながら新品に交換してもらうのです。このとき、スタッフが本当に不良かどうか調べるまで3日待って欲しい、などといっても通用しないのです。

●不良品問題

 日本では不良を減らすことが非常に重要なことになります。そのためには、出荷時の検査を日本以外の出荷に対するよりも厳しく行う必要があります。しかし、出荷時の検査をより細かくするにはそれだけの経費が必要です。先の日本語マニュアル作成費も必要ですから、台湾メーカーは日本に出荷する製品に対する経費はアメリカ向け製品よりも高くつきます。

 ショップで不良品と決めつけられたメインボードは、最終的には台湾へと戻ってきます。しかし、その多くはBIOSやジャンパーの設定ミスなどです。台湾まで運ぶ必要のないものが50%以上なのです。台湾メーカーは、修理し、設定を直し、日本へ返します。この経費については、通常、日本から台湾に送るときは日本側負担、台湾から日本に送るときは台湾負担です。この点は、世界的に標準といえますが、先の自作ユーザーの行動からも推測できるように、日本では不良率が必要以上に上がってしまうので、日本との貿易には必要以上の不良品送付経費が必要となるのです。

 台湾メーカーは、メインボードの価格はメインボードの価格として考えています。フラットケーブルやマニュアルは別料金なのです。不良品は修理しますが、パッケージやマニュアルなどを新品と交換するわけでもなく、不良のあった製品のみを修理して返します。
 日本に帰ってきたメインボードは、お客さんに渡すのですが、先にも説明したように、すでにお客さんには別の新品を渡しているので、帰ってきたボードは、パッケージとかが古くなった以上、新品として販売できないわけです。日本のディストリビューターやショップは、このようにして帰ってきたメインボードをもはや新品として販売することはできません。

 従って、日本にメインボードを売りたいなら、不良処理製品を日本に返すとき、パッケージやマニュアルを新品に交換し、フラットケーブルもパックし直して返せばよいのです。しかし、それには経費も必要ですし、それよりもそのようなやり方をそもそもしなければならないという事実を台湾メーカーは知らないのです。価格を下げれば売れるはず、のみを繰り返すのです。
 もちろん、パッケージなどを新品に交換して返すにはそれなりの経費が必要です。その経費をはじめから出荷価格に加えておけば、台湾メーカーも安全なのですが、そもそも価格勝負と思っている台湾メーカーに、経費を上乗せして出荷することはできないのです。もし、日本側がパッケージを新品にして返せと言った場合には、台湾側もその分の経費を出して欲しい、と言い返すでしょう。おそらくは、契約書にはそのあたりについて、記述されていないのが一般的なようです。それは、このような自体が、日本との契約でのみ問題となるからです。

 しかし、ここに超裏技を使ったディストリビュータがいます。このディストリビュータは、不良メインボードを到着時不良として台湾に送り返したのです。もし、到着時不良なら、すべての経費を台湾側が出さなければなりません。これは、非常に頭の良いやり方です。しかし、このようなことを長く続ければ、信用を失うというのも事実なのです。
 
●日本との取引には経費がかかる

 以上のことから考えても、日本対してPC/ATを販売する場合に、アメリカなどに輸出する場合よりも経費が必要となることが理解できると思います。
 しかも、その経費の割合は、普通では考えられないほど高くなります。それは、1回の取引量がアメリカに対する場合は、10K単位レベルであるのに対し、日本ではK(1000)ピースにも満たない場合があるからです。台湾では、流れ作業でどんどん製品が完成します。工場スタッフにも給料を支払わなくてはなりません。それなのに、1000ピース以下の量で、しかも、文句ばかり言い、経費もかかる、それが日本との取引の実体といえます。

 また、日本総代理店と広告しているディストリビュータがいますが、実は単なる正規代理店である場合も多いのです。その理由は、総代理になると、最低でも一定数を購入しなければならない、その数とは、やはり5Kから7Kとなります。その義務はいやなので総代理にはならない、というのです。
 総代理ではないのですがから、台湾メーカーがほかの代理店に販売しても法律上問題はないのです。むしろ、総代理ではないのに総代理である、ということのほうに問題があるのです。しかし、もし、ほかの代理店に売ると、そのディストリビュータは怒るのです。これは、日本側の悪いところです。しかし、台湾としては、そのディストリビュータと喧嘩すると、たとえ勝っても、今後の取引に影響を与えるであろう、という考えから、何もいえずに引き下がっているのです。

●終わりに

 要するに、日本へのPC/ATパーツの輸出は、非常に面倒で利益の薄いものです。それでも、台湾メーカーは日本に売りたいと思っています。それは、日本で売れている、というと世界でその製品のステータスが上がるからです。つまり、日本人は製品の質などについて非常にうるさい民族だと理解されているようです。

 最近、PC/ATシステムディスプレイなしタイプで39800円というのがリリースされています。また、インターネットなどを契約すると無料でPC/ATを利用できる制度もあるようです。このような、システム低価格のな波は台湾にも影響を与えてます。台湾でもシステムが安く入手できるようになり、DIYユーザーが減ってきているのです。
 そう、使い捨てパソコンの時代が到来しつつあるのです。このとき、PC/ATの工場である台湾はどういう対応をするのでしょうか。

戻る 


Copyright 2000 岩村益典