第1章 TCO低減の動向

鈴木 宏

 何かと話題になっているTCO低減ですが,TCOには諸要素が含まれますので,一口に説明するのは不可能です.ここでは,クライアントPCにかかわる費用に的を絞り,ネットワークコンピューティングという観点で,浮上している構想およびそれぞれの特徴を概観します.

1. TCO低減――標的はクライアント管理費用

 一口にTCO低減といっても,TCOにはサーバーにかかる費用,ネットワークにかかる費用,ソフトウエアにかかる費用という具合に,いろいろな要素が含まれています.この中で昨今の話題は,1人1台あるいは1人複数台というように増え続ける,クライアントPCにかかる費用をいかに低減するかという問題です.ここでは,クライアントPCにかかる費用について,

(a) 一般的に必ず発生してしまう費用
(b) ユーザーの勝手なふるまいから発生する余計な費用
(c) クライアントPCそのものの費用

と分けて考えてみましょう.

 (a)には,導入時に行うWindows95などのオペレーティングシステム(OS)の各種設定作業(セットアップ)やローカルエリアネットワーク(LAN)のセットアップにかかる費用,電子メール,表計算などのアプリケーションソフトウエアのインストールやバージョンアップ作業にかかる費用,定期的なウイルスチェックにかかる費用などが含まれます.これらは,すべてのクライアントPCにかかるものなので重要です.

 これに対し,(b)は,クライアントPCの利用者(ユーザー)が勝手にソフトウエアをインストールしたり,機器を増設したり,誤った操作をすることに起因する費用です.ユーザーが故意に行った機密漏洩などの損害やそれを防止するための費用も含まれます.しつけの行き届いたユーザーばかりならよいのですが,自由にやりたいユーザーやよく分かっていないユーザーが多い場合には,トラブルが多くなったり,対応費用がかかります.

 国内の現状は,(a)や(b)のクライアント管理が職場のボランティアによって行われている場合が多く,まだまだ現実的な問題として顕在化していなかったり,総額がいくらなのかはっきりしないといった面もあります.しかし,ボランティアのいない(あるいは,いなくなった)職場や,あってはならない機密漏洩などが起こってしまった職場などでは,問題が顕在化しはじめており,今後この問題はPCの普及に合わせ確実に広がっていくと考えられます.  (c)は説明するまでもありません.PCは,ほかの分野には比べるものがないほど急激に低価格化が進んでいる製品であり,現に1,000ドル以下のWindows用PCが登場し激しい低価格化競争が始まっています.これも,大変気になる要素です.

 これらのほかに,ユーザーや管理者の教育にかかる費用などもあります.

2. ネットワークコンピューティングによるTCO低減

 最近のネットワークコンピューティングという言葉は,企業などにおけるクライアント/サーバーシステムにもインターネットの良い点を取り入れようという考え方です.インターネットでは,世界中にいろいろな種類のクライアントPCが数多くあり,互いに関連しながら急激に増殖しています.企業などにおけるクライアント/サーバーシステムの仕組みにも,インターネットの良い点が生かせないかという訳です.

 インターネットでは,どこかのある情報が必要なとき,インターネットにつなぎさえすれば,そこから情報を受け取ることができます.また,どこかへある情報を発信したいとき,インターネットにつなげば,そこへ情報を送ることができます.そして,インターネットを利用するのに,ユーザー側はブラウザーさえ用意すればどんなPCや端末でもかまいません.つまり,いろいろな仕組みは,ネットワークの向こう側に用意しておいて,ユーザー側はシンプルにする.そして,ネットワークにつなぎさえすれば,ユーザーは今まで以上に効果的なことができる,というのがネットワークコンピューティングのポイントです.

 ネットワークコンピューティングでできる今まで以上のことの1つに,コラボレーション(チームワークで仕事をする)があります.これは,複数のユーザーがネットワークの向こう側にある情報資源(リソース)を共有し,互いに関連しながら仕事を進めていくスタイルのシステムです.今までのクライアント/サーバーシステムでも,リソースを共有しながら仕事に活用してきましたが,あるユーザーは共有データを表計算ソフトによる集計作業に利用し,別のユーザーは同じデータをワープロソフトによる報告書作成に利用するだけであり,必ずしも互いに関連しながら仕事を進めている訳ではありませんでした.

 グループウエア,ワークフロー,テレコンファレンスといったシステムは,コラボレーションによって,より効率的に仕事を進めようとするものであり,ネットワークコンピューティングの考え方に基いていると言えます.

● サーバーによる一括管理とThinクライアント

 クライアント管理費用の低減のために,ネットワークコンピューティングの考え方を生かそうとすると,管理の仕組みをネットワークの向こう側,すなわちサーバー側に求め,ユーザー1人ひとりが自分用のクライアントPCの面倒を見る(あるいは,見なければならない)状況から変えることが必要になります.

 つまり,サーバーによる一括管理を達成することが必要になります.これによって,ネットワークにつながるすべてのクライアントPCのセットアップ,アプリケーションソフトウエアのインストール,バージョンアップ,ウイルスチェックなどがサーバー側の操作だけでできるようになれば,前記の(a)「一般的に必ず発生してしまう費用」を大幅に低減することができるのです.

 一方,ユーザー側にあるクライアントPCをもっとシンプルにすることによって,余計な手間がかからないようにする(余計なことができないようにする)ことが必要になります.クライアント管理費用は,もとはと言えばクライアントPC自身の機能を継続的に強化させようとすることから発生する費用とも言えます. 

 例えば,OSや新しいアプリケーションソフトウエアのインストール,バージョンアップは機能強化のためであり,機能が豊富だからこそいろいろなセットアップ作業やウイルスチェックなどの作業が必要になります.そこで,コンピューターシステムの強化の仕組みもサーバー側に求め,クライアントPC自身の機能・構成は限定して軽装備にするというのがThin(シン)クライアントという考え方です.

● ネットワークコンピューター(NC)

 Thinクライアントには,(a)の費用を低減するだけでなく,(b)「ユーザーの勝手なふるまいから発生する余計な費用」および(c)「クライアントPCそのものの費用」の低減を図る狙いもあります.

 Thinクライアントの1つである,ネットワークコンピューター(Network Comuputer:以下NC)は,OSやJavaと呼ばれるソフトウエアをサーバーから毎回ダウンロードして使用するようにして軽装備化を図ったクライアントPCで,広い意味でJava端末と呼ばれることもあります(図1).Javaのソフトウエアは,Windows用PCに使われているCPU (Central Processing Unit:中央処理ユニット)だけでなく,いろいろな種類のCPUを使ったコンピューターや端末で利用できるという特長があります.

 NCは,通常のPCに比べ,余計な増設機構(ベイ,スロット,インターフェースなど)を搭載しないのでユーザーの勝手や誤操作ができにくくなっており,(b)の低減にもつながると考えられます.また,高価なCPUやハードディスクドライブ(HDD),CD-ROMドライブなどのデバイスを搭載しないので,低価格になり得ると考えられています.

 こういったNCの特長を生かした新しいシステムの建設が始められています.しかし,すでにWindows用PCを使っているシステムでは今あるPCをすべてNCに置き換えることは現実的でなく,既存のPCとNCを混在させる場合には互換性などの問題があります.さらに,NCの導入にあたっては,サーバーやネットワークにかかる費用が増大する懸念もあります.

3. Windows環境におけるネットワークコンピューティング

 NCを使用したシステムだけでなく,Windows用PCを使ったシステムにおいてもネットワークコンピューティングの考え方を反映したTCO低減が進められています.米国マイクロソフト社は,Windows NT 5.0を中心としたZAW(Zero Administration Initiative for Windows)と呼ばれるTCO低減の計画やWindows用Thinクライアントの計画を表明しています(図2).

● ZAWにおけるTCO低減

 ZAWは,Windows NT Server 5.0を備えたサーバーを中心に,Windows用PCやWindows用Thinクライアントを一括管理し,TCO低減を図る計画の総称であり,Thinクライアントだけでなく,Windows用PCといったいわゆる肥大化したクライアントPC(Fatクライアント)についても管理費用の低減を達成しようとするところに特長があります.

 豊富な機能を持つWindows用PCをサーバー側で一括管理するためには,サーバー側はもちろんですが,PC側にもそのために必要な機能を装備する必要があります.例えば,サーバー側からWindows用PCのセットアップを行うには,セットアップに必要な構成情報を自動的に得るために,すべてのWindows用PCにプラグアンドプレイ機能のような多様なハードウエア構成の自動識別機能が必要になります.また,サーバー側からWindows用PCのセキュリティーレベルを設定するためには,すべてのWindows用PCにユーザーID設定機能のようなセキュリティー設定機能が必要になります.

 こういった機能は,Windows NT Server 5.0と同時に提供されるWindows NT Workstation 5.0にはフル装備されると思われますが,今年提供される予定のWindows 98や現状主流のWindows95には完全な機能は装備されないと思われます.また,Windows3.1といった旧式のOSは,一括管理される対象にはならないと考えられます.従って,サーバーによるWindows用PCの一括管理を推進するためには,既存のWindows用PCで使用するOSを新しいWindows NT Workstationへ切り替えていく必要があります.また,新しいOSに性能不足などの理由で適応できないPCでは,後述するウインドウベースドターミナル (Windows Based Terminal:以下WBT)として使用することによって一括管理が可能になります.

 このように,ZAWの計画は,Windows用PCを使ったシステムにおいてサーバーによる一括管理を達成し,前記の(a)の費用を大幅に低減するものと言えます.

● Windows用Thinクライアント

 ZAWの計画には,Net PC (Network PC)やWBTといったWindows用Thinクライアントの計画が含まれています.

 Net PCは,ユーザーの自由勝手さを制限することが重要な場面,特に前記した(b)の余計な費用を低減する狙いを持ったThinクライアントと言えます.Net PCは,CD-ROMドライブなどをオプションとしたり,機器の増設スロットが簡単に開けられないようにして,ユーザーの勝手なソフトウエアのインストールや機器の取り付け・取り外しを予防しています.

 また,ZAK(Zero Administration Kit)と呼ばれるソフトウエアツールも同様の狙いを持っています.これは,Net PCおよび通常のWindows用PCに対してユーザーが使えるソフトウエアを制限して,ユーザーの自由勝手や誤った操作による余計なトラブルが少なくなるようにすることができるものです.

 しかし,Net PCは,基本的には通常のWindows用PCそのものですので,サーバーによる一括管理に関しては,通常のWindows用PCの場合と同様,ZAWの計画によるWindows NT 5.0によって達成されます.

 WBTは,NCよりもさらに軽装備化されており,Windows用のいわゆるダム端末といったものです.Net PCやNCは,クライアント側でソフトウエアを処理する機能を持っていますが,WBTは持っておらず,WBTのユーザーは,サーバー側に用意されたソフトウエア,データおよび機器を使用します.

 従って,ユーザーの自由勝手や誤った操作が一層やりにくくなっており,(b)の費用を低減できると考えられます.また,クライアント側でソフトウエアの処理を行わないため,高性能なCPUを必要とせず,さらに低価格になり得ます.また,WBTは,Javaソフトウエアなどのダウンロードを行う必要のあるNCに比べて,ネットワークの負荷も少なく,電話線などを使用したリモート接続も可能です.

 Hydraというコードネームで知られている,WBTを接続するためのソフトウエア(Microsoft Windows Terminal Server)およびWBT専用機がまもなく登場すると見られています.WBTを接続するためのサーバー用ソフトウエアは,Windows NT Server 5.0用はもちろんですが,それに先立ってWindows NT Server 4.0用のものも提供される見込みです.また,同様の効果を持つWindows NT Server 3.51用のソフトウエアが米国シトリックス社から提供されています.

 また,既存の古いクライアントPCなどでも,WBT用のソフトウエアを利用してWBTに変身させることができます.これにより,投資を抑えながら,サーバー側に用意された最新のソフトウエアが使えるようになる点は見逃せません.Windows3.1,Windows 9x,Windows CEなどを使ったPCをWBTに変身させるソフトウエアや,MacOS,DOS,UNIXなどを使ったコンピューターをWBTに変身させるソフトウエアが提供されます.


BackOffice Magazine 1998 May 1998年5月号掲載