WTS の基礎知識

諸星 麻由

 この章では,Windows NT Server 4.0のターミナルサーバー版「Windows NT Server, Terminal Server Edition」(Windows Terminal Server:以下,WTS)について,基本的なポイントを解説します.

 

 WTSは複数の会話型セッションが可能なサーバーOSであり,WTSによるシステムにおいては,すべてのアプリケーションの動作はサーバー側で行われ,クライアント側では,画面データ表示と,マウスおよびキーボード操作などの,ユーザーインターフェースの情報のみが扱われます(図1).


<図1>サーバーとクライアントの役割の違い

図1-1.jpg (20721 バイト)
 

 当然,以下の疑問が出てくることと思います.これらの問いには,順に答えを出していきましょう.

(1) ユーザーインターフェースの画面情報などがサーバーとクライアントの間を行き来するならば,ネットワークのトラフィックは大丈夫か?
(2) すべてのアプリケーションを実行するサーバーには,かなりの負荷がかかるのではないか?
(3) 1つのアプリケーションを大勢が同時に使うと,何か問題は起こらないのか?また,WTS用のアプリケーションを,改めて購入しなければならないのか?
WTS開発の経緯
 WTSの開発は,米マイクロソフト社と米シトリックス・システムズ社(以下シトリックス)の提携から始まりました.シトリックスは以前より「WinFrame」という製品を開発・販売しており,ワールドワイドですでに10万サーバー,200万クライアントの販売実績を持っています(日本語化はされていない).マイクロソフトは,1997年5月12日にシトリックスのマルチユーザーNT技術のライセンス契約を受け,シトリックスと,WTSの共同開発に関して合意したことを発表しました.この協力は,NT 4.0のみならずNT 5.0にまで継続されることになっています.
 WTSの前身とも言える「WinFrame」とは,Windows NT Server 3.51にマルチユーザー機能を付加したものであり,非Windows環境を含むさまざまなOSのクライアントからのWindowsアプリケーションの利用を可能とする製品です(図2.WinFrameの開発においては,シトリックスがNTのソースコードライセンスを受けていた).


<図2> WTSの前身,WinFrame

図1-2.jpg (18076 バイト)

 WinFrameに実装されていたシトリックスのプロトコル技術,ICA(Independent Computing Architecture)については,WTSには実装されず,MetaFrameというアドオンソフトウェアとしてシトリックスから提供されます.

トラフィックの問題を回避するプロトコル
 冒頭(1)のネットワークのトラフィックの問題を解決するために,通信に使われるUI Transfer Protocolとして,RDP(Remote Desktop Protocol)とICAというプロトコルが用意されています.
 RDPとは,マイクロソフトのNetMeetingで使用されていたT.Shareを改良し「エンタープライズ環境向けに最適化された,低帯域で高速に動作するプロトコル」です.低速回線20Kbpsで動作するとのことです.また,RDPはTCP/IP通信プロトコルを必要とします.
 一方,ICAは,OS,ネットワーク,通信プロトコルに依存しない「Windows用多目的プレゼンテーションプロトコル」であり,Windows環境だけでなくUNIXやMac環境でも使用可能です.
 ICAは,キーストローク,マウスのクリック,画面の更新のみを送信するので,ネットワーク帯域の消費は20Kbps未満であるという,非常に効率の良いプロトコルです.また,ICAは主要な端末ソリューションベンダーに幅広く採用されています.今回日本国内にてWBTを出荷するNCD社,Wyse Technology社も,ICAのライセンスを受けています.
システム構成

● サーバー
 サーバーOSとしてWTS,アドオンソフトウェアとしてMetaFrame,そして各アプリケーションがサーバー上で動作する構成となります.
◆ OS:WTS
 Windows NT Server 4.0+SP3をコードベースとして,カーネルから変更を加えたOSであり, NT Serverスタンダード版のサービスパックおよびHot Fixを当てたり,エンタープライズ版のMSCS(Microsoft Cluster Server)を適用することはできない.
 コードネームは"Hydra".マイクロソフトおよびハードウェアメーカーからのOEM提供.
◆ アドオンソフトウェア:MetaFrame
 ICAプロトコルの機能をアドオンする.WTSのシステムにおいて非Windows系のクライアント(Windows 3.1もこちらに含まれる)を使用するためには,このMetaFrameが必要となる.
 コードネームは"pICAsso".シトリックスからの提供.
● クライアント
 専用端末と,ソフトウェアがあります.
◆ 専用端末(Windows-based Terminal:WBT)
 低価格な「シンクライアント」として,ハードウェアメーカー各社から提供される.RDPプロトコルを装備しているWBTはWTSのクライアントとなり,ICAプロトコルを装備しているWBTはMetaFrameのクライアントとなる(両方装備することも可能).
 1998年4月のCOMDEX JAPANにて出荷予定を表明したメーカーは図3の11社だが,このうち現時点*にて製品が出てきているのは,◎印の付いている4社.

*:この原稿は,1998年8月1日時点の情報に基づいて記述しています.

<図3>  WBT出荷を表明した
              ハードウェアメーカー(1998年4月時点)
 沖電気工業(株)
◎(株)高岳製作所
 (株)東芝
 日本電気(株)
 日本電算機(株)
◎ネクストネット(株)
 (株)日立製作所
 富士通(株)
 三菱電機(株)
◎Network Computing Devices社
Wise Technology

◆ ソフトウェア(Windows-based Terminal Emulater)
 通常のPCから,このソフトウェアを通じて,WTSクライアントとなることができる.クライアント側から見ると,デスクトップ上の1つのウインドウの中に,WTSのデスクトップを開くこともできるし,全画面表示に設定することもできる.マイクロソフトからの提供(WTSのCD-ROMに同梱).
 対応しているクライアントOS:Windows 95/98およびWindows NT 3.51/4.0.これはつまりRDPがサポートしているOSである.
◆ 非Windows用ソフトウェア
 「Windows-based Terminal Emulater」がサポートしていないOSのPCをサポートするソフトウェア.シトリックスからの提供となる(MetaFrameのCD-ROMに同梱).
 対応しているクライアントOS:Windows 95/98およびWindows NT 3.51/4.0に加え,DOS,Windows 3.1,Macintosh,UNIX,NCなど(NECのDOSにも,パッチで対応可).これはICAがネットワークおよびプロトコル非依存であることによる.
WTSで何ができるのか
 WTSのシステムは,1台のサーバーにクライアントを複数台接続して,すべてのクライアントのアプリケーションをサーバー上で動作させるというシステムですから,ホスト/端末型のソリューションを,Windows NTというOSで実現したシステムと言えます.
 アプリケーションがすべてサーバー上で動くということは,サーバーに負荷がかかるということでもあります.ただし逆に言うと,サーバーさえ強化すれば,クライアントが486マシンであっても,高性能マシンと同様な操作感が得られるということです.
 MetaFrameをアドオンしないでWTSを使用する場合には,サーバーは1台のシステムとなりますので,用途としては以下のようなものが考えられます.
◆従来汎用機で行っていたような,伝票入力などの業務端末としての用途
◆コールセンター,ヘルプデスクシステム,座席予約システム(複数オペレータが使用する,検索や登録)などの特定用途
 WTSを使うメリットは,「複数の人員で単純なアプリケーションを操作する」という範ちゅうの業務を,Windows NTのGUIで行えることにある,と言えるでしょう.
MetaFrameがアドオンする機能
 アドオンソフトウェアMetaFrameを使用することにより,通信にICAが使用可能となり,さまざまな機能が追加されます.詳細はほかの章に譲るとして,ここでは特に注目されているポイントを並べるのみとします.
(1)Windows 3.1,Mac,UNIXクライアントに対応
(2)複数サーバーに対応し,ロードバランスが可能
(3)ローカルデバイスのサポート
 (2)(3)に関しては,マイクロソフトもWTSの次期バージョンでサポートすべく開発を進めています.
WTS上で動くアプリケーションはあるのか
 マルチユーザーの機能はOS側で提供するので,通常の32ビットWindowsアプリケーションで基本的には問題ありません.ただし,アプリケーションの設計として,「マルチユーザーを意識した設計であること」がこの前提となります.例えば,レジストリへアクセスする際に,ユーザーの情報はユーザーの項目へ,マシンの情報はマシンの項目へ正しく読み書きしていること,使用後のメモリをきちんと解放していることなど,本来ならばソフトウェアの動作のマナーともいうべき部分がきちんと書かれていさえすれば,特殊な対応は必要ないとのことです.
 このような「マルチユーザーを意識した設計」は,将来的にBackOfficeのロゴプログラムの必要条件に加わることになっています.現在BackOfficeロゴを取得している製品は,WTSへの対応も進めていると考えてよいでしょうし,今後出てくる製品も,マルチユーザー対応のものが増えてくると思われます.
WTSに必要なライセンス
 WTSのシステムには,以下の3種類のライセンスが必要となります.
◆ WTSのサーバーライセンス
◆ Windows NT Server 4.0のCAL(クライアントアクセスライセンス)

 スタンダード版のWindows NT Serverのライセンスと共通(すでに持っていれば流用可).接続クライアント数モード(per seat)で数える
◆ Windows NT Workstation 4.0のライセンス
 クライアントのコンピュータおよびデバイスの種類に関わらず必要(すでに持っていれば流用可).接続クライアント数モードで数える
 また,WTS上で動くアプリケーションのライセンスについては各ベンダーにまかされていますが,MS-Officeに関しては,接続クライアント数分必要となります.ほかのベンダーもこれに準じると考えられています.
WTSの今後の予定
 WTSは,Windows NT Server 5.0に統合される予定です(NT 5.0のカーネル自体にマルチユーザー機能が追加される).また,その際には,マイクロソフトは以下の機能も盛り込む予定です.
◆ ローカルデバイス(プリンタ,RS232C,HDD,FDなど)のサポート
◆ マルチメディア対応(現バージョンでは,256色およびシステムサウンドのみの対応である)
◆ ダイレクトダイヤルアップ
◆ MMCによる管理
◆ クラスタリング

 NT 5.0のマルチユーザー機能に関しても,シトリックスとの共同開発となります.