環境指向の機器設計 第4回

「鉛」はどこで問題提起されたのか?

青木正光


 筆者が米国出張中にたまたま出席した環境関連の会議では,“What comes after lead?”という題名で議論を行っていた(実装業界では「鉛」の問題を議論しながらも,すでに次の課題を話題にしている).その会議でいろいろ思いついたことを素案として本稿を書こうと考えていたところ,欧州指令の電気・電子機器廃棄物指令(WEEE)の特定有害物質使用制限指令(RoHS)を,2007年から2006 年へ前倒しで実施するという案が欧州から出たとの情報が入ってきた.そこで今回は,エレクトロニクス業界で問題となっている「鉛」についてレビューしてみようと思う.


●米国で問題となったが規制はあまり進展せず

 「鉛」はおよそ5,000年前から使用され,全世界で約500万〜600万トン/年が使用されていると言われている.日本での鉛の使用量は年27万トンにもおよぶ.また日本では,はんだに約9,000 トン/年の鉛が使用されており,そのうち5,000トンがエレクトロニクス用途に使用されていると言われている.

 もともと鉛問題は米国からアドバルーンが上がった.米国で廃棄される電気製品の中にあるプリント基板は約1億枚/年になると推定される.その結果,約400トン/年(= 1億枚×10g×0.4(Pb))の鉛が廃棄されている勘定となり,さらに2005年までに約15 億枚のプリント基板が廃棄されるという予測もある.

 電子機器が廃棄されるとき,国土の広い米国では野積みされて放置される場合が多い.そして,はんだに含まれる鉛が酸性雨の関係で溶出することが判明している.溶出した鉛が地下水に含まれ,これが予想以上に多いことで問題となった.特に全米のいたるところで,基準値以上の鉛が地下水から検出され,さらに,血中に含有する鉛の量と知能指数との相関関係が示されたことによって社会問題となり,政治問題にまで発展した.

 米国での電気用鉛の規制としては,1990年3月にS.H.Reid,J.Lieberman,B.Bradleyにより0.1%以上の鉛を含むはんだを禁止する「Lead Exposure Reduction Act(S.2637, S.729)」を導入したのが始まりである.その後,T. Luken下院議員が電気製品への鉛の使用を禁止する「Lead Pollution Prevention Act」を議会に提出した.しかし,関係団体,企業からの反対ではんだへの使用は免除することになった.猛烈な反対が出たのは,代替材料が不明確であり,はんだはエレクトロニクス関係では接続信頼性に優れる材料であったためでもある.

 鉛の有害性を指摘したのは米国であったが,前述のような経緯でその規制への動きは盛り上がりに欠けており,あまり進展しなかった.その後,米国での鉛の規制の動きは経済協力開発機構(OECD)のリスク・リダクションに引き継がれ,「鉛」,「特定臭素系難燃剤」,「カドミウム」,「塩化メチレン」,「水銀」の5物質を管理の対象とした.


●2006年から鉛を含む五つの有害物質が使用禁止に

 「鉛フリー」については1994年ころから各国でプロジェクトが発足し,検討が開始された.例えば,米国ではNCMS(National Center for Manufacturing Sciences)のLead-free Soldering Project(1994年〜1997年)が,欧州ではEU:IDEALS Project(1996 年〜1997 年)が発足した.

 日本ではエレクトロニクス実装学会のJEIP Workshop(1994年)で議論され,「鉛フリー研究会」が発足し,さらに溶接協会のエレクトロニクス実装における環境問題研究会などで検討された.表面実装技術の進展に伴い,はんだ付け技術はきわめて重要な「かなめの技術」となっていたため,日本は鉛を含む「はんだ」に関して敏感に反応した.

 その後,WEEEのRoHSに「鉛」と「臭素系難燃剤」の使用禁止がうたわれたため,さらに鉛フリーへの動きに拍車がかかった.

 法規制に関しては利害が絡み,国際的な協調関係から共同歩調へと進むものと予想されたが足並みがそろわない.WEEEのRoHSの規制も,2004年実施案が2007年実施,2006年実施と揺れ動いた.2002年4月10日,やっとEUの第二読会で修正案(WEEEで46項目/RoHSで9項目修正)が可決され,指令の発効には残すところ欧州閣僚理事会・本会議での採決のみとなった.

 これで2006年1月以降に販売される電気・電子機器の新製品すべてについて,有害物質である「鉛」,「水銀」,「カドミウム」,「6価クロム」,「特定臭素系難燃剤」は欧州では使用禁止となる.

 欧州で唱えられた環境対応の重要性から,すでに日本では鉛フリーはんだの量産化が進められている.日本では実装関係者が総合力を発揮して,上記5種類の有害物質のうち可能なものから順次フリー化を実施していくという.

 日本では,携帯電話,MDプレーヤ,DVDプレーヤ,ヘッドホン・ステレオ,洗濯機,冷蔵庫,食器洗い機,こたつ,電子レンジ,エアコン,テレビ,ビデオ,石油ファンヒータ,ファクシミリ,パソコン,自動車などに「鉛フリーはんだ」が適用されており,世界の中で先頭を走っている状況でもある.


(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2002年8月号に掲載されました)


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◆ 筆者プロフィール◆
あおき・まさみつ.東芝の化学材料事業部(その後,独立して東芝ケミカル)に入社してプリント配線板用材料や実装用材料の開発に携わる.1998〜2001年の3年間,欧州(ドイツ)に駐在して環境調和型製品のマーケティングを実施.この活動により,2001年3月に米国のAtomic Giant賞を受賞.2002年2月より試験機関のUL Japanにて「製品安全」の立場で活動を開始.




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