パソコンの家電化,ディジタル化,ネットワーク化が加速
 ――そしてウィンテルの時代は終わる


花山 武士(はなやま・たけし)
技術評論家


  パソコン用OS市場をほぼ独占する米国マイクロソフト社,マイクロプロセッサ市場を制覇した米国インテル社――現在,パソコン市場はこの2社に牛耳られている.マイクロソフト社のOS「Windows(ウィンドウズ)」とインテル社の合成語で「ウィンテル」時代とも呼ばれている.

 その前は,もちろん汎用大型コンピュータの市場を独占していた米国IBM社の時代だった.コンピュータの小型化,つまりダウンサイジングの流れが,主役をIBM社からウィンテルに代えた.

 これまでパソコンは高性能化を目指して進化してきた.ここにきて,パソコンの家電化,AV機器のディジタル化,ネットワーク化という大きな流れに巻き込まれ,パソコンの姿や役割が大きく変わろうとしている.

売れるパソコンの決め手が「デザイン」に

 98年はパソコンの家電化が鮮明になった年だった.98年8月に米国アップルコンピュータ社が発売した家庭用パソコン「iMac(アイマック)」の大ヒットがその象徴である.透明なブルーの外観と丸みを帯びた「カワイイ」デザイン.99年1月にはストロベリー,ライム,タンジェリン(オレンジ),グレープを加えた5色の製品を取りそろえた.

 ソニーはマグネシウム合金を利用した薄型ノートパソコン「VAIO(バイオ)」というユニークなデザインの商品を発売し,ヒットした.調査会社であるIDCジャパンによれば,ソニーは98年に出荷台数を対前年比8倍と伸ばし,シェア8位に躍進した.家庭用に限れば出荷台数は対前年比11倍で,NEC,富士通に次ぐ3位になった.「銀パソ」という言葉が生まれ,ノートパソコンの一つのジャンルを確立した.

 企業がパソコンを購入するとき,デザインを問題にすることはほとんどなかった.景気低迷による企業の情報化投資の落ち込みもあって,パソコン市場の主戦場は家庭用になりつつある.性能ではなく,価格やデザインが「売れる」ための大きな要素になってきた.

 家庭に普及したどの製品もそうなのだが,最初は性能が購買の決め手となる.最初に飛びつく消費者は技術的知識も豊富なので,性能を問題にする.いわゆるマニアたちだ.パソコンでいえば,マイクロプロセッサは何を搭載しているのか,動作周波数は,メモリ容量は,ハード・ディスク容量は,などなど.

 普及が進むにつれて,状況は変わる.専門知識を持たない人が購入するようになる.購入の基準はマイクロプロセッサやメモリ容量ではなく,ワープロはできるのか,インターネットはできるのか,部屋に置いたときにカッコイイか,となる.いくら「インテル入ってる」とやっても,インテル社という会社すら知らない人たちが主流となる.「ペンティアムIIIを搭載している」ということがセールス・トークにならなくなるわけだ.

 98年の日本のパソコン市場ではソニー,シャープ,松下電器産業といった家電メーカが出荷を伸ばし,NEC,富士通,日本アイ・ビー・エムなどのコンピュータの本家が伸び悩んだ.これは,一般消費者に受けるデザインや使い勝手をつねに気にしてきた家電メーカのノウハウが生きたからだろう.

AV機器のディジタル化――WindowsにこだわらないJavaの台頭

 もう一つの流れはAV機器のディジタル化だ.これによってAV機器がパソコンや通信ネットワークとデータを共有しやすくなった.家庭のなかにはたくさんのAV機器が入っている.パソコンもその仲間に入れたい――この動きの急先鋒は米国サン・マイクロシステムズ社だろう.

 同社は,双方向ディジタル・テレビのインターフェースを松下電器産業,ソニー,東芝,韓国LG電子,米国モトローラ社,オランダのフィリップス社などと共同開発している.サン社が開発した「Java(ジャバ)」を利用したインターフェースを業界標準にしようとしている.これによって,見たい映像ソフトをリクエストすると,すぐに見ることができるビデオ・オン・デマンドなどを実現しやすくなる.

 シャープは,サン社が開発したインターフェース「jini(ジニ)」を採用した携帯型情報端末「ザウルス」を法人向けに今年秋ごろ発売する.Jiniは,Javaを基本にした一種のインターフェース・ソフトウェアである.JavaはOSを選ばないため,どういうOSでもかまわず機器をネットワークに接続できるようになる.サン社は,シャープのほか,キヤノン,ソニー,東芝,ドイツのシーメンス社,フィリップス社など情報通信大手37社にJiniをライセンスする方針だ.

 さらに,サン社,ソニー,フィリップス社の3社はJiniを,ソニー,フィリップス社など日欧の大手家電メーカ8社がAV機器の家庭内ネットワークを構築するために共同で策定したインターフェース「HAVi(ハビ)」と相互接続する技術を開発している.Jiniは幅広い機器に応用可能なラフな仕様だが,HAViは最初から用途をAV機器に絞り込んでいるため,詳細な仕様まで規定されている.HAViの策定には,ほかにドイツのグルンディヒ社,日立製作所,松下電器産業,シャープ,東芝,フランスのトムソン・マルチメディア社が参加している.

 AV機器のインターフェースとしては,このほかにIEEEで規格化された「IEEE1394」がある.同規格は機器間のデータ転送速度などハードウェアの仕様を対象としている.これに対してHAViはソフトウェアの仕様を対象としており,ハードウェアとしてIEEE1394の採用を前提としている.

 AV機器とパソコンとの接続,つまり家庭内の機器のネットワーク化を推進しようという動きは世界のコンピュータ,通信,家電メーカを巻き込む大きな潮流となっている.このなかでウィンテルの存在感は小さい.

 それでは企業向けの市場ではどうか.世界で電子商取引システム導入の動きが活発化しており,これがJavaの追い風となっている.

 サン社と米国オラクル社は,サン社のワークステーションの一部の機種にJavaベースのオラクル社のソフトウェアを事前搭載して販売する.サン社は,パソコン通信のアメリカン・オンライン(AOL)社とJava利用のインターネット技術で提携した.AOL社が買収することになっているネットスケープ・コミュニケーションズ社のサーバ用ソフトウェアはサン社の製品に搭載されている.この製品は,インターネット利用の電子商取引システムに多数採用されている.つまり電子商取引システムの普及はJavaの普及を意味するわけだ.

OS「Linux」に普及の兆し――Windowsが不要に

 もう一つの動きは,直接アンチ・ウィンドウズにつながる.無償配布のOS「Linux(リナックス)」が米国で普及し始めているが,これが日本にも飛び火してきた.

 Linuxは,ワークステーション用OSであるUNIXの一種で,フィンランド生まれの技術者リーナス・トーバルズ氏が開発した.インターネットからダウンロードでき,無償で使える.日本語処理や電子メールなどの機能は,新たに付け加える必要がある.これらの機能を加えた製品も市販されている.これが普及すればWindowsを脅かすことになる.

 日本のLinux利用者は現在50万〜60万人と推定されるが,年内に100万人程度に増える見込みだ.米国では推定800万人ともいわれている.

 米国では,ヒューレット・パッカード(HP)社が市販品のLinuxを販売する米国レッドハット社とサーバの分野で提携した.IBM社もレッドハット社と提携し,サーバからノートパソコンまでの製品でLinuxを利用するための技術を共同開発し,製品化を始めている.HP社は,インテルと共同開発中の次世代64ビット・マイクロプロセッサをLinux対応にすると発表している.

 日本ではこれまでLinuxが無償のため,保守・サービスを引き受ける企業が少なかった.ここにきて日本オラクルがLinux対応のデータベース・ソフトウェアを投入し,これをきっかけに,同社のデータベース・ソフトウェアを組み込んだ電子メール管理ソフトウェアやLinux搭載サーバの保守・サービスなどを行う国内ソフトウェア・ベンダがでてきた.富士ソフトABCは,4月にLinuxの推進団体「Linuxコンソーシアム」を設立する.50社が参加意向を表明しているという.富士通は,Linux上で動作するソフトウェア「フォートラン&パッケージ」を開発した.Linuxを中心に,マイクロソフト包囲網と言えるような提携が続々とでてきた.

 そしてソニー・コンピュータエンタテインメントは来冬をめどに発売予定の次世代ゲーム機「プレイステーション2(仮称)」のゲーム・ソフトの開発環境用OSにLinuxを採用する.マイクロプロセッサは東芝との共同開発品だ.ソニーは「マイクロソフト,インテルへのチャレンジだ」と明言している.

 JavaやJini,Linuxをめぐる動きをみると,そこではマイクロソフト社やインテル社が主導権を握っていないことがわかる.この2社は,これまで市場を制覇してきた製品をより高性能化することでしか市場を守っていけない,という状況に追い込まれている.逆に,これが新しいネットワーク技術を取り込むときの足かせとなる.

 いまネットワーク化に向けて技術が大きく変わろうとしている.そして技術の方向が変わったとき,主役は代わる.


(本コラムは1999年4月発売の本誌21号付属CD-ROMに収録されました)




◆筆者プロフィール◆
花山 武士(はなやま・たけし).技術評論家.大手電機メーカ勤務を含め,20年間にわたってエレクトロニクス産業の動きを見てきた.技術の進展が世の中をどう変えていくのかを視点に評論を行う.現在は,ネットワーク化された情報化時代が,われわれに幸せをもたらすのかが,最大の関心事.




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