Mr. M.P.Iのプロセッサ・レビュー

第10回 DRAM混載マイクロプロセッサ「M32R/D」登場の衝撃はどこへ

M.P.I


 今から思えば,三菱電機のDRAM混載マイクロプロセッサ「M32R/D」の登場は衝撃的だった.三菱の名のもとでの(特定業界への)衝撃度という点では,戦前の三菱ゼロ戦の開発に匹敵するのではないか,と筆者は勝手に思っているくらいだ.筆者はDRAM混載ロジックL S I について,’90年代はじめに米国NeoMagic 社のアイデアを聞く機会があった.このとき,「アイデアは素晴らしいけれど,DRAM混載なんて,作りきることができないのでは?」などと,後から考えれば超保守的で的外れな意見を述べてしまった経験がある.その後のNeoMagic社のDRAM混載グラフィックスLSIの成功をまのあたりにして,自分の見る目のなさを反省していたときでもあったので,M32R/Dが登場したときは,素直に「これからはDRAM混載の世の中になる」と確信してしまった.他社も一斉にこの動きに追従した.そのとき,新たな世界の幕開けの先頭をきっていたのは,まちがいなくM32R/Dであったはずである.


●保守的な見解を吹き飛ばした三菱電機

 しかしまた,今から思えば「DRAM混載の世の中になる」と思った確信も,ちょっと早とちりだったようだ.M32R/D自体,1997年に2Mバイト搭載版が出たあと,1999年に4Mバイト搭載のM32Rx/Dが出たくらいで,どんどん新製品が出荷されるという状況からは程遠い.確かに他社もDRAM混載では追従した.しかし,「他社にキャッチ・アップされて追い抜かれた」というのともちょっと違う.DRAM混載技術そのものの限界が露呈してしまった結果のように思える.

 ’90 年代初頭にNeoMagic社のアイデアを聞いたとき,筆者がまず問題としたのはロジックLSI とDRAMの間にある深くて暗い断絶であった.メモリ,特にその代表選手であるDRAMは,特定の仕様をみんなでよってたかって作り,量(それも中途半端な量ではない)で勝負する世界である.これに対してロジックLSIなんぞというものは,DRAMと比べると半端な数量で,「テーラ・メイド」と例えれば聞こえはいいが,要は少量多品種の世界である(x86プロセッサは例外).いくら良いアイデアであっても,DRAM屋さんがまともには量産しようとしないのではないか,と思ったものだ.しかし,DRAM 大手の一角である三菱電機には先を考えていた人がいたらしく,DRAM とロジックの混載という両極端の世界をつなぐための努力を積み重ねた.これ自体は,今から考えても非常に大きな挑戦であったと思う.この挑戦に,筆者のような保守的な見解など吹き飛ばされてしまったわけだ.


●当初のコンセプトを生かしきれていない

 ところが,現状では,当初言われたDRAM混載の利点がかすんでしまっているように見える.確かに,今やDRAM混載のマイクロプロセッサやSOC(system on a chip)は多数出ている.けれど,DRAM を搭載している理由たるや,「小容量のDRAM は調達が難しくなっているので長期安定供給のために混載した」とか,「DRAMとマイコンの間の配線が外へ出るよりは低消費電力になるから」とか,「DRAMインターフェースのような速いクロック周波数で動く部分をチップの外に出したくなかったから」とか,まあ,確かに一理あるけれども,世の中が動くようなムーブメントとは程遠い基準でDRAM混載が採用されているような気がする.

 逆に,DRAM混載の不利な点はハッキリしてきている.例えば,等価な容量のDRAMとロジックを2チップで構成するよりも,DRAM混載で1チップにするほうが,パッケージ・コストを別にすれば,チップ・コストが高くなるであろう点である.これは,多チップを集積して1チップ化する際に,チップ面積がある程度の大きさになると,共通して発生する問題である.小面積のチップより大面積のチップのほうが歩留まりが悪く,コスト・アップするという問題だ.システム・メーカはみんな,1チップにしたら多チップのときと同等かそれ以下のコストになることを期待する.しかし,ほとんどの場合,同じプロセスではそうはならない.

 これはやはり,DRAM混載による主記憶とプロセッサの間の帯域幅の劇的拡大と,それにともなうプロセッサ自体の変質(ばくぜんとフォン・ノイマン・ボトルネックからの解放という期待感を伴っていた)という,DRAM混載手法が当初持っていたコンセプトを生かしきれなかったことに理由があるように思えてならない.DRAM混載でなければ実現できない世界が作れず,ただただ安易なSOCになってしまっているのが各社のDRAM混載なのではなかろうか? そのうえ,昨今の3次元実装技術(スタックド・パッケージ)の進展は,無理して異種のプロセスを1枚のウェハ上に実現しなくとも,異種のプロセスで作られた複数のチップを1個のパッケージに封止して,安価に供給する道筋があることを示している.この技術はDRAM混載の存在意義すら揺るがしかねない.

 しかし,その打破を再度M32R/Dファミリに求めるというのも酷なように思える.初のDRAM混載マイクロプロセッサ「M32R/D」,進化の袋小路の一時のアダ花にして,ついに半導体進化の幹にはなり得なかったのか?



(本コラムはDESIGN WAVE MAGAZINE 2001年8月号に掲載されました)


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◆筆者プロフィール◆
M.P.I(ペンネーム).若いころ,米国系の半導体会社で8ビット,16ビットのプロセッサ設計に従事.ベンチャ企業に移って,コードはコンパチ,ハードは独自の32ビット互換プロセッサのアーキテクトに.米国,台湾の手先にもなったが,このごろは日本の半導体会社でRISCプロセッサ担当の中間管理職のオヤジ.




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