第34回
ユビキタスなエネルギー
今,ユビキタス(Ubiquitous)が時代のキーワードになっている.ユビキタスとは,「どこにでもある」ということを意味する形容詞であり,ユビキタスが意味するところはユビキタスな物やサービスが素晴らしいということでもある.
目下のところ,いちばん注目を集めているユビキタスな物といえば,非接触ICタグであろう.1mm角以下のチップに128ビット程度のユニークなIDを記録し,それを近くにあるリーダから無線で読み取る仕掛け,つまりRFIDである.
理論もはっきりしていて,電波でICを動作させるための電力を送り,それを使って逆に情報を電波で送り返す仕組みである.電子工学系のエンジニアなら,原理的に可能なことは理解できるのだが,実現するのはそう簡単ではない.今のところ,この1mm角以下のRFIDは,単体では動作するために必要な電力を獲得できず,数cmの外部アンテナを接続して初めて情報交換が可能になる.そのため,この種の技術のエッセンスは,ICチップとアンテナの接続技術だったりする.
この例を見るまでもなく,ユビキタスな物は動作するための電力を獲得することが最大の問題になることが多いのである.
空間はエネルギーで満ちている
ユビキタスなIT機器は徹底的に低消費電力でなければならないから,動作に必要な電力も相当に小さくしなければならないのは当たり前である.たとえばソーラー電卓は,10平方センチメートル程度の太陽電池で蛍光灯程度の明るさでも計算してくれるが,この太陽電池の発電量は蛍光灯下では1mW程度のものである.そこまで大きくなくても,μWオーダの電力なら意外と簡単に手に入るのである.
たとえば,ゼーベック効果により,金属接合に温度差を与えることで電力が発生する.これは熱電対の動作原理でもあるが,問題は温度差がどこにあるかである.もし,人が身につけるものであれば,体温と外気温の差をエネルギーとして取り出すことができる.効率はおそろしく低いのだが,人間が食べた食料を電力に変換しているとも考えられる.
ものは試しで,実験室に転がっていたペルチェ冷却素子の片面を手に貼り付けてテスタで出力を計ってみたら40mV,40μA,つまり1.6μWの電力が連続して出ていることがわかった.したがって,理屈の上ではユビキタスなウェアなどというものが作れることになる.
ユビキタスなエネルギーは密度が低い
このように,エネルギーはいたるところに存在する.まさしくユビキタスなエネルギーである.しかし,ユビキタスなエネルギーは密度が低い.密度がいちばん高いと思われる太陽光エネルギーでも,取り出せるのは1平方メートルあたりたかだか100Wである.これを大きいと見ることもできるが,バッテリやガソリンといったパッケージ型エネルギーと比べると相当に密度が低いのである.
たとえば,100馬力のエンジンで走る自動車を考えてみよう.巡航時出力を25馬力とし,それで時速100kmで1時間,つまり100km走行するのに10?のガソリンを使うとする.これはリッターあたり10kmだから普通の感覚である.
電気屋は馬力という単位に慣れていないが,1馬力は約0.75kWに換算される.つまり,小型自動車のエンジンは10?で25馬力×0.75×1時間動くということになり,約19kWhのエネルギーを発生していることになる.このエネルギーを単一電池(1.5V 1Ah)に換算すると12,666個分というとんでもない量になる.単一電池1本を100円としても120万円以上となり,いかにガソリンのエネルギーが安く,密度が高いかがわかる.ちなみに19kWhの電力料金は約380円であり,10?のガソリン代1,000円とオーダが同じである.電気も石油から作られているということの証でもある.
ところで,25馬力相当の電力を太陽電池で発生させるには,どのくらいの面積が必要になるのだろうか.1平方メートルで100Wとするならば,190平方メートル,つまり13m×13mという自動車としては非現実的な面積の太陽電池が必要になる.かりに効率が2倍に上がってもまだ9m×9mの面積が必要だから,どんなにがんばっても実用となるソーラーカーはできないと断言してよい.
生命体というユビキタスエネルギー変換システム
生命体は,どこにでもある食料を勝手に食べてエネルギーを獲得しているのだから,本質的にユビキタスエネルギーを前提にしていることになる.動物は食料を消化してブドウ糖に変換し,血液を媒体として全身に配送する.つまり,血液を使って発電する仕組みができれば,人間と一体化して電力供給のいらない情報システムができることになる.現実に,燃料電池はそれに近い仕組みである.もし,血液を燃料として使う燃料電池ができたなら,それに血管を接続すると人間が食事をするとコンピュータが動きだすということが可能になる.これで一度体内に埋め込むと,生きている限り動き続けるユビキタスな情報機器ができることになる.
たしかに,映画「MATRIX」の世界はそんな世界である.
やまもと・つよし
北海道大学大学院工学研究科電子情報工学専攻
計算機情報通信工学講座 超集積計算システム工学分野
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