第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
社会学の分野にSustainable Society,持続型社会という用語がある.地球という閉鎖システムの中にいる以上,無限に経済成長を続けることはできないのは明らかであり,どこかでゼロ成長の安定状態にならなければならない.そういう状態に入った社会が持続型社会であり,欧州の先進国はすでにそういう状況にある,というものだ.
この段階に入ると経済成長率やGDPという成長期の指標では豊かさを測ることが難しくなる.すでに持続型社会の領域に突入した国々が,経済指標では明らかにアジア諸国に劣るにも関わらず,生活や文化で豊かさを感じるのは,彼らがすでに持続型社会にあるため,既存の「豊かさを測る指標」が適用できないという見方ができる.
競争型技術から持続型技術へのパラダイム・シフト
IT分野の技術開発は成長型,競争型の評価軸が目下の主流である.ネットワークは速度競争だし,デジカメも画素数競争になっている.しかし,こういった性能競争はいずれ限界点に行き着く.デジカメの画素数も30万画素,100万画素と上ってきたが,300万画素を超えたあたりから,スナップ写真用としてはオーバスペック気味になってきて,評価軸が価格やデザインという本来の性能ではないところに移っていった.性能が飽和し,デザインやユーザビリティも飽和した後の評価軸には何が残るのだろうか? その先のキーワードとしてSustainability――持続可能性を考えてみたい.
環境分野にLCA――Life Cycle Assessmentという概念がある.ある工業製品を製造し,使用を終えて最終的に処分するまでにかかる全コストの評価値であり,それを環境負荷の指標とするわけである.しかし,環境にやさしいことだけを至上命題にする環境原理主義に陥いるだけでは芸がない.より快適な生活環境を低コスト,低環境負荷で維持することが,成長の限界に達した国や地域に求められる技術なのではないだろうか.そういった技術を総称してSustainable Technologyと呼ぶことにしたい.
持続の条件:メンテナンス性
性能が高いシステムは,性能を維持するためのコストも高いのが普通である.IT分野を見ても,10年前まではいわゆるメインフレーム・コンピュータなるものがあった.これが主流の座を降りたのは,UNIXワークステーションやPCなどと比べて,導入時の性能対コスト比が悪かったからである.システムを稼動状態に維持するコストはメインフレームもPCもあまり変わらないという話もある.低コストで高品質なメンテナンスを提供するのは,実は日本のお家芸でもある.100年以上前の木造家屋が普通に使われているというのは究極のメンテナンス技術があってのことといえる.
しかし,IT分野について見れば市場でアピールするのは性能指数や価格であり,メンテナンスに対する市場評価は決して高くない.価格は新興アジア地域との競争で,性能は欧米先進国との競争で,それに勝つのが当面の課題である.しかし,日本が本当に強いのはメンテナンスの技術なのではないかと思う.e-Japan戦略が実現した世界最高水準のネットワーク環境も遠からずメンテナンス・モードに入る.そのときに日本のメンテナンス技術が真価を発揮することを期待したい.
持続の条件:低エネルギ消費
原油価格がバレル$50近くまで上がってしまった.つい数年前まで$15程度だったわけだから,エネルギのコストが短期間で3倍以上に跳ね上がったことになる.以前から気になっていることなのだが,ネットワークの常時接続化が進んだためか,普通の生活でも情報化にかかわるエネルギ消費が急速に増えてきているように思える.ADSLや光ファイバを引くということは,モデムやDSUを常時オンにするということとほぼ同義である.そして話題のホーム・ネットワークである.このシステムは無線LANと各種端末が常時接続されることが暗黙の了解となっている.さらにネットワークの速度は映像伝送に耐える高速性が求められている.しかし,電子回路の常識では速度と消費電力は比例するのである.一瞬の映像伝送のために24時間一定の電力が消費され続けることになる.
そのため,ホーム・ネットワークでは,瞬間的な高速性とスタンバイ・モードの低消費電力性の二面性が重要になるはずである.究極は,スタンバイ時に消費電力が0であるようなネットワーク・アーキテクチャである.現在のインターネットのアーキテクチャはアプリケーションが動いていないときでも制御用のパケットが常時ネットワーク上を流れている構造であり,スタンバイというわけにもいかない.使わないときに電源を落とせばよいというものではない.多少のコストと常時接続のどちらを取るかと問われたら,常時接続が優先されるのが今の常識である.テクノロジは快適さを維持しつつ究極の性能を実現するためにある.
数年前に公開された映画にティム・バートン監督の「猿の惑星」がある.この映画では,数千年前に墜落した宇宙船を発掘し,そのパワー・スイッチを入れるとコンピュータが動きだすという設定がある.究極の持続可能技術は,文化や情報を数千年先に送ることもできるのである.
やまもと・つよし
北海道大学大学院情報科学研究科
メディアネットワーク専攻
情報メディア学講座
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