第54回
情報爆発2.0

「情報爆発」という表現が流行している.ブロードバンド環境の普及に伴って,その上を流れる情報量が指数関数的に増加する状況を「爆発」と表現した造語感覚は実にうまい.日本のブロードバンド環境は速度と価格で世界最高水準にあるわけであり,世界で一番情報が爆発しているのが日本ということにもなる.

 確かに,自分の生活を見ても常時ノート・パソコンに入れて持ち歩いている情報のバイト数は50Gバイトほど,研究室にあるファイル・サーバも数Tバイトあるし,それがつながるネットワーク環境も1Gbpsという速度である.1Gbpsということは30%負荷でも毎秒37Mバイトくらいの情報流量があるわけで,ひたすらデータを吸い続けると1時間で135Gバイト,1日で32Tバイト,一年で12P(ペタ)バイトと途方もない量のビットを吸える計算になる.それを吸収するハードディスクも1Tバイトのものを10万円も出さないで買えてしまう.

 一方,自宅ではケーブル・テレビがディジタル化され,HD映像チャネルを含めて100チャネル近い映像ストリームが常時流れ込んで来ている.HD映像は1チャネルあたり30Mbpsくらいあり,見る,見ないに関わらず常に1Gbps以上のビット情報が流れてきている.

 岡本太郎は「芸術は爆発だ」と言ったが,いまのディジタル情報の流量増加はまさに「情報は爆発だ」の状態なのである.

情報爆発1.0既存データのコピーが大量流通

 確かにブロードバンド環境はビットを流す巨大なパイプを作ったのだが,そこを流れる情報ソースはどのくらい増えたのだろうか.表面的には映像配信や音楽配信といったコンテンツ配信が普通に使えるようになったわけで,ブロードバンド環境がコンテンツも爆発させているように見える.しかし,現実に流れているのはこれまで作られてきたストックのコンテンツのコピーが大半である.映画や音楽もたぐいまれな才能を持ったクリエィティブな人間が作るから価値があるわけで,ブロードバンドが普及したからといって才能豊かな人材が急激に増えるとは限らない.だから,常識的にはそういったコンテンツの生産量はこれまでとそう変わらない単調増加が続くと考えるのが正しいだろう.パイプが太くなったからそれに見合ったコンテンツが作成されるだろうと考えるのは甘い.

 インターネット経由でアクセス可能なコンテンツは爆発的に増加したのだが,その実体はストックされた過去の情報の大量コピーである.検索エンジンで何か調べると,膨大な件数がヒットするのだが,そのリンクをたどってみるとどれも同じソースにたどり着くということをよく経験する.

 結局のところ,情報源は爆発しているわけではなく,昔も今も情報は希少だから価値があるということは変わっていないのである.ということで,今起こっているコピー大量流通による情報爆発を情報爆発1.0と呼ぶことにする.

情報爆発1.5元データの加工配布

 情報爆発も進化するわけで,いつまでも単なるコピー大量流通だけでインターネットの帯域が消費され続けるわけではないだろう.情報爆発を象徴するようなサービスであるGoogle Earthも,その元データはといえば過去に撮影された衛星画像の在庫である.しかし,元データをただコピー配布するのではなく,アプリケーションを介在させてビット・レベルでは違う内容,表現で配布している.メディアの構造という視点から考えると大きな進化がある.なんらかの処理があって,元コンテンツから派生するバリエーション,つまりビット・レベルで異なる情報が大量に流通する爆発現象である.とは言っても,元コンテンツがコピーされているという事の本質は大きく変わっていないということで,このレベルのサービスによる爆発を情報爆発1.5と定義しよう.

情報爆発2.0情報源の爆発

 ということで,今のところの情報爆発はコピーの爆発という範囲を出ていないというのが筆者の見方である.ならば,情報爆発の根本的な変革は何か?

 筆者は情報爆発の第1ステージは情報流量の爆発であり,それに続く第2ステージは情報源の爆発であると考えている.以前にこのコラムで紹介したPOSレジスタの販売情報や,アメダスが収録している気象データは情報を発生する情報源があるということであり,それらは時間当たり何ビットかの情報を生成し続けている.今のブロードバンド環境はそういった情報源をどこからでもリアルタイムにアクセス可能にしたということである.

 もちろん今でもそういう情報源がインターネット上にはたくさんあるが,その使い方があまり洗練されていないという印象がある.そういう情報を集めるシステムを構築する目的があるわけで,それはそれでしっかり使われているから良いのだが,これからはそういった情報源をネットワークに接続する仕組みが続々と出てくることになるだろう.

 情報を作り出す点が急速に増加して情報流量が爆発する状態こそ第2ステージの情報爆発,つまり情報爆発2.0だと言えるのだ.

やまもと・つよし

北海道大学大学院情報科学研究科

メディアネットワーク専攻

情報メディア学講座


「移り気な情報工学」のトップへ戻る

Interfaceのホームページへ戻る

コラム目次
New

移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

Back Number

移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


Copyright 1997-2007 CQ Publishing Co.,Ltd.