第55回
技術を楽しむネットの文化

怪しい科学,怪しい技術

 昨年(2006年)11月に「IP電話」をキーワードにした投資ビジネスが破綻したというニュースが新聞紙面をにぎわした.インターフェース誌を読む技術畑の人にとっては,どうしてそんな怪しい話に引っかかるのか理解できないだろう.実際のところ,日本人の半分くらいは「インターネットとはすなわちホームページ」程度の認識なので,そういう層にとってはIP電話という夢の技術に投資できるのは絶好のチャンスと感じても不思議ではない.

 最近の怪しいビジネス話は,科学や技術を根拠に使っているようで,理系のエンジニアでも引っかかることがある.正しい技術情報がマスコミで報道されるようになれば良いと思うのだが,専門分野が細分化されたこともあり,技術について自信を持ってコメントできる人が少なくなっている.エンジニアなら誰だってマイナス・イオン家電や電磁波防止グッズに疑問を持っているが,おおっぴらに批判することをはばかるムードがあり,そこに付け入るビジネスすらある.おおっぴらに技術批評を楽しむ文化があれば,技術を根拠に使う詐欺事件も減るのではないかと思う.インターネットこそ技術を楽しむメディアであってほしい.

画期的なキャパシタ技術は本物か

 最近米国で画期的な蓄電用キャパシタが開発されたというニュースを見つけた.米国テキサス州のEEStor社が開発した耐圧3500V,容量31Fの電気自動車用セラミック・キャパシタである.蓄電用キャパシタといえば電気二重層キャパシタとなるのが常識である.EEStor社のキャパシタ容量は30Fと小さいのだが,耐圧が3500Vというところがみそである.電気の常識として容量がC[F]のコンデンサに蓄えられるエネルギは E=1/2 CV2なので,耐圧を上げるとその2乗に比例したエネルギが蓄えられる.つまり,容量を2倍にするよりも耐圧を2倍にする方が蓄電効率は上がるのである.このキャパシタを3500Vまで充電すると,蓄えられるエネルギは52kWhになる.自動車のバッテリは12Vで50Ah程度なので,バッテリ100個分くらいに相当する電力量を蓄えるキャパシタということである.

 本当にそれができているのならすごいことなのだが,EEStor社は自らその情報を公開していない.雑誌や投資情報といった間接的な情報しかない.それどころか自社のホームページすら持たないステルス・カンパニなのである.サーチ・エンジンで“EEStor+Capacitor”をキーワードにして検索すると,このキャパシタに関するブログのサイトが出てくる.信頼できる情報はどうやらこれに関する特許情報だけらしく,これを根拠にブログ上で議論が展開されている.議論の内容も面白いのだが,それ以上にブログ・サイト全体の盛り上がりがいい.礼賛するコメントがある一方で,物理的に不可能というコメントもある.そこで結果が出ているわけではないので,これらのコメントに自分の物理や電気の常識を重ねることによって自分なりの判断をするということになる.

怪しい技術を楽しむサイト

 キャパシタに関するブログからhttp://www.rexresearch.com/というサイト(図1)に迷い込んだ.これがまたすごいサイトで,怪しい技術に関する情報をあちこちから集めている.情報ソースを見ると,公開されている特許情報から引用しているものが多く,特許情報もこういう楽しみ方があるのかと妙に関心してしまった.このサイトには反重力装置やフリー・エネルギという明らかな疑似科学も掲載されているので,ここにリストされると逆にその技術は怪しいということにもなる.先のEEStor社のキャパシタもここにリストされているということがどうも気になる.

図1 http://www.rexresearch.com/1index.htm
反重力だけで29,電磁気となると120近くの項目がある.

技術を楽しむブログ

 ブログというコミュニケーション手段ができてだいぶたったが,日本ではいまだにブログ=ネット上の日記と認識されているように感じられる.ブログの本質がコメントとトラックバックにあるとすると,それは日記という一方向性の表現メディアとは本質的に異なる.ブログの基本機能は技術を議論するときにこそ便利なのだから,もっと技術を話題にしたブログのページが活発であってもいいと思うのだが,日本語のブログにはそれが少ないようである.理系文化のインターネットだから,科学技術を話題にするサイトはたくさんあるのだが,それに対する反応,つまりコメントが少ないのである.技術を楽しむ文化がもっと広がってほしいと思う.

やまもと・つよし

北海道大学大学院 情報科学研究科

メディアネットワーク専攻

情報メディア学講座


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コラム目次
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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


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