第58回
物理的に正しいITの環境対応

 原油価格の高騰と地球温暖化の問題が同時に起こっていることもあり,省エネルギ対策やCO2排出量削減がすべての産業分野で話題になっている.もちろんIT分野も例外ではない.確かに,最近発表される大手メーカのサーバ機器は低消費電力をアピールする製品が増えてきている.

 これまでも石油危機と呼ばれた時期は何度かあったわけで,今回もそういった過渡的な現象であってほしいと願うところだ.しかし,今の原油価格の高騰は,需給バランスと将来的な原油不足を見込んだ投機的な先物取引が主な原因だそうで,この先,劇的に原油価格,つまりはエネルギ価格が下がることは期待できそうにないという.今度は本物ということで,まじめに省エネ,環境保護に取り組まねば取り返しがつかないことになるのかもしれない.

 IT分野が消費するエネルギはほかの産業,特に自動車や空調システムなどと比べると絶対量は小さいと思われる.しかし,もっとマクロな視点で考えると,現在はほとんどの機器やシステムにコンピュータが組み込まれている.ハイブリッド・カーにしてもITがあってのシステムであり,システム全体の総消費エネルギで議論すると,ITは決して無関係ではない.ハイブリッド・カーはITが関わることでシステム全体の消費エネルギが減るということが期待されているわけで,今こそITが環境問題に積極的に関わらねばならない.ムードや話題が先走っている感もある環境問題対応なのだが,そこは理系のIT,まじめで合理的な持続可能システムを考えねばならない.

基本は経済効果のある環境対応

 環境対応といえばこれまで風力や太陽光,最近はバイオ・エタノールといった記号的な対応のみがアピールされている.分かりやすいといえば分かりやすいのだが,これらはエネルギ収支について見ればまだまだということで,教育的な環境対応と割り切っているような印象もある.

 一方で,環境を意識したわけではないのにノート・パソコン,携帯電話端末といったモバイル系ITはずいぶんと低消費電力化が進んでいる.こちらは説明としての環境対応ではなく,市場の要求に応える技術開発が結果として省エネになっている.モバイルで培われた低消費電力技術は当然のようにデスクトップ・パソコンや情報家電にも使われる.本物の環境対応技術は市場原理が働くところで培われているのである.

 環境対応が企業のブランド化戦略にもつながるということで,そこを積極的にアピールすることも一つの営業戦略になる時代でもある.今年(2007年)の6月にGoogle社やIntel社などの米国大手IT企業群が立ち上げたコンソーシアムであるClimate Servers Computing Initiative(http://www.climatesaverscomputing.org/)にはそういった思惑も見える.このコンソーシアムは電源効率を改善することで環境問題に対応しようという提案をしており,コンピュータ・システムに使われる電源装置の利用効率に基準を設け,それを達成しないサーバ機器は買わないと宣言しているのだ.このコンソーシアムは自分が技術開発するというのではなく,省エネ要件を満たしたサーバをメンバが買うという,市場創出型のプロジェクトなのである.Webサイトにあるホワイト・ペーパを見ると,負荷率50%での効率についてみれば,2007年度は81%が目標値で,これを最終年度の2010年には92%まで向上させることを要求している.たった11%の改善かといわれるかもしれないが,すでに80%程度ある電源装置の効率改善となり,技術的には相当大変な要求だと思う.しかしそこに市場があるのなら,エンジニアは頑張ってしまうのである.

エネルギ変換効率を上げる社会システム設計

 環境問題を語るときに,分かりやすい説明として善玉と悪玉が設定されるのだが,多くの場合,悪玉は大きくて強いものということになる.悪玉として設定される代表が電力会社である.ところが,エネルギ変換効率を考えると,実際には大規模な方が効率は良くなる.

 以前,インド帰りのIT業界関係者と雑談していて,彼がインドのホテルで経験した話を聞いた.インドは電源事情が悪く,ホテルでも停電がよくあるのだが,ノート・パソコンでインターネットを使っていたが停電になっても接続が切れなかったことに感心したのだとか.この話,表面的に聞けばさすがIT大国インドはネットワークを真剣に考えているように見える.しかし一方で,電源が不安定だからホテルや家でもネットワーク機器にすべてUPS(無停電装置)を付けないと安定して動かないということからくる副作用という見方もできる.すべての情報システムにUPSを付ければ,それだけで何パーセントか電力がロスすることになる.日本の商用電力の安定性は省エネに貢献しているという見方もできるのである.

 ともすると昔は良かったとか,自然回帰型の話題が多くなる地球温暖化対策なのだが,産業もしっかりしなければ国が成り立たないのも現実である.日本も市場原理に適合した環境対応プロジェクトを考えるべきだと思う.

やまもと・つよし

北海道大学大学院 情報科学研究科

メディアネットワーク専攻

情報メディア学講座


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コラム目次
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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
第8回 日本がだめなら国外があるか――台湾で中小企業を経営する人
第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


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