猪飼 國夫

国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)


 情報産業などハイテク企業が国家の将来を決めるとされ,世界各地で有能な人材を求めて,研究学園都市のような街が形作られています.これは,集中することで人材や情報を集めやすいというハイテク関連特有の事情が働いています.今回はSilicon Vallayを中心とした報告ではなく,Asiaに眼を向けてみたいと思います.

産業構造を変えて日本を再生する

 日本の経済はこのところ好調にみえますが,それは自動車や素材・部品関係の輸出が好調なことに由来しています.国内の需要はあい変わらずしぼんだままで,そのことが400万人ともいわれるフリータを生み出しています.

 新規の卒業者も毎年10万人規模の割合で安定した職を得られないまま社会へ送り出されています.理工系の学卒者ですらあまり芳しくない就職状況が続いています.

 新しく雇用を吸収する産業が育っていないとか,中国で安価にものを作るのが原因だとか,日本の若年人口の減少が需要縮小の引き金になっている,などとたくさんの原因追求がなされる中,それらの個々の要因と思われる事がらに対する解決策は一向に見つかっていません.多分,そのどれ一つを取ってみても,成熟して豊かさに慣れてしまった日本社会では,現在の生活を放棄しなければ解決の糸口はつかめないでしょう.

 唯一,可能性がある解決策は,雇用を吸収できるような新しい産業を創り出すことです.堺屋太一氏がいうところの知価革命による,20世紀型の大量生産から個々の産物の付加価値を重視した産業への転換などがそれに当たります.

研究学園都市

 従来型の産業なら,低賃金で働く労働者の確保が立地の大きな条件になっていたのですが,ハイテク産業に転換するためには,高熟練な職人や高学歴な従業員を確保できることが立地の大きな条件となります.そこで,大都市周辺か理工系の大学・研究機関が存在する周辺が候補地になります.

 そのような目論見の一つとして,日本では高度成長期の国土開発の波に乗り,米国Calfornia州のStanford大学を中心としたハイテク産業の集積地Silicon Valleyを模して,現つくば市に研究学園都市が作られました.東京教育大学を改組して筑波大学として移転するとともに,おもに工業技術院傘下の国立試験研究機関を核として,ハイテク産業を集めようとしたのです.

 ここでの産学協同による新産業の創設の成果は,研究学園都市の完成後20年以上経った今でも定かではないにもかかわらず,国内では同じような考えから,いくつかの同じような構想が形を変えて提案・実施されました.実現したものや計画中のものを含めると十指に上ります.

 京阪奈(京都・大阪・奈良)にまたがる関西文化学術研究都市や北九州の旧筑豊炭田地帯の再生をめざした飯塚地区などが大規模な情報産業の集積地としてできあがりつつあります.また,細かいものでは表1に示すように,いろいろな地域が旧来の製造業中心の産業振興では中国などの外国の安価な労働力と対抗できないため,情報産業やナノテク,バイオテクなどのハイテク産業に活路を見い出すそうとしています.なぜか「何々パーク」という名称が多いようです.


表1 研究学園都市として名乗りを上げているところ(LaboLink2003より)
旭川リサーチパーク,恵庭リサーチ・ビジネスパーク,
八戸ハイテクパーク,盛岡西リサーチパーク,
アルカディアソフトパーク山形,泉サイエンスパーク,
郡山ウエストソフトパーク,茨城県那珂郡東海村,
筑波研究学園都市,ソフトリサーチパーク情報の森とちぎ,
太田リサーチパーク,かずさアカデミアパーク,
横須賀リサーチパーク,湘南国際村,
長岡オフィス・アルカディア,佐久リサーチパーク,
富山イノベーションパーク,いしかわサイエンスパーク,
ソフトパーク福井,上田リサーチパーク,
東濃研究学園都市,テクノポリス都田開発地区,
交流未来都市,志段味ヒューマンサイエンスパーク,
桑名ビジネスリサーチパーク,鈴鹿山麓リサーチパーク,
関西文化学術研究都市,けいはんな,
リヴェール和泉,神戸リサーチパーク(鹿の子台),
播磨科学公園都市,海南インテリジェントパーク,
岡山リサーチパーク,広島中央サイエンスパーク,
鳥取新都市(テクノリサーチパーク),ソフトビジネスパーク,
宇部新都市(テクノセンターゾーン),香川インテリジェントパーク,
ブレインズパーク徳島,北九州テクノパーク,
飯塚リサーチパーク,鳥栖北部丘陵新都市,
オフィスパーク大村,熊本テクノ・リサーチパーク,
大分インテリジェントタウン,宮崎テクノリサーチパーク,
国分上野原テクノパーク,トロピカルテクノパーク

自然発生的な情報産業の集中

 一方でこのような行政が主導する研究学園都市ではなく,東京の笹塚や秋葉原など,情報産業や電脳関係の商店が自然と集まった街もあります.どちらかというと,これらの街は自然発生的で計画性がない分,「何とか都市」や「何とかパーク」と名付けることが難しいうえに,街の内容も非常に流動的です.しかし段違いに活気があり,新規の企業が生まれ育ち,変遷しています.

 秋葉原などは,電子部品街→家電街→パソコン街→ソフト街→オタク街(?)と短期間で大きく変遷を遂げていて,新旧の街が混在しています.私もバブルで値上がりしたオフィスの賃料を避けて,荒川を渡って避難するまでは,1975年の創業以来,秋葉原とその周りで仕事をしていました.

欧米での状況

 欧米に眼を向けると,やはり企画した都市と自然発生的な街の2種類があることがわかります.前掲のSilicon ValleyはStanford大学によって企画された街ですが,Calfornia州立大学のBerkeley校舎も数十km以内にあり,集積と拡大はかなり自然に行われました.

 欧米のふるい街には旧来の学園都市が散在します.米国東部の街BostonのMIT,Harvard大学や英国のCambridge大学周辺は学園都市となっていますが,情報産業が集中しているわけではありません.仏Paris郊外のIle de Franceは大学や研究機関が集まっている学園都市です.南仏NiceのSophia Antipolisは情報関係の学校や企業が多く,ハイテク基地といえるでしょう.

Asiaの状況

 情報産業が集積しているところとしては,約1,200社があるといわれる南印Bangaloreが有名です.日本企業も多く,日本人会があるくらいです.

 人件費の上昇で,日本に代わる製造業の基地としての地位が危うくなった韓国では,日本の地方振興策と同じような意図をもって「産業技術団地(テクノパーク)支援に関する特例法」を作成し,1999年から大邱テクノパークや慶北テクノパークなど6か所を策定しています.

 北京の北西には有名な中関村があり,電脳街から発展して非常に多くの情報産業が集まっています.この街は,中国一の理工系大学といわれる清華大学をはじめとして,北京大学,中国人民大学など多くの有名大学を抱える環状四号道路の付近に自然発生的にできました.台北でも台北科学技術大学の周辺に自然発生的な電脳街が拡がっています.

 日本企業と中国の関係からいうと中国最大のソフトウェア企業東軟集団を産み出した理工系の東北大学(瀋陽市)の影響下にある大連には,多くの日本企業が進出しています.データ打ち込みや画面の作成のような日本語の処理を行う人材も豊富で,日本語教育も盛んです.市や大学のWebサイトも日本語で書かれているページもあるくらいです.

情報産業を中心とした雇用の創出

 このように,日本や世界の状況を見渡すと,きっかけはどうあれ,情報産業などが集中するハイテク都市にはいくつかの特徴があると思われます.すなわち, 1) 気候が過ごしやすい 2) 都会的な雰囲気がある 3) ある程度の数の大学がある 4) 交通が便利である などの点です.

 気候が良いということは,高度な技術を持つ技術者にとって住みやすいだけでなく,そこで使われる機器や生産される機械にとっても条件が良いということです.

 高度な知識とシステム構築力を持った人材は,当然ながら高い給料を必要としますが,それ以上に快適な生活空間を求める傾向にあります.余暇を過ごすための施設だけではなく,日常的に同水準の人達との交流が図れる必要もあります.そのためには,ある程度の人口も必要となります.Bangaloreは人口5,300万人のKarnataka州の州都で,Deccan高原にあるため,比較的良好な気候に恵まれています.

ケース・スタディ

 ハイテクの街を作って産業を発展させようという試みは,このように世界中で試みられていて,成功した事例もあれば,意気込みだけが先行した事例もあるようです.

 われわれは,そのような街のどこへ行けば快適に仕事ができるでしょうか.海外の話としては,Silicon Valleyの話だけがたくさん伝わっているようです.次回は,中国の合肥(ガッピ注1)での世界有数のハイテク基地を作ろうという試みを,現地を訪問し,入手した資料から将来を占ってみたいと思います(写真1).

 なお,現地側の詳しい情報は,大連のように日本語では読めませんが,図1をご覧ください.


写真1 案内してくれた三通の周師偉社長(左)とスタッフ


図1



注1:中国側は合肥を「ゴウヒ」と読ませたがっているが,それだと合併や合算も「ゴウヘイ」,「ゴウサン」と読まなければならなくなり,日本語の発音体系に反してしまう.


いかい・くにお

エム・アイ・ベンチャー(株)





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Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
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第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
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第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
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第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
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フリーソフトウェア徹底活用講座
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