(以下「編集」):これまでの経歴をお聞かせください.
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(以下「篠原」):1988年に,パルテックに入社しました.そのころはまだ社員が7人の小さな会社でした.それから十年以上勤め,2001年にパルテックを退社し,デザインゲートウェイ(DG)を立ち上げました.その後,プライムゲート,デジクラフト,ライトイメージの社外取締役や代表取締役など,いくつかの会社を立ち上げてきました.
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:今回お話を伺いたいのは,タイで設立されたASICなどのハードウェア設計の会社「DGタイ」についてです.なぜタイで会社を立ち上げられたのですか.
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:話はパルテック時代から始まります.パルテックでPLDソリューション・ビジネスの一環として,アルテラのCPLDを使ったPCIボード設計のセミナを企画し始めることになり,このときたまたま,タイ人の優秀な技術者と知り合ったのです.彼は東大で博士号を取得した優秀な技術者で,PCIについても非常に詳しく,PCIについてのセミナの講師をお願いすることになりました.その後,新規商材の開拓ということで,ヨーロッパや北米などに行ったり,東南アジア方面にも行きました.彼がタイ人ということもあり,タイにも足を運んだんですが,そのとき「なんだ,こっちの人も技術力が高いじゃないか…」と,タイにも優秀な人材がいるということに気がついたのです.
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:タイでエレクトロニクスというのは,あまりイメージがわかないのですが,パソコンや携帯電話の普及についてはどのような状況なのでしょうか.
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:タイの首都バンコクは,タイ全土の人口の1/10が集まっています.携帯電話は,うちの社員は全員持っています.町の居酒屋のおばちゃんなんかも持ってましたね.パソコンもかなり普及していますよ.ノート・パソコンはちょっと高価ですが,デスクトップは日本と変わらないですね.インターネットも普及していて,インターネット・カフェがバンコクに2,000件あるといわれています.オンライン・ネットワーク・ゲームとして有名なラグナログオンラインはユーザ人口が100万人と聞いています.
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:タイにも,秋葉原みたいなところはあるのでしょうか.
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:ありますよ.バンモーというところでは電子部品屋(ジャンクが多い)が所狭しと並んでいて,規模は今の秋葉原より大きいかもしれませんね.コネクタとかスイッチとか安いですね.BGAのLSIをリボールしてチップ販売など部品レベルで売っている店もありますよ.
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:タイではエレクトロニクス関係の企業というのも多いのでしょうか.
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:生産工場や製品サポートをする会社はありますが,DGの業種のようなハードウェア設計を主体とした開発会社は少ないようです.
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:そうすると,タイでの会社設立の際には,人材集めで苦労されたのではないでしょうか.
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:どこの国でも,パソコンやエレクトロニクス関係が好きな人材というものはいるものです.しかし,日本やアメリカでは,エレクトロニクス関連企業が山のようにある.優秀な人材はよりよい条件のところに行ってしまいます.しかしタイではエレクトロニクス関連企業が少ないため,そのような優秀な人材を集めやすいというのはあります.
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:なるほど.
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:また,タイの理工学系の大学にも行ってみたんですよ.そこで感じたのは,まず大学の教授が若く米国や欧州の大学を出ている.若いということは,新しい技術をどんどん教えていけるわけです.それとFPGAボードをいくつも並べた評価ボードを使って,ハードウェアの設計をやってたりするんですよ.こういう環境から技術者が輩出されるなら,タイで開発会社を立ち上げるのも可能だと思うようになったんですよ.
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:それでタイで開発会社を立ち上げようということになったのですね.
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:MTTというタイの電信電話関連の研究機関的な小さな会社がありました.それをM&A(買収合併)してDGタイを立ち上げたんです.また,タイでもASICデザイン・コンテストのようなものがあるんですが,毎回優勝者はうちに来てもらっています.日本でいえば東大クラスのタイの大学,チュラロンコーン大学(Chulalongkorn University)からも,毎年のように人を引っ張ってきてます.
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:DGでは,IPコアなどを開発されているそうですね.
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:そうです.ASICやFPGAで使えるような,各種インターフェースのIPコアを設計しています.最初に知り合ったタイ人技術者が得意なバス・マスタPCIコアをはじめ,UltraDMA対応のATAインターフェースや,USBコア,DDR-SDRAMコアなどを提供しています.
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:今,DGタイの社員数はどのくらいですか.
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:20人ほどになります.日本人のスタッフも2人ほど常駐しています.
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:社内での公用語は英語ですか.
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:そうです.ただ,先ほども言ったように日本人スタッフもいるので,日本語でもやりとりします.今は最新デバイスのデータシートや規格の仕様書なども,まず英語版が先ですよね.そこで,社内で作成する仕様書やドキュメントなども,すべて英語で書いています.ちなみに,私はタイ語は読めません(笑).それと,毎週,外部から会社に先生を招いて日本人スタッフにはタイ語を,希望するタイ人のスタッフには日本語の授業を受けてもらっています.
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:タイ人のスタッフの技術力について,気になることなどありますか.
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:優秀な人材を集めているので,基本的に技術力は高いですよ.ただ経験が少ない.いろいろな場面で経験を積む必要がありますね.
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:タイ人といっしょに仕事をするうえで,文化の違いなど,気になったことはありますか.
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:仕事の進め方などは,あまり違いを感じたことはありません.毎週月曜日に進捗状況を確認する会議をしたり,日報を書かせたりといったところは,日本と同じですね.ただ宗教上の理由や習慣の違いなどで,アルコールが飲めないとか,食べてはいけないものなどがあるので,日常生活の中で気を使うことはあります.
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:タイでも「飲みニュケーション」のような習慣はあるのでしょうか.
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:現地にはそのような習慣はないですね.上下関係を重んじるようで,上司がいる席ではかしこまっていますね.そこで「いいから,いいから,飲め」と無理やり飲ませたりしています(笑).共同作業をしていくうえで,日本の「飲みニュケーション」は非常に有効だと考えているので,そこは日本の流儀を持ち込んでいます.純粋なタイの会社ではありえないですね.社長や上役といっしょに飲み食いするというのは.
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:なるほど.ほかに何か,たとえばストックオプション・システムを採用するなどしていますか.
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:ストックオプションは採用していません.タイにも株式市場はありますし,ベンチャ系企業の市場もあるのですが,DGタイはまだ株式公開などを考えていないので.
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:タイには,ベンチャ企業育成のための助成金や税制優遇制度といったものはあるのですか.
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:BOI 注1 の認定を受けており,この制度を使っています.これにより,法人税が優遇され外国人労働許可が取りやすくなるなどの恩恵を受けられます.また,日本の制度も使っています.日本のAOTS 注2 などの制度を利用してタイ人技術者を日本や欧州に連れて行き,そこで研修をさせています.年に1人か2人,3か月から半年くらいの期間の研修です.ハードウェア関連技術者はプライムゲートで,ソフトウェア関連技術者は提携しているソフトウェア系の会社で,実践的に経験を積ませています.逆に日本の指導者にタイにきてもらうときの助成制度などもあり,それも活用しています.
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:現地の優秀な技術者を集めつつ,篠原さんが取締役をされていたり提携している日本の会社で実践的に経験を積ませるわけですね.いくつもの会社を立ち上げられているからこそできる教育システムですね.
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