ポルトガルの面積は日本の約1/4で,総人口は約1,000万人なので人口密度は日本よりずっと低い.つまり,人材確保がITビジネスのキーとなることは言うまでもない.ことに,筆者の働くポルトガル市場はソフトウェア・ビジネスの比重が非常に大きく,さらに,レベルの高いエンジニアは非常に少ない.
どこの世界も仕方のないことであるが,ヨーロッパも悲しいかな学歴社会である.高い学歴があると,将来,ダイヤとして輝く可能性があると企業は考えている.しかし,日本のように,どの大学にも均一にダイヤの原石(まだ芽生えぬ天才)があるわけではなく,ポルトガルではごく限られた大学だけに原石があるという考えである.
リスボン工科大学(Instituto Superior T´ecnico)はその一つで,卒業者の就職率は非常に高い.つまり高い確率で,その学生が社会に出た後,企業で大活躍するのである.これは大学教授がよい学生のみを選び,産業に密接した研究課題を雨あられのように浴びせるため,自律行動可能な優秀な人材が育つのではなかろうかと思う.学生もみずからの研究業績に応じて,教授からの奨学金を受けられるので,自然とその能力が付くわけである.このような自律的に行動できる人材を探すのは,この国では,こういった大学にパイプを作らない限り非常に難しい.
そこで,多くの企業は他国に目を向けるのである.日本でも,中国,韓国,インドといった近隣諸国で優秀な人材を確保している企業も多いが,ヨーロッパには国境がないうえに,シェンゲン条約(EU域内の国境通行自由化と簡素化を目的とした共通滞在規定)という,島国には考えられない条約があり,労働ビザの心配などなく,人材を雇用できるのである.シェンゲン条約加盟国(オーストリア,フランス,ドイツ,イタリア,ベルギー,オランダ,ルクセンブルグ,スペイン,ポルトガル,ギリシャ,デンマーク,スウェーデン,フィンランド,ノルウェー,アイスランド)の国民はその範囲内でどこでも労働・居住の自由が認められている.
しかし,筆者は生粋の黄色人種の日本人なので,このような欧州の恩恵にあずかれない.ヨーロッパでは,労働契約をしたことを公証役場で認証し,その事実をもって滞在可能になる.つまり,税金を払うことを宣言しないと,欧州以外からの人材流入をさせないように制限しているのである.これは,欧州内の労働機会を守るうえで重要であり,日本も同様な制限を行い,自国の労働機会を守っている.しかし日本では労働契約書を交わしたことを公証役場で認証を受けることがないため,とても困惑した.
さて,ヨーロッパの社会保障は非常に高度である,という話をよく聞かれることだろう.しかし,これは暗に,収入からごっそり社会保障費と所得税が引かれるということ,さらに企業の人件費がかさむということである.ポルトガルでは企業の社会保障費負担は給与の約20%である.企業の負担率が高いうえ,一般的に高給取りのエンジニアの雇用は非常に少ないのが現実であり,前述のようなダイヤの発掘合戦となり,さらに,欧州外からの雇用拒否が促進されているのである.
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