第29回

〜対談編〜


 今回は,アメリカ人エンジニア・起業家との対談である.
アダムとは,たまたま本屋で会ったのがはじまりという不思議な縁があるのですが,今日はいろいろと教えてください.まず,どういうふうに起業家になったのかから始めましょう.
2年生で在学中の頃にFoundation Systemという自分の会社を設立し,卒業後そのまま続けています.もともとテレビ番組のMacGayvor注1が大好きで,化学を専攻するつもりでスタンフォード大学に入学したんです.あと,美術が好きなので,できればそれも勉強してみたいと思っていました.
なるほど,なかなか興味の範囲が広くていいですね.それで,典型的な就職をしていないのですか? 化学から情報工学に?
そうですね,就職らしい就職はしていません.また,化学の勉強は,想像していたのとあまりにもギャップが多くて挫折しました.それで,コンピュータに興味をもっていたので情報工学部に編入しました. 

注1:日本語題「冒険野郎マクガイバー」.米国で1985〜1992年に放映されたテレビドラマ.主人公マクガイバーが仕事や旅行などで世界中をまわり,行く先々でさまざまな人と出会い,事件を解決する冒険ドラマだが,人気の秘密は何といってもマクガイバーがその場にあるものを利用して,いろいろなものを作り上げてしまうところにあるだろう.瞬間的なひらめきや即興性が天才的で面白い.マクガイバーは,化学の学位をもつ設定になっている.

今回のゲストのプロフィール

Adam Tow(アダム・トウ)

 国のベンチャーFoundation Systems社のオーナー.1997年にスタンフォード大学を卒業.シンボリックシステムと呼ばれる情報工学,哲学,心理学,言語学を融合した学部を専攻.大学時代にソフトウェアの開発・販売ベンチャーを設立して現在に至る.スタンフォード大学のNewtonユーザーズグループのリーダーを現在も務める.南カルフォルニアのサンディエゴ生まれ.両親は香港から移民してきた華僑.
E-Mail:atow@tow.com
URL:http://www.tow.com/
好きな言葉:Believe the impossible.





シンボリックシステム&Newton
との出会い


それで美術のほうは?

美術のほうは,スタンフォード大学は学部としてはあまり強くないので断念しました.趣味で絵を描いたりする程度にしました.情報工学のほうも,やたらにプログラミングのクラスとかが多いので疑問を持ち始めました.たしかにプログラミングはそれなりに楽しいけれど,その先に何があるのか? このまま企業でプログラマになって何らかの管理職に… というシナリオにドンドン疑問を持ち始めました.その頃からでしょうか,漠然と自分の事業をもってみたいと思い始めたのは.

結局,何がきっかけになりました?

1993年の秋にApple Computer社のNewtonと出会いました.はじめは自分で好きなプログラムを適当に書いていましたが,このプラットホームでアプリケーションなどを供給して有名になった人達のことを聞いて「自分もやってみたい!」という気持ちが湧きました.まあ,これがきっかけで,積極的にNewtonのことを勉強し,アプリを書きました.それとほぼ同時期に,ユニークなシンボリックシステムという専攻に専念していました.この学部の卒業生は大学院生になり,さらにAI,ニューロサイエンス,応用数学,ヒューマン・コンピュータインターフェースの専門などに進む人達が多いのです.その他,起業家も多い学部ですね.とにかくユニークです.賭博師みたいな人達が集まるんですよね.もちろん,情報工学の部分ではプログラミングなどを学ぶのですが,総合的にコンピューティングとは何かを勉強します.

  たしかにアメリカの大学は,大学によってユニークな専門/専攻があるから面白いですね.スタンフォードやMITなどは,技術者向けのMBA取得コースもあるし.それぞれ差別化されていて得意分野などがはっきりしていますね.プログラミングについては,どう思いますか?

個人的な考えですが,プログラミングの世界はまだまだ専門的すぎると思います.たしかに私はCなどのプログラミングを学びましたが,これではPCやPDAの意味がなくなるのではないでしょうか.誰でも簡単かつ手軽にプログラムが書けて,はじめて利便性が増すのだと思います.ですから,私はスクリプト言語などをできるだけ利用することにしています.

ユニークな考え方ですね.販売している製品もそうですか?

まだシェアウェアの感覚が抜けていないかもしれないけれど(笑),ソースで出してユーザーがカスタマイズできるってことが大切だと感じています.はじめは,大学キャンパス内の案内地図アプリケーションとか目覚まし時計だったのですが,知り合いやユーザーがカスタマイズしてそのコードを送ってくれるんですよ.それでコードの質が上がっていく….

今はやりのオープンソースみたいですね.

当時は当たり前だと思っていました.

シンボリックシステムは,どういうふうに自分の仕事に影響しましたか?
多くのアプリケーションは,あまり深く考えられないで作られていると思います.とくに,人間にどういう影響を与えるかという部分でしょうか?人間が作り出す道具や乗り物によって生活が便利になると同時に不便なことも出てきますよね.たしかに,基本的にコンピュータにやらせてすむ仕事があるわけですが,それを人間からコンピュータに移す場合,どういう影響があるかとかね.あと,問題はさまざまなアングルからのアプローチが考えられるということを学びました.情報技術,生物学的,心理学的,哲学的,言語学的…といった一見すると別な分野ですが,それらはすべて,人間にとってはある種のインターフェースなんですよね.
なるほど,それは,わかりやすい表現ですね.人間には,コンピュータと違って1種類のインターフェース以外にさまざまな感覚があるし,哲学的に物事をとらえたり,言語によってニュアンスが違うとか,それがインターフェースでもあるってことですね.そういう意味では,まだまだマシン(コンピュータ)を中心にアプリケーションの開発が行われているってことですね?

そうそう! そうなんです.まだまだ人間中心でのアプリケーション開発は行われていません.これから少しずつ改善されていくと思いますが,大きな課題ですね.だから出てきたときにはいいなと感じたプログラムが,使い込むうちに使いづらく感じたりする.それからアプリケーション間の統一性とかがちょっと無理矢理なところがある….人間がアプリに合わせて生活しているところですね. 

ところで,NewtonはApple Computer社が開発を打ち切りましたが,今後はどうなるのでしょう?

1999年春にSNUG(Stanford Newton Users Group)の5周年記念のイベントをやりました.SNUGの幹事もやりました.27名ぐらい集まったかな? Appleからのサポートが受けられないので,問い合わせなどへの対応が難しいこともあります.ノウハウとかアプリは,フリーソフトウェア的にどんどん配布し続けると思います.開発者系の人達は,Palmに流れた人が多いので,業界のネットワーキングにもいいですよ.トニーも来てください.

  アダム自身は,今後もNewtonの開発をする予定ですか?

私もすでにPalm VIIのアプリケーションの開発をやっているので,Newtonには手が回りません.SNUGだけは,続けていくでしょう.やっぱりPDAのパイオニア的な存在ですからね.


今後のプロジェクト


Palm VIIの話が出ましたが,今後の仕事の話をしてください.

現在,コンサルティングでいくつかのプロジェクトに参加しています.Palm VIIは無線で情報を得る機能をもっているので,特別なWebサイトを作って情報発信をするんです.プロスポーツのスコア,株式の情報,地図とかね.私は,いかに小さな画面で機能的に美しく見せるかを担当しています.一緒に仕事をしているパートナーが,Cのプログラミングやバックエンドクエリーのプログラミングをやってくれているので,私はGUIに集中できます.あとは,このPalm VII関係のプログラミングの本を一緒に執筆しています. 

Palm以外に興味のあるプラットホームや仕事などはありますか?
Windows CEも少しずつ面白くなっていますが,マルチプラットホームなので,私のような小さいところでは,ちょっと苦しい感じがします.

シリコンバレーでは技術力よりアイデア


コンサルティングをやっていて,取引先から就職のオファーとかありますか?

ありますが,まじめに考えたことはありません.とにかく仕事も生活も自分の納得がいくようにしたいので,現在の形を変えるつもりはありません.自分を,技術者よりもまずアントプレナー(起業家)として意識しています.

なるほど.それでは,他に就職するつもりはないみたいですが,ほかに何かやってみたいことは?

シリコンバレーの人達はみんな働きすぎじゃないかな? 個人的にそう感じています.だから大学院に戻ったり,エンジニアリングをやめて美術の仕事をやることをまじめに考えています.もっと人類にインパクトのあることがやりたいので.

対談を終えて
 アダム氏とは,筆者の自宅近くの本屋で偶然に出会った.ペンコンピューティングの雑誌を立ち読みしていたとき,彼のほうから声をかけてきた.ペンコンピューティングに興味があるか? という内容の話だったが,かなり物腰の落ち着いた感じだった.いろいろ聞いてみると,かなり広い興味をもち,まったく異なったアングルからシリコンバレーで生活していることがわかった.とにかく,この手の新人類エンジニア達が多いそうだ.彼らは,映画の製作やロックバンドのツアーのように,仕事があるとき集まり,終われば解散してしまう.しかし,アウトプットはかなりある.筆者の世代とはかなり味の違うエンジニア達だ.

トニー・チン htchin@attglobal.net
WinHawk Consulting



copyright 1997-2000 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
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第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
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第65回 起業・独立のステップ
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第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
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第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
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第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
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第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
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フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
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第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
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第62回 雑用三昧
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第59回 300回目の昔語り
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第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


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