第41回

〜対談編〜


外資系の会社に入社


宇多さんはいろいろなハイテク企業を経験してますよね,まずハイテク関係の仕事に入った背景からお話いただけますか?
私はもともと生化学が専攻でした.だからそのまま進んでいれば,現在のゲノムプロジェクトなどに参加していたかもしれません.しかし大学在学中に先輩から,私の性格からすると外資系が良いのでは? と薦められたのがはじまりです.就職の際,日本の大手企業からも内定を受けたのですが,けっきょくアメリカのEDA企業に入りました.
当時の仕事はどういう感じでしたか?
たまたま自分が新卒の女性では第一号で営業技術部に入ったのです.とにかく当時のワークステーションの使い方から,すべてが勉強でした.いろいろなことをドンドン吸収しなければと思い,何でもノートに付けていました.いまでもそのノートがたまに役立ってます.
大学卒業後すぐにアメリカの企業で,カルチャーショックとかは?
そこそこ日本で歴史のある会社だったので,毎日の仕事は日本の会社とあまりかわらなかったと思います.アメリカにある本社に行くこともありましたが,オレゴン州の田舎でノンビリしていました.

今回のゲストのプロフィール

宇多文香(うだ・あやこ)

 アメリカ系の大手EDA関連会社2社に,アプリケーションエンジニアとして勤務.その後,一時EDA業界を離れ,Oracle,Microsoftなどのデータベースサーバを用いたツールを扱う会社に転職.日本でのスタートアップを経験後,シリコンバレーのベンチャーに設計エンジニアとして職を得る.現在は,EDA業界に舞い戻り,同じくベンチャー企業であり,フォーマルベリフィケーション・ツールではトップシェアを誇るVerplex Systems社(http://www.verplex.com/)でおもにヨーロッパ,日本担当のシニア・アプリケーションエンジニアとして多忙な日々を送っている.








開発現場への思い――シリコンバレーの会社へ


シリコンバレーの会社にはいつ頃から興味をもったのですか?
自分のいた会社は,当時は数々のメジャーな製品があり,市場でもリーダー格でした.しかし同じアメリカの会社でもある製品ではまったく歯が立たない状況が続き,それが自分の興味を引くきっかけになりました.けっきょく最初の会社に4年いましたが,この会社の競合であるシリコンバレーの企業に移ってみようという気になりました.
なるほど――こちらで言う“If you can’t beat them.... Join them!”勝てなければ,いっそのこと仲間になれ!)ですね.
この移った会社ではシリコンバレー本社との行き来が多く,その頃からシリコンバレーに行く頻度が高くなっていったと思います.ここでの大きな収穫は,さまざまな人との仕事を通じての交流です.
人のネットワーキングの始まりですね.宇多さんの場合はしっかりと人のネットワークができあがっていたので,転職もすんなりいったと思います.

ソフトの日本語化


話は少し飛びますが,EDAや半導体業界を離れて一時期データベース系の仕事をしていたとか? それについてお話いただけますか?
この会社はEDA業界と違い,フロントオフィス・ソリューションツールという,製造業だけではなく,いままではまったく付き合いのなかった銀行や金融会社なども対象にしたデータベースソリューションを提供していました.同じ営業技術の仕事だったのですが,今度は日本語化をしないとまったく売り物にならない状態でした.

そうですね.EDAや半導体系の場合,マニュアルやドキュメント系は翻訳されていても,ソフト自体を日本語化するという作業はしませんね.

しかもできたばかりの会社の製品だったので,日本語化,ようするにダブルバイト化をまったく意識していない作りになっていました.

私もOS関係の会社にいたことがありますが,日本語化はたいへんですよね.ちょっと昔の話でいまは違う部分もあるかもしれませんが……まず,日本でやるかアメリカでやるかで悩みます.英語以外の言葉を使えるようにすることを一般的にInternationalizationと呼んでいますが,それにさらに日本語特有のシフトJISとかEUCをどう扱うか? ソートやインプットメソッド(FEP)をどうするか? というLocalizationの二段がまえの問題を解決しないといけないですからね.

そうですね,InternationalizationとLocalizationの区別を理解してくれない場合もありましたね.もっと苦労したのは,アメリカ人のマネージャ達が,日本語化は翻訳と同じぐらいのレベルのものだろうと解釈していると知ったときでした.

同じソフトウェアでも,客筋や業種が違うとまったく違ったビジネスモデルで展開しているので,違った面でのシリコンバレーを経験できたのですね.


スタートアップに入る


話は戻って,現在のシリコンバレーのスタートアップに入ったことについて話していただけますか?

データベース系の会社の後に少し休職し,気分転換しようと,シリコンバレーに2週間ぐらい滞在しました.しかしけっきょく,来てすぐSan Jose Mercuryを入手し,求人状況などを調べていました.いっそのこと面接も受けてやろうと思い,求人広告で気に入った会社があれば研究してアポを取りつける努力をしました.アポを取り付けて面接に行ったりフォローすることで毎日を過ごしました.

すごい度胸ですね.いきなり乗り込んで来たって感じですね!(笑).

いいえ,まわりにいろいろな人がいて助けてもらったおかげもあるかと思います.たとえば,前のデータベースの会社で知り合ったアメリカ人女性がいるのですが,彼女にはまずレジュメを徹底的に修正してもらいました.

ああ,それはすごく大事ですよね.日本とアメリカではレジュメの位置づけがまったく違いますからね.生粋のアメリカ人でさえ苦労します.

さきほど話した彼女は,もともと広告などを勉強した文系の人だったので,かなり徹底していました.面接の特訓も彼女にしてもらいました.単語の発音,姿勢,視線など,かなり細かいところまで,夜を徹してやりました.何といってもアメリカ人女性は妥協してくれませんから(笑).

ロールプレイ(Role Play)ですよね.相手がネイティブなアメリカ人だと,かなり度胸が付きますよね.

そうですね,アメリカでの面接のスタイルは,日本とはまったく別物ですね.印象づけるためのスキルとか……一種の演技みたいです.この経験で,面接のノウハウというか実践における差に気付きました.

それはどういうことですか?

アポを取って担当者と会えれば,仕事内容などについて直接聞けるということです.求人広告に出ている人材の項目は絶対でなく,100%クリアしていないとダメということもありません.たとえば,多くのポジションの人材募集には,修士号が必要とか書いてあるのですが,実際雇用するマネージャに会うと,学位は気にしていないということもありました.

たしかに人材募集広告の項目は,理想を書いてある場合が多いですね.また日米の雇用スタイルの違いも大きいですから,これからシリコンバレーをめざしている人は予習が必要ですね.


H1-B労働ビザのノウハウ


そうそう,トニーさんの記事をまとめた別冊付録(2000年7月号付属)を読みましたよ.基本的なこと,ノウハウなどもまとめられているので,これから来ることを考える人達には本当に役立つと思います.

そう言っていただけると嬉しいです.でも,H1-Bとかのノウハウは宇多さんのほうがあるのでは? 少しまとめてもらえますか?
そうですね.では,私の経験した最近の話からです.アメリカでの労働ビザの「入手」はちょっとたいへんです.まず,一般にエンジニアが取るH1-Bですが,アメリカの決算年度の始まりである10月に配布されます.だから,アメリカに来るにもこの10月のタイミングをみはからって面接する必要があります.そうしないと,面接にパスしてもビザがないので仕事ができなくなり,けっきょく会社側も違う人を探しにいってしまうことがあります.あまりにもビザの交付数が少ないので,2000年から3年間,暫定的にビザの発行数を増やす法案にクリントン大統領がサインしたばかりです.私の場合,これらはすべて知り合いに聞きまくって調べましたし,最終的には最新の本を買って確認しました.アメリカの移民法などはよく変わるので,複数の情報源から調べることがたいせつです.

今後の展開


現在のVerplexは,フォーマルベリフィケーションでも有名な会社ですね.今後の展開は?
まだまだ小さな会社なので,スタッフ一人一人の役割が大きく,私はヨーロッパと日本の顧客のサポートを行っています.まだ上場もしていないので,どういう風に会社が育っていくのか,それを勉強できるのが嬉しいですね.エンジニアリングとか技術的な仕事以外でも勉強になります.また,アメリカはたしかに女性にとって仕事をしやすい環境があると思います.たとえば,Day-Careとかの子供の面倒を見てくれるシステムは,日本より充実してますね.上場して一発儲かればゴルフやセーリング三昧の毎日……という話もありますが,今は充実して仕事できるのが何より嬉しいです(笑).

対談を終えて
 宇多氏は,以前このコラムに出ていただいた南氏(1999年7/8月号)から紹介いただいた.業界が小さいし,日本人のコミュニティもまだ小さいので,宇多氏の話は以前から聞いていた.単身でアメリカのスタートアップに入り,ビザサポートも取り付けたというのはなかなかの度胸だと思う.宇多氏はエネルギッシュに行動するというスタイルを取ってきているが,その根底には同氏が長年にわたって地道に築き上げた人間のネットワークがある.




トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2001 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
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第58回  物理的に正しいITの環境対応
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第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
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第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
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第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
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第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
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第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
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第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
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Copyright 1997-2005 CQ Publishing Co.,Ltd.


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