第54回

Engineering Life in Silicon Valley

不況とレイオフ


 日銀が12月12日に発表した企業短期経済観測調査(短観)によると,企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は,大企業製造業でマイナス38と,前回9月の調査から5ポイント低下し,4期連続で悪化した.全米の2002年のGDPは,1%程度の伸び率となっている.また,最近の報告によると,レイオフのペースも大分落ち着いてきたため,景気低迷も底をついたのではないか?といった楽観的な報告もある.しかし,こちらシリコンバレーでは,相当な規模のレイオフやリストラが続いている.

 12月に入ってから,昔からの知り合いから急に連絡があった.人脈のネットワーキングだ.「最近レイオフされたから,何か仕事を紹介してほしい」といった連絡や,「無給休暇があるので,これから何をやるか考えた」などといった話だ.これらを総合しても,景気が悪いことは確かだ.とくにこちらシリコンバレーでは,失業率が全米平均を1ポイント上まわる6.8%と報告されている.テロの被害があったニューヨークよりも突出して失業率が高い.ハイテク,とくにドットコム関係の企業のレイオフが多いのが原因のようだ.大小さまざまな規模のレイオフが発表されたり,静かに倒産していく企業が後を絶たない.

Column 日本食について

 暗い話題だったので,ちょっと明るい話を一つ.

 日本食は以前からアメリカでも親しまれてきたが,最近になって,より一般市民の身近な存在になったようだ.筆者の自宅近くのスーパーで見た光景だが,このスーパーには,デリー,ようするにお惣菜コーナーがある.ほとんどはこちらの人に馴染みのある食べ物であるが,数年前から寿司が並ぶようになった.そこで地元の小学生が下校帰りに小さいパックになった寿司を買い食いしていたのである.海老と巻き寿司のセットだった.醤油も何も付けずに食べていたのは,少し違和感があったが,とにかくお腹が空いていたのだろうか,仲良く美味しそうに食べていた.寿司の隣には,塩茹で枝豆がある(Edamameで通じるのだ!).冷凍物だろうが,なぜか流行っている.

 また,テレビの一般放送のお料理教室でもアメリカ人のお料理の先生らしき人が,スノコを使って巻き寿司の作り方のテクニックを紹介していた.そして,サンフランシスコ湾沖で取れるウニの加工工場がシリコンバレー近くにある.ほとんどが日本に出荷されるそうだが,最近地元でも生ウニが出回るようになった.


企業側の対応は?

 さて,景気が悪化した際にシリコンバレーの企業はどのような対応をするのか.会社側が行うことは,基本的には日米の格差はあまりないと思う.しかし,アメリカの企業の行動は日本の企業に比べて対応が早いことは確かだ.EE Times誌の2000年の夏頃に行ったアンケートによると,70%弱の企業が技術者・エンジニアの不足を訴えていた.しかし今年の9月には,これが逆転して70%弱の人たちが過剰と答えたらしい.9月のテロ事件がリストラを加速しているとはいえ,1年足らずで逆転しているのには少なからず驚いた.

 リストラに入る前には,経費を削減して出費を抑えるという段階があるが,これについてもシリコンバレーらしいところがある.まずは,社内のさまざまな「贅沢」の削減である.有能な人材を惹きつけるため,景気の良いときにいろいろなサービスや設備を設けていたものを削減する.逆にいうと,それまでは少しびっくりするような内容で話題性をねらっていたことがあったのだ.

 たとえば,筆者が勤めたある会社では,夜遅くまで仕事をするエンジニアのために,会社が夕食・夜食を提供していた.かなり有名なシェフによるケータリングサービスが行われていたのだ.これを面接の際に,人事の担当者が延々と説明してくれたことを覚えている.毎晩8時頃から,シェフとアシスタントの3名が料理を作っていた.この会社はここにこだわりたかったようだが,年間6万ドル近くもかかっていたらしい.とにかく,景気の良いときに年俸以外で何とか注目を集めるためにこのようなことを行っていたのだが,景気が悪くなるとこのような部分は,真っ先にカットされた.これらの突出したシリコンバレーらしい出費をはじめとして,さまざまな経費がカットされていく.エンジニア達,とくに主要な開発に携わっているスタッフはなかなかカットできないが,中間管理職などは危ない.

 一般的に,短期的な即戦力を重視するシリコンバレーの企業では,まだ経験の浅い新卒のエンジニアなどがレイオフの対象になる場合が多い.知人のマネージャは,会社側の都合で数名のエンジニアをレイオフしたそうだ.彼女は若いエンジニアを選んだそうだが,その理由として次のような点を挙げた.若いエンジニア達にはコーディングや,すでにあるコードをメインテナンスする作業を任せることができるが,かなり指示を与えなければならない.しかし次期の製品には,コーディングはもちろんのこと,アーキテクトや基本設計のできるエンジニアが必要と見ていた.彼女曰く,「ライブラリのことをよく知っていたり,スクリプトの使い方やツールなどはよく知っていたが,基本的なソフトウェアエンジニアリングのスキルが浅いので,やむを得なかった……」と語っていた.

安全ネットがない?!

 レイオフで解雇されると,解雇された後のサポートはほとんど期待できないのがシリコンバレーだ.Severance Payという解雇された人に払われる給料があるが,会社によってまちまちだし,法的な決まりはない.一般的に,1か月から3か月分が出たら良いほうだ.まれなケースとして,マネージャクラスや重要ポストのエンジニア達で,採用の際にSeverance Payについて交渉している人達には,6か月分ほど出る場合もある.いわゆる「ゴールデンパラシュート」をもっている人たちだ.

 会社側の責任として法的に定まりがあるのは,健康保険の継続と個人退職年金401Kの継続運営ぐらいだろうか.アメリカでは,一般市民が加入できる国民健康保険のようなものがないので,保険会社から健康保険を買う必要がある.解雇された人には,18か月同じプランを自己負担で継続できるようになっている.企業レートで買えるので,個人で買うよりは若干安い401Kも,次の職場が決まるまで運営会社に積み立てたお金を運営してもらえることになっている.

 一方,政府側の対応だが,最後の給料が払い込まれる頃から失業保険を受け取れる.しかし,州によって支払われる額はまちまちで,シリコンバレーのあるカリフォルニア州は,これが低いことで有名だ.テロ後の法案では,引き上げられて週に最高330ドル程度になり,これも収入として課税される.合計すると月に1400ドル程度になるが,ごく一般的な家賃が2000ドル以上のシリコンバレーでは,これだけで生活するのはとうてい無理だ.

 次に,政府側の対応としてあるのが税金対策だろうか.これは,失業者が失業中に求職活動に使った費用を経費として,ほぼ100%控除できる.アメリカの一般サラリーマンも日本でいう確定申告に近い形なので,自分で控除額を調整することが可能だ.求職活動の定義も広いので,ジョブフェアに行くための交通費,食事代,参加費なども控除額に入れることが可能だ.また,再就職に必要なトレーニング,たとえば講習会に参加した費用などもOKだ.工夫しだいでいろいろと使えるのが特徴である.いずれにせよ,安全ネットらしきものはなく,自己責任でなんとかしなければならないのがアメリカの特徴であろう.

レイオフされたら?

 レイオフされた後は,どうするか? これは人によってまちまちだろう.知り合いで,副社長(Vice President,日本だと部長クラスぐらい)をやっていた人は,ずっと猛烈社員で仕事を続けてきたので,むしろレイオフされてホッとしたと言っていた.ちなみにこの人は,かなり良い待遇で解雇されている.給料も数か月は出ているようだし,社外のコンサルタントとして残った会社の作業の手伝いを続けているようだ.

 彼のようなケースはまれで,普通なら再就職をするための求職活動で忙しいところだ.その方法も地元紙の求人欄から,最近ではHotJob.comやMonster.comなど,インターネットにシフトしているようだ.また,ジョブフェアに参加したりもするが,もっとも効果的なのは口コミだろうか.知り合いや周りの人たちから手がかりをつかもうとする人が多い.

 また,生活費が全米でも高いシリコンバレーに見切りをつけ,カリフォルニア州外へ引っ越して職を探す人も多い.これらの人たちの中には,シリコンバレーのゴールドラッシュ的思想や生活に疲れたと訴える人も多い.たしかに,少しでもシリコンバレーの外に出ると,生活のペースがのんびりしていると感じる.

エンジニア以外の選択肢

 知り合いに,共働きで年収20万ドルのエンジニア夫婦がいて,景気の良い数年前に100万ドル以上の家に移り住んだそうだ.年収からいうと,住宅ローンを目一杯組んだほうが税金対策になる.アメリカでは,住宅ローンの利子分が全額控除できるからだ.

 しかし,景気が悪化しはじめて二人ともレイオフされた.このエンジニア夫婦は,シリコンバレーでの生活に見切りを付け,ロサンゼルスのさらに南に位置するサンディエゴに引っ越して,B&B 注1 の経営に乗り出した.二人ともB&B経営のほうは素人なので,バックアッププランも万全にしている.奥さんのほうは教員免許を取る準備をして,旦那さんのほうは通信業界で長い間エンジニアをやっていた経験を生かしてコンサルティングをする予定だそうだ.

 このように,失業後は大幅に職種を変えるというエンジニア達も多いと聞く.ドットコム系の会社に勤めていた20代前半のエンジニアでPeace Corp. 注2 に参加するという人がいた.また,最近行われた連邦政府系のジョブフェアでは,主催者が予想していた人数の5倍の参加者があったそうだ.FBI,CIA,米軍,国境警備,入国管理などに人気があったそうだが,愛国心の現れと,やはり公務員にはレイオフがないからなのだろうか.いずれも以前からGメンになる人たちは文系が多かったので,理工系はかなり歓迎されるそうだ.

新しいサイクルのはじまり

 あまり良い話ばかりではないが,現在の不況やレイオフを,ほとんどのエンジニア達は悲観していない.むしろ必要な新陳代謝として考える人が多い.

 ある時代,あるテクノロジトレンドの締めくくりで,次の始まりだととらえているエンジニアが多いと思う.俗に「Let's kick around some idea」と仲間に呼びかけるエンジニア達が多い.直訳すると「アイデアを蹴飛ばし合いましょう」になるが,意訳すると,軽い気持ちでさまざまなアイデアをぶつけ合おうということだ.実際に仲間とアイデアを出し合いながら次のスタートアップの構想を練ることが多い.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 

copyright 1997-2002 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
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第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
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フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
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第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
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第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
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