第67回

Engineering Life in Silicon Valley

シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)


条件がそろい,二人で渡米する

 さて,今回は「初」が二つになります.出向型でシリコンバレーに来られている方の初登場と,夫婦で対談の初登場です.まずは,エンジニアリングの世界にどういう経緯で入られたかについて話していただけますか?
 私の場合は英米文化を勉強していたので,大学での専攻の話をするとびっくりされる場合が多いですね.アメリカの大学では,かなり即戦力になるような教育がなされているので,理科系の専攻でない場合は不思議に思われます.そして,当時日本ではバブル経済が弾けた頃だったので,理科系以外の分野からもエンジニアを採っていたと思います.それで個人的にコンピュータなどの知らない世界に興味があったので,この分野に入り少しずつ知識を付けました.余談ですが,大学の専攻が理科系でなかったので,アメリカ入国のビザ申請には苦労しました.

今回のゲストのプロフィール

鈴木友子(すずき・ともこ):1992年,愛知教育大学総合科学課程国際文化コース英米文化選修卒業.NECマイコンテクノロジーに入社後,社内でのOn the Job Trainingを受け,組み込みマイコン用ソフトウェアツールのサポート業務に就く.8〜64ビットマイコン向け開発ツールの関連業務を8年間行った後,2001年10月にNEC Electronics America, Inc.にProduct Marketing Engineerとして出向し,現在に至る.趣味は油絵,スキー,キーボード.最近買ったDVDは「007」7本セット,最近買ったお気に入りの本は『気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ』.
鈴木 敦(すずき・あつし):1988年,幾徳工業大学(現神奈川工科大学)卒.同年NECマイコンテクノロジー入社.入社以降十年以上にわたり,NEC独自アーキテクチャの32ビットCPU向け基本ソフト開発に従事.2001年に米国出向となり,業務内容も開発からサポートへと変わり現在に至る.趣味はドライブ,スキー,読書.日本ではバイクにも乗っていたが,こちらではいまだに免許も取得していない.




 なるほど……シリコンバレーでも純技術系以外を専攻した人が,凄いプログラマになるという例がたまにあります.ビザは,アメリカの一般的に技術職で来る人は,最低でも大卒で理科系を専門としていたことが前提となっていますよね.
 僕の場合は,大学にちょうど情報工学部ができたので入りました.会社に入社したときは,さまざまな背景の人を採っていました.実際,私の同期でも畑違いの哲学部出身にも関わらず,ソフト開発で適性を発揮している人がいました.大学の専攻や学科と,ソフト開発への適性はあまり相関がないという印象がありますね.

 アメリカなら情報・電子工学系以外に物理,化学そして他の工学部から情報・電子系のプログラマやエンジニアに転進する人が多いですね.以前私が勤めていた会社の研究開発部のシニアエンジニアには物理や化学系の人が多かったという記憶があります.たまに理科系の背景のないエンジニアに遭遇しますが,かなり特徴のあるタイプが多いですね.
 僕は,その人の大学での勉強よりも,その人の個性が反映して凄いと思われるのだと思います.とくにプログラミングはセンスも重要な分野だと思います.

 さて,話は戻りますがシリコンバレーに来られて1年ぐらいですよね? それでカップルで出向というのは珍しいのでは?
 もともと私のほうがVRシリーズのマイコンまわりのサードパーティーツールサポートの仕事をしていて,海外のさまざまなベンダーと取り引きがありました.VR以前の業務でも,アメリカに何度か出張で来ることがありました.それで,まずは私のほうにシリコンバレーへの出向の話がありました.
 僕の場合は,V800シリーズのマイコン開発ツール,具体的にいうと言語系のツールの開発をやっていました.これをかなり長い期間やっていたので,少し違った観点からの仕事もしてみたいと思いました.ちょうど出向の話も一致して,こちらでサードパーティとやり取りをする仕事に就くことになりました.
 日本では,同じ会社でも職場が違いました.結婚して1年ぐらいだったので悩みや葛藤もありましたが,今回はお互いに条件と背景がそろっていたので,一緒に来ることができて良かったと思います.

 なるほどね.出向というと配偶者がオマケ的な存在ですが,お二人とも仕事を続けられるのは良い体験になりそうですね.
 シリコンバレーの会社にも出向はあるのですか?

 ありますが,大きな違いは,帰って来る際の保証がいっさいないところでしょうか.つまり,戻りたい場合にはシリコンバレー側の会社,つまり本社でのポジションは自力で確保するという点です.戻りたい場合には,自己アピールして自分の戻る場所を作る必要があります.また,もともと共働きのカップルが出向することもありますが,配偶者が仕事を辞めてしまうことが多いです.二人のタイミングを合わせるのが原因のようです.たとえば,配偶者のほうがさっさと会社を辞めていて,出向がキャンセルになったという例もあり,会社側は何もしてくれないので厳しいと思います.

想像していたシリコンバレーとのギャップ


 さて,こちらに来られていろいろと新しい発見やギャップを感じられたかと思うのですが,どうでしょう?
 シリコンバレーは意外とアジア系の人が多いことに驚きました.中華レストランや韓国レストランで急に中国語や韓国語で話しかけられたり,また,これらのレストランで英語が通じない場合があるので,たまに苦労します.

 シリコンバレーの生活に,英語以外に中国語や韓国語が必要だったり(笑).
 職場は日本の会社ですから,普通のシリコンバレーの会社よりも日本人が多いとは思うのですが,僕の上司は台湾人だし同僚もインド人,中国人,アメリカ人とさまざまです.

 それに加え,中国人や韓国人がこちらに来ても自分達の文化を崩さずに日々の生活を送っているところはエネルギッシュに感じます.

 そうそう,日本人にない傾向ですね.日本人だと日本食を食べることぐらいでしょうか? 他のアジア系の人達はどこかに絶対にミックスされない自分の文化をもって生活しているように見えます.

 たしかに日本と他のアジアを比較すると,日本のほうが民族意識がそれほど高くないこと,他のアジア系の人達が自国に帰らない移民が多いことに気付きますね.日本からはどちらかというと一時的な引っ越しみたいな意味が多いと思います.だからよりいっそう他のアジア系の人達は自分たちの文化の意識が強くなるのだと思います.
 あとは,シリコンバレーが意外と田舎なのにはびっくりしたのと同時にほっとしました.平屋が多いし,すぐ近くに山とか牧場があって牛がノンビリと草を食べている光景が見えますよね.そこら中の木にリスとかもたくさんいるし,自然や動物が身近に非常に多いという印象があります.
 僕もシリコンバレーというと「技術の最先端をいく近代都市」みたいなイメージがありましたから,ビルがほとんどなく,せいぜい2階建てぐらいのオフィスビルばかりなのにはびっくりしました.

 う〜ん,なるほど…….ほんの数年前までは果樹園を中心とした農業地帯でしたからね.そういう意味ではシリコンバレーはサンフランシスコに対して,非常にコンプレックスをもっている都市なんですよ.人口や生産売上高ではアメリカを代表するハイテクの街なのに,北カリフォルニアの中心というとサンフランシスコなんですよね.
 コンプレックスというと具体的には?

 たとえば,プロスポーツのチームがあると全米のメディアでも知名度が上がるでしょう? シリコンバレーだと,やっとできたサンノゼ・シャークスのホッケーチームぐらいです.やっぱり3大スポーツの野球,アメフト,バスケットのどれかがないとメジャーな都市じゃないって感じですね.もう過去20年近くサンフランシスコ・ジャイアンツをサンノゼのほうに引っ越すようオーナーに働きかけたり,野球場を作る計画を立てたりなどいろいろ動きはありますが,まだまだ実現されていない.あとは,シンフォニーとかバレエとか著名なカルチャーイベントを主催するとかね…….日本でいうと東京と川崎の関係みたいなものでしょうか? 川崎市の方には申し訳ありませんが(笑).
 う〜ん,それはわかりやすい例かもしれませんね.日本を代表する電子機器メーカーが川崎市と神奈川県近辺に軒を並べてますからね.でも,私はもともと街っ子だと思うのですが,サンフランシスコのあのごちゃごちゃした街の雰囲気よりシリコンバレーのほうが心地良いです.

次回について


引き続きシリコンバレーの印象,仕事面また私生活面での発見について話を伺う.

Column ストックオプションによる富の分配

 ここ数年,アメリカの経済ニュースでは株のインサイダー取り引きによる不正や汚職が後を絶たない.インターネットバブル中に株価が天文学的数字に引き上げられ,実体も何も残らないインターネット系の会社もシリコンバレーに多く存在した.

 最近になって,支給されたストックオプションの経済効果を研究した調査が発表された(サンノゼマーキュリー誌,1月10日発表).結果からいうと,インターネットバブル中にストックオプションを支給された人々は,仕事の内容に関わらずかなりの富を手にしていたようだ.1ドル120円程度の換算でも,平均して日本円で軽く4000万円以上(ピークの ’99年ぐらいに換金した場合を想定)の計算となる.これらは上層部から受付や事務員まで幅広く支給されており,それぞれの格差はあるにしても膨大な富を分配したことになる.また同じ研究では平均的に会社の株取得率が上層部は14%,そして一般社員では19%になっていると指摘している.2000年にバブルが弾けた当時でも,換金した場合一人あたり1500万円程度の計算となる.

 この報告書ではストックオプションの民主的富の分配を絶賛しているようだが,さまざまな議論を呼ぶ結果となっている.まずは,すごく機嫌の悪いのは,高価格で株を買ってしまった投資家達だ.結局彼らの富が分配されたともいえるからだ.またストックオプションの恩恵を受けるには,株式が上場する前に入社することが必須となる.これらの社員が本当に会社の価値を上げるために貢献したかなどが問われるわけだ.一般的な傾向として,上場をめざして極端な行動に出るケースが多い(ハイテク系ではないがエンロンやWorldComの不正).また,ストックオプションと引き換えに給料を押さえ込んだ企業も少なくないので,給料の後払い的な意味ももつといえる.

 最近,ブッシュ大統領が景気対策の一つに株の配当の無課税を提案した.ほとんど配当を支給しないシリコンバレーの会社にとっては,また新しい株関連の課題となる.




トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2003 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
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第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
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第53回  プログラミングの現場感覚
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第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
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第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
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第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
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第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
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電脳事情にし・ひがし
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第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
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フジワラヒロタツの現場検証
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