第68回

Engineering Life in Silicon Valley

シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)


前回まで:夫婦の仕事の条件が整いシリコンバレーに出向した背景,そしてシリコンバレーの第一印象についてうかがった.

今回のゲストのプロフィール

鈴木友子(すずき・ともこ):1992年,愛知教育大学総合科学課程国際文化コース英米文化選修卒業.NECマイコンテクノロジーに入社後,社内でのOn the Job Trainingを受け,組み込みマイコン用ソフトウェアツールのサポート業務に就く.8〜64ビットマイコン向け開発ツールの関連業務を8年間行った後,2001年10月にNEC Electronics America, Inc.にProduct Marketing Engineerとして出向し,現在に至る.趣味は油絵,スキー,キーボード.最近買ったDVDは「007」7本セット,最近買ったお気に入りの本は『気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ』.
鈴木 敦(すずき・あつし):1988年,幾徳工業大学(現神奈川工科大学)卒.同年NECマイコンテクノロジー入社.入社以降十年以上にわたり,NEC独自アーキテクチャの32ビットCPU向け基本ソフト開発に従事.2001年に米国出向となり,業務内容も開発からサポートへと変わり現在に至る.趣味はドライブ,スキー,読書.日本ではバイクにも乗っていたが,こちらではいまだに免許も取得していない.




多くのギャップを感じるシリコンバレー


 カルチャーショックというか,生活のいろいろなシーンでギャップを感じることが多いですね.そのなかでも,非常に対称的な人々が多いかな?と感じることがよくあります.

 たとえば,健康に気を使っている人が多くいます.そのためフィットネスジムが24時間営業していたり,ありとあらゆるサプリメントが売られています.テレビ販売番組でもフィットネス系のグッズが多いですし…….しかし,その一方で太っている人もいます.不健康そうな物を沢山食べているとか,フィットネス系グッズもずぼらな系統が多いなどです.健康オタクな人はとことん凄いし,エンジニアでも筋肉質で凄い人がいます.

 あはは! 私がその類です.ほぼ毎日ジムに行っているし,サプリメントなどもけっこう飲んでますよ.私の通っているジムはエンジニアが多く,ヘロヘロになるまで運動してシャワーを浴びてまた仕事に戻る人もいます.メリハリをつけているつもりでしょうか?!
 それにレストランなどで食べ物が残っていると,「お持ち帰りにしますか?」と聞かれますよね.

 どんなレストランでもありますよね.高級レストランだと綺麗にアルミホイルで白鳥とかバスケットとかの形にしてくれます.
 そういう点では無駄遣いがなく良い習慣だと思います.しかし逆に,やたらに紙を使うとも感じています.オフィスではプリントアウトを大量に行うし,休憩室で紙のナプキンなどを大量に消費しています.スーパーでも紙の袋かポリ袋か聞いてくるのはエコロジー重視で素晴らしいと思いますが,一貫していないことに違和感を感じます.

 共働きの夫婦で子供がいる家庭では,平日とか普通の日は食事に紙コップ,紙プレートなどの使い捨て食器を使うことがあるそうです.クリスマスなどにはちゃんとした食器らしいのですが.ふだんは「家族の団欒の時間を作るため」といっています.
 う〜ん,それは不思議な感覚ですねぇ…….後はスタートアップで凄いことをしている人達やスーパー大金持ちが身近にいるらしいのですが,外観とか雰囲気とか見たところだけではわからないことですか.一財産築いたからといって着るものを変えたりしないみたいですね.これも日々感じるギャップの一つでしょうか?

 一儲けしたからといって,次の日から紫のスーツでランボルギーニで出社して偉そうにする……というのはシリコンバレーのスタイルではないですよね(笑).
 でも,若いエンジニアで早く一儲けしてリタイヤしたい……という人が多いのですが,これはなぜでしょう?
 そうそう,株とかに非常に興味をもっているエンジニアが多いですよね.

 う〜ん,やっぱりシリコンバレーの仕事は,会社の大小に関わらず個人的な犠牲が多いと感じる人が多いようです.競争が激しいですから.だから早く一儲けしてもう少し楽な仕事につきたいという人が多いのだと思います.典型的なパターンはスタートアップの株で一儲けしてリタイヤですね.
 役所の仕事にも差があるのにはびっくりしました.ビザを取るためにアメリカ大使館とやり取りしたのですが,非常に厳しいものでした.しかし,こちらに引っ越してから車のナンバープレートをもらうためにDMV(Department of Motor Vehicles)とやり取りしたのですが,これはルーズだったし仕事もアバウトなところがありました.

 お役所も連邦政府系とDMVのようなカリフォルニア州の地方系ではまったく管轄が違うし,仕事の進め方も大きな差がありますよね.

仕事について


 日本企業にお勤めですが,仕事の進め方とか何か違いはありますか?
 電車通勤でないことが大きいですね.だから終電を気にせずついつい夜遅くまで仕事をしてしまうため,運動不足になることがあります.あとは,日本とのやり取りの仕事が多いので,こちらの午後5時がちょうど日本の始業時間だからまた夕方から仕事という感じもあります.
 時間的には,シリコンバレーのほうが自己調整的な部分が多く,もう少し自由に調整できるというメリットがあります.また,シリコンバレー現地のエンジニアから,日本側に対して確認することなどが多いのですが,意味やニュアンスが伝わらないとか,ちょっとした認識の違いから日米間の間に挟まれることがあります.まあ,仕事柄そういうことを調整するのも役割の一つですが.
 アメリカ国内の顧客やパートナー企業とはよくスピーカフォンを用いたテレカンファレンスを行います.出向く手間が省けるので非常に効率的だと思います.必要な人が集まったり,あまり服装などを気にしないでよいので便利です.

 そうですね.アメリカ企業だとはっきりとした必要性がないと出向いて打ち合わせがありませんよね.デモなども最近はWebでできますし.でも,テレカンファレンスの相手が見えないからついついほかの仕事をこっそりしたり,バクバクとオヤツを食べたりする人もいますよね(笑).
 さて,毎日の仕事面で苦労したことなどはありますか?
 まあ,苦労とまではいえないのですが,やはり言葉の問題でしょうか? 社内で人とすれ違うと挨拶をするのですが,けっこうずっと話し続ける人とかがいますよね.まあ,話の内容も日本と違うから面白いんですが.
 日本だと天気の話などをするのですが,シリコンバレーだと,まず何を話してよいのかわからない…….

 アメリカ人だとけっこう具体的に「週末に,やれ何をどこで誰とやった」とかこと細かに話しますよね.
 そうそう,それもスーパーのレジの人とか,知り合いでもまったくない人にもやるからビックリします.面白い文化だとは思うのですが,はじめは戸惑います.
 日本だと他愛もなく当り障りの少ない,天気の話などをするのですが,まず何を話してよいのかわからないので困ります.
 私の苦労話は,方向音痴になることです.これは,仕事で打ち合わせを行う場合,相手先のオフィスあるいは,自社オフィスで集合するわけですが,私は高速道路の出口を間違えたりして打ち合わせ時間ぎりぎりまで道に迷ってしまったり,相手先から自社までの道を聞かれたときに,最短の道案内ができなくて少し遠回りをさせてしまったことがあります(苦笑).
 私は苦労話ではないのですが,英語の話があります.私は英会話が不得意なままこちらに来ましたが,仕事柄社外のパートナー企業とコミュニケーションする必要があります.これは,仕事の履歴を残すために,ほぼすべてメールで行っています.英語にはあまり敬語などがないので,意識しないでとりあえず書いたメールでもコミュニケーションができているので助かっています.これが日本語だったりすると気を使ったりするので難しくなるでしょう.

アメリカ人はそれほど家電に興味がない?!


 イメージと大きくずれていたのは,家電のことでしょうか? 技術の最先端の街というイメージだったのですが,携帯電話,BBなどのインターネットの環境,家電の種類からすると日本のほうがはるかに製品の種類も豊富だし,先行していると感じました.
 そうそう,携帯電話とかゴツイしがっかりしました…….
 仕事柄コンシューマ向けのプリンタなどの組み込みが多いので,家電にも非常に興味があるのですが,非常に古い機種や日本と比べて機能がはるかに少なくシンプルな製品しか出回っていません.最新の機種を欲しがったり,求めたりしないのでしょうか?

 そうですね,私も長い間アメリカに住んでいるのですが,はっきりとした理由が見えません.たしかに物持ちが良いので日本のような買い換え需要がそれほど多くないのは確かです.つまり壊れるまで使うという意識が強いのです.街の家電修理屋さんがまだありますから.また新聞の個人広告欄で家電を売ったり,ガレージセールで売ったりすることが多いですよね.
 紙とかは大量に消費するのに不思議ですね.

 テレビとか家電を捨てるのにアメリカでは市によって規制があるので一苦労しますよ.ちゃんとリサイクルの流れができるともう少し買い替えがはやるかもしれませんが…….もう一つ考えられる理由に,アメリカ人の多くがほかの消費にお金を回していることだと思います.つまり,旅行とか趣味にかなりお金をつぎ込んでいるのではないでしょうか.
 なるほど,エンジニアでも非常に多趣味で,たとえばヨットをもっているとかいう人がいますよね.給料のすべては趣味につぎ込んでいるとか?.
 そういう意味では個人差が多いので,なかなか平均的なアメリカ人の懐具合とか消費のパターンとか知るのは難しいのではないかと思います.

対談を終えて(対談者より)


 不思議な縁でトニーさんと知り合い,二度目にお会いしたのが,この対談の場だった.シリコンバレーの新参者二人にどんな話ができるのか?と思っていたが,実際対談は,こちらの疑問にトニーさんが答えるという,コラムの筆者対読者のような場面が多かったように思う.こちらでの生活が長いトニーさんだが,もともと関西出身ということで,アメリカ文化/習慣などの話題では,われわれの感覚と重なる部分も多いように感じられた.機会があればまたぜひお話をお聞きしたい.(鈴木 敦&鈴木友子)




トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2003 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
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第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
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第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
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第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
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第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
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電脳事情にし・ひがし
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フジワラヒロタツの現場検証
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