第70回

Engineering Life in Silicon Valley

ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける


今回のゲストのプロフィール

羽田直樹(はだ・なおき):1995年,電気通信大学卒業後,インターネット関連のプロジェクトのために渡米した.その後はWebのバックエンドを専門に扱う.仕事もビジネスも友達も妻も,インターネット経由で獲得.Adobe Systems, Inc.では,1998年よりインターネット関連の製品に関わり,最近Photoshopチームに移籍.週末はオフロードバイクで野山を駆け回る.『金持ち父さん,貧乏父さん』と『非常識な成功法則』に感化され,エンジニアを続けながらビジネスと投資のスキルも修行中.メールアドレスは,naoki@hadaseicha.com



日本のバイト先からの紹介で渡米する


 本職以外にもいろいろと活動されているそうですが,まずはアメリカに来られたきっかけからお願いします.
 日本でプログラマのバイトをしながら夜間の大学に通っていたのですが,卒業したらアメリカで働けたらいいなぁ,と仲間と話していたのがきっかけです.私はバイクが好きなので,天気がよくて高速道路の多いカリフォルニアのような環境が良いな,とか思っていました.また,コンピュータが発明された国に行くことも大事だと思っていました.

 そこで移住する方法を調べようと市役所や都庁に問い合わせてみたりもしましたが,あまりわかりませんでした.今度は,いろいろな著書を調べているうちに,どうやらビザをスポンサーしてくれる雇い主が必要であることに気がついたのです.たまたまバイトの面接に行った会社でアメリカに関連会社があるから協力できるといってくれました.そして夏休みにとりあえず下見を兼ねて一度行ってみて,1年後にそこの知り合いの紹介でアメリカに引っ越しました.ロサンゼルス近郊のニューポートビーチです.でも,結局来てすぐわかったのですが,その会社はリストラ中で,いちばん肝心な就労ビザのサポートもどうなるかわからず,非常に不安でした.


 なるほど.自分の力でいろいろと調べたりして来られたわけですね.ロサンゼルス方面からシリコンバレーには?
 同じくロサンゼルス近郊のパサデナとかリバーサイドでも仕事を少しした後に小さな会社に入り,会社ごとシリコンバレーに移ったのです.引っ越してみたところ気候が全然違い,ロス方面と比べてかなり寒いので驚いた記憶があります.

 シリコンバレーに来て6年半になりますが,最初は知り合いがまったくなく,インターネットでいろいろと友達を増やしていきました.仕事はnewsgroupの仕事カテゴリとWebで検索し,ヒットした250件ぐらいの募集に何も読まずに自分のレジュメを送りました.友達のほとんどはメーリングリストで知り合いました.Adobeの仕事は,趣味のバイクやゲームのメーリングリストで知り合った人からの紹介でした.


 う〜ん,なるほど……インターネットで徹底的にネットワークを広げているようですね.やっぱり自分をサポートしてくれたり知らないことを教えてくれる人をうまく周りに見つけるのは大事ですね.

Adobeでの仕事について


 小さい会社からAdobeに入ってどうですか? Adobeは,現在シリコンバレーを代表する会社になっていますよね.たしか全米でもHPなどと並んで福利厚生がしっかりしているので「働きやすい会社」にランクインしていると覚えています.
 そうですね,落ち着いた感じがあります.入る前の会社が社長と二人だけだったりと,不安定な感じだったこともあるかもしれませんが.また,グループが一致団結して仕事をしていると感じられ,非常に仕事はやりやすいです.わからないことなどは,バグデータベースや社内メールでやり取りをしたりしますし,オフィス 注1へ聞きに行くことも多いです.

注1:Adobeはサンノゼ市のダウンタウンに位置し,シリコンバレーでは珍しい高層ビルに入っている.オフィスは,1人1部屋の個室がほとんどである.

 現在のお仕事では具体的にどんなことを?
 Adobeでは,1年ほどQE(Quality Engineer,品質エンジニア)をしていまして,その後,おもにWeb関連のサーバスクリプトの開発を行うグループに移りました.C++やJavaも少し使ったのですが,VBScript,Jscript,PHP,JSPなどのスクリプト言語が多かったですね.また,Adobeの製品を拡張するためにJavaScriptベースの言語をよく使いました.でも,型宣言の甘い言語はデバッグがとてもたいへんなので好きになれませんね(苦笑).

 現在は,違うチームでWhitebox QEの仕事……プログラムも書くQEをやっています.ここではJavaScript,VB,AppleScriptを使っています.また,テストファイルを作成するためにPHPを利用することがあります.ツール系では,Perforce,Visual Studio,秀丸,FileMaker Proをよく使っています.


 なるほど.やはり最近はスクリプトを使う傾向が多いのですね.そのほかに今後どんな分野に興味がありますか?
 Webのサーバサイドのプログラミングに興味があります.WDSLベースのオーサリングなどですね.サーバサイドの分野としては大きくなりましたが,やはり自分の作ったプログラムをいろいろな人に見せられる満足感が得られるのかもしれません.今後アメリカではブレイクするワイヤレスのクライアント-サーバ系も面白いと思っています.

起業と本当にやりたいこと


 それでは今後またスタートアップとかに行くとか?
 そうですね,スタートアップに1人の従業員として入ることにはもう魅力を感じられません.自分ががんばっても会社の都合でリストラなどがありますから.また,ストックオプションや給与面でも起業するほうが割が合うと思うのです.従業員だとやはり従業員の給与ですから.だから,ぜひ起業して経営する側にまわってみたいと思っています.

 なるほど.たしかにシリコンバレーでは大きく二つに分かれると思いますね.スタートアップが好きな人と大手企業でしっかり仕事をしたい人と……あまりまん中がないですね.
 じつは私にはもう一つ課題があります.実家は製茶業をしています.30歳になるまでコンピュータの仕事をして,その後は実家の仕事を継ぐ約束を父親としていました.今は31歳なので父親との約束を破ってしまっています.それでなんとかしたいと考えていました.

 お茶の業界も変化があるわけで,海外でお茶をやっている大きなメーカーもあるし,家族経営的にやっているところは縮小しています.自分は,これまではハイテク業界でそこそこやってこれましたが,それもサラリーマンだし,家業経営とまた違うわけです.そして2001年の夏に読んだ本で『金持ち父さん,貧乏父さん』があり,この本にかなり感化されました.結論としては,自分には,財務的知識(Financial Literacy)が足りないと感じました.それで自分で株式投資,不動産などをいろいろと試してみました.まあ,おかげで企業のバランスシートなども読めるようになりました.


 財務知識は起業にはたいせつですよね.まあ,エンジニアだと,それほど難しくなくピックアップできますよね.
 しかし実際は,家業を手伝えるとか家業を大きくするための自信にはなかなかつながりませんでした.なにか空回りしていると感じ,自分にはさらに経営スキルが必要だと考えました.それで現在は会社に勤めながらサイドビジネスをやっています.これは,ハイテクとは関係のない仕事なのですが,これを少しずつやりながら経営スキルを身に付けようと思っています.もちろん技術的なスペシャリストになって,それをベースにして起業というルートもあるのですが,自分の空き時間でできることとか,他のバランスを考えて現在のサイドビジネスが自分にはもっとも適していると感じています.

 感覚は理解できますね.なにか自分でやりたいけれどどこからスタートしてよいかわからない…….技術専門でいくか,経営でいくか? 私の場合はスタートアップにいきなりエンジニアから経営のほうに入りました.起業家で声をかけてくれた人がいたのですが,私から1人の従業員のエンジニアとして入るのでなく,経営サイドに入りたいと提案したのです.それで入ったのですが,とにかくわからないことばかりでした.幸いパートナーがいて,二人で簿記の付け方からビジネスプランの書き方とか経営に必要な知識の研究と勉強をしました.全部見よう見まねでやったという感じでした.その日の午前中に勉強したことを午後には平気で10年ぐらいやっているような顔をして投資家達に説明をしたりしてね……(苦笑).冷や汗モノもあったのですがすごく身につきました.1人で研究・勉強しなければならないこともたくさんあるのですが,幸い周りにお手本や教えてくれる人もいたので,いろいろ人にサポートをしてもらったと思います.起業の知識・ノウハウはスタートアップには濃くありますから,給料をもらいながらビジネススクールに行った感じですね.
 スタートアップはシニアな人しか雇わないというイメージがあったのですが,いろいろなやり方があるのですね……なかなか面白い話です.現在のAdobeでの仕事はとても気に入っているので,それをやりながら何とかビジネススキルを磨いていきたいと思っています.ネットワークを広げたりして仲間を増やすこともたいせつですし.最終的な目標は,ハイテク企業を立ち上げて上場させてみたいですね.それでジェット機2台ぐらい所有できる一流企業に育てたいですね(笑).あとは,趣味でやっているオフロードバイクがあるのですが,シリコンバレーのすぐ南にあるHollisterに,バイクに乗るパークがあります.1日4ドル出せば乗れるのですが,一回りするのに1時間強ぐらいかかる規模なので,日本では考えられないほど充実しています.こういうみんなが気軽にオフロードバイクを楽しめるパークを世界中に作りたいと思っています.

対談を終えて


 この対談は,自分の来た道を振り返る機会を与えてくれた.プログラミングは大好きだが,将来の自分の姿は別のところにあると感じる.自分の空き時間にそれに挑戦できる環境があるのはやっぱり幸せだ.昔は大好きだったTVゲームも最近遊ばなくなった.これは,ルールがわかってくると,現実はTVゲーム以上に面白いからか.

 羽田氏は,本業のソフトウェアエンジニアリング以外にじつに多くの活動をされている.家業と自分の起業のためにやっているサイドビジネスや,英語のスピーチ向上のためにToastmasters 注2など,かなり積極的かつ幅広い活動をされている.対談ではアメリカでの税法や小規模ビジネスの話など,筆者にとっては興味深い話が出たが,本誌の趣旨と離れているので残念ながら割愛した.今後の発展がじつに楽しみな若手エンジニアである.

注2:トーストマスターズクラブ:スピーチなど,人前で話す技術を向上させるための非営利団体のグループ.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2003 H. Tony Chin

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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

第13回 ドイツのソフトウェア産業とヨーロッパ気質〜優秀なソフトウェア技術者は現代のマイスター
第12回 開発現場から見た,最新ロシアВоронежのソフトウェア開発事情
第11回 新しい組み込みチップはCaliforniaから ―― SuperHやPowerPCは駆逐されるか ――
第10回  昔懐かしい秋葉原の雰囲気 ── 取り壊し予定の台北の電脳街 ──
第9回 あえて台湾で製造するPCサーバ――新漢電脳製青龍刀の切れ味
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第7回 ベトナムとタイのコンピュータ事情
第6回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜インターネット通信〜
第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
第4回 ヨーロッパ/ポルトガルでのエンジニア事情〜市場と就職編〜
第3回 タイ王国でハードウェア設計・開発会社を立ち上げる
第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
第15回 GCCにおけるマルチスレッドへの対応
第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
第70回 OSぼやき放談
第69回 技術者生存戦略
第68回 読書案内(2)
第67回 周期
第66回 歳を重ねるということ
第65回 雑誌いろいろ
第64回 となりの芝生は
第63回 夏休み
第62回 雑用三昧
第61回 ドリームウェア
第60回 再び人月の神話
第59回 300回目の昔語り
第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


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