第71回

Engineering Life in Silicon Valley

凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)


今回のゲストのプロフィール

エリン・トゥルーロロス(Erin Turullols):中国系アメリカ人,南カリフォルニア出身.シリコンバレー地元にある名門大学,スタンフォード大学電子工学部にて学士号(1994年)と修士号(1996年)を取得.電子工学部では,コンピュータアーキテクチャを専門とする.Hewlett Packardの高速ハイエンドチップ設計専門のラボに所属し,チップセットの開発に携わる.その後,マネジメントに興味をもち,プロジェクトマネージャを務める.2001年にPA-RISC開発グループがインテルに譲渡され,それとともにインテルに入社する.現在,サーバ系プロセッサ開発グループのマネージャを務める.趣味はキックボクシング,テニス,バレーボール,サルサダンスなど.



仕事のチャンスが生まれると考えて
エンジニアリングを選ぶ


 エリンさんにはいつもジムでお世話 注1 になっていますが,今日は本業のエンジニアリングの話をお願いします.ラストネームがなかなか難しい発音ですよね?
注1:筆者の通うジムでキックボクシング(エアロビクスのようなクラスで,ボクセサイズとも呼ばれる)を教えている.
 夫がメキシコ人,スペイン人,チェコ人,アイルランド人のミックスで,彼の苗字なんです.

 なるほど.エンジニアリングに入られたきっかけをお話しいただけますか?
 まずスタンフォードに入学したころは,何をしたいのか自分自身でもわかりませんでした.しかし,父がもともと電子工学部出身で博士号ももっており,航空工学のロッキードやJPL(Jet Propulsion Laboratory 注2 )で仕事をしています.父の話を聞き,エンジニアになればいろいろな仕事に就けると考えたのです.ハイテクの会社だと,財務やマーケティングもすべて元エンジニアがやっていますから.ちなみに弟が二人いますが,1人はPeopleSoftでアプリケーションエンジニアをしていますし,もう1人はUC Berkeleyに在学中で情報工学と音楽を合わせた独自の専門を勉強中です.
注2:NASAや宇宙開発で有名な会社.南カリフォルニアロサンゼルス郊外にある.

 ご家族の皆さんともエンジニアリングになじみが深いのですね.シリコンバレーに就職されたきっかけは?
 スタンフォード大学にいたころ,地元のシリコンバレーにはさまざまな会社がたくさんあるので,自分のキャリアをスタートするには最適だと考えてエンジニアリングに入りました.スタンフォード大学の電子工学部では,コンピュータ,電子回路,DSPの三つの大きな専門に分かれていて,私はコンピュータを選びました.

 そうですよね,大学で何を専攻し何を専門に勉強するかは,まだ社会経験のない若者には難しい判断ですよね.大学時代にインターンなど,企業でバイトをしませんでしたか?
 もちろんやりました.まずは,JPLでインターンをしたのですが,これは父のコネが効いたようです(笑).当初は,技術ドキュメントのライター兼エディターをやりました.その後は,監視/制御システムのGUIの設計をしました.これはソフトウェアのプロジェクトですね.このシステムは,宇宙船や人工衛星の状態のデータをやり取りするシステムでした.次の年は,HP(Hewlett Packard)のコロラド州にあるグループでマーケティングの仕事にチャレンジしました.半導体テスタなどを作っていて,そのマーケティングに関する仕事でした.最後は,シリコンバレーのCupertino市にあるHPのラボで仕事をしました.仕事とそこにいた人達がすごく気に入ったので,卒業後はここに入りました.ちなみに,Sun Microsystemsでも面接をしてパスしていたのですが,HPを選びました.

管理職を追及する決意をする


 かなりいろいろとトライされてから最終的な就職先を決められましたね.それで仕事のほうはどうでした?
 HPの開発ラボで,ハイアベイラビリティ(HA)サーバに使うチップセットの設計グループに所属しました.このシステムには,32個のPA-RISCプロセッサが使われ,メモリも100Gバイト以上ありました.ここでもいろいろな仕事をしました.たとえば,メモリボード用チップのロジック設計と検証などです.また,I/Oデバイスのカスタムレイアウトもしました.ハイエンドなサーバに入るデバイスなので,超高速I/Oなど難しいチャレンジがあったのですが,非常にやりがいのあるプロジェクトでした.

 かなり大がかりなデバイス設計ですね.さて,その後はマネジメントのほうに行かれたのですか?
 3年ほど実際の設計に携わったのですが,人と接する仕事のほうに魅力を感じたのです.この手の大きなプロジェクトはチームを組みますが,そのリーダーやチームワークを取る仕事に興味をもちました.そこで,やっぱりこれは管理職になるしかないなと思い,社内での面接を受けました.まあ,当時の上司の後押しとかもあったのですけど.通常は,最低6年ぐらいエンジニアをした人でないと管理職になれないそうで,しかも2回ほどトライしてやっとなれるそうです.でも,私の場合は良いポジションがあったため,すぐに昇進できました.プログラムマネージャと呼ばれる管理職です.チップがテープアウトしたあと,これから実際に量産に入る段階の細かい作業をコーディネートしていく仕事です.たとえば,ソフトウェアグループや社外の協力会社に確保するES(エンジニアリングサンプル)をファブの方に頼んだり,量産に入る段階での検証のチェックリストを管理したり…….

 なかなか早い出世ですね.プログラムマネージャはアメリカではよく使われる名称ですが,コーディネータ的な役割ですよね.
 そうですね,何かを管理しているところではマネージャなのですが,私の場合は仕事を委任したり直属のスタッフがいるわけではないので,非常にフラストレーションを感じました(笑).細かい作業が多く,自分の所属するグループ以外に他のグループや社外の人達と仕事をするのですが,しかも自分の直属のスタッフではないので,ただ「お願い」をするだけだったのです.完全な管理職,マネジメントというよりは,コーディネータに近い仕事でした.

プロジェクトマネージャの仕事


 次に,また違う管理職になるチャンスがあり,そのプロジェクトでは実際にチームを任されました.8名のスタッフがいて,プロジェクトも非常にわかりやすい内容でした.人数も手頃だし,初めての管理職としてはよかったと思います.作業は,同じくサーバ系のデバイス開発グループの一部で,ICファブから上がってきたES 注3 デバイスのテストツールを作ることでした.当時,初めてのIA64ベースのハードウェアツールで,疑似乱数をベースにパターンを生成してデバイスをテストするものです.数億トランジスタになる大きなデバイスでした.
注3:Engineering Sample

 ポストシリコンの検証ツールの作成ですね.
 ええ.その後,デバイス開発ラボ全体がインテルに譲渡され,それと一緒にグループごとインテルに移籍しました.私の担当していた検証グループとRTL開発グループが一緒になり,グループが17名のエンジニアで膨れ上がりました.

 そうですよね,Verilog言語のRTL 注4 を書く人と検証する人は大体同じですよね.でも人数が2倍以上に増えたわけですね.スタッフの経験レベルなどは?
注4:Register Transfer Level
 新卒にほぼ近いようなエンジニアもいますし,20年以上のベテランもいます.2名のベテランは,技術リーダー(Technical Lead,省略してTL)になってもらっています.細かい技術的な作業やリーダー的役目をやってくれたり,私の技術的な補佐役をしてくれます.TLがいてくれるおかげで,私はあまり細かい技術的な内容まで見なくてよいのですが,逆に私の技術的な知識/経験にはプラスじゃないですよね.現在のプロジェクトでは,TLに大きな機能ブロック,I/O,メモリI/F,プロセッサI/Fなどのそれぞれを任せています.マイクロアーキテクト的な判断やグループ内のRTLコーディングガイドラインを決めたり,コードレビューなどもします.

 なるほど,TLが細かいところを見ていたり情報を上げてくれるわけですね? それでは,エリンさんがもっとも時間を使うところは?
 TL達はデータや意見/アドバイスを述べてくれますが,判断を下したり,決断するのはすべて私の責任になります.大きなプロジェクトなので,スケジュール的な管理がいちばん大切ですね.上流にはシステムシミュレーションのグループ,下流にはレイアウトグループがいるので,自分達が遅れると影響を与えますから.グループ全体の士気を上げて何とか辛い時期を乗り越えたり,引っ張っていく努力が必要です.

 ちょうど今はテープアウトする寸前でとても忙しいです.War Room(戦争時に使われる作戦司令室の意味)を設置して,ほかのマネージャ達と毎日3時間ほどミーティングをしています.進捗状況を把握したり問題点の洗い出しなどを行い,皆で知恵を出し合います.エンジニアリングだけやっているとどうしても目先の問題に集中してしまうのですが,私の場合は全体像を見渡して判断を下すことを心がけています.


 TLは技術的な情報を提供してくれるけれど,決断や判断はしないわけですね.そして,やはり管理職はどの国でも会議やミーティングが多いですよね.そのほかの時間は?
 毎日2時間ぐらいは,スタッフのいる場所を歩き回って話を直接聞いたり,問題点を洗い出します.大体何かあるのですよね.たとえば,ツールやワークステーションがダウンしているのに,ITサポートグループがすぐ来てくれないとか…….

 あっ! インテルで有名なManagement By Walkingですよね?! 現場を歩きながらマネジメントする方法ですね.
 TL達はデータや意見/アドバイスを述べてくれますが,判断をう〜ん,そういうのありましたよね.別に意識してやっているのではありませんが…….自分から実際の作業をしているエンジニアのほうに出向いて行ったほうがわかりやすいと思うので,そうしているだけなんです.あとは,メールが毎日100通以上くるので,これにまた最低2時間近く費やしていますね.メールは,ほかのグループとの連絡や会議の議題やフォローをやり取りしたりによく使います.また,私の日課にはプロジェクトのさまざまな数値データやスケジュール的なデータをアップデートします.

 もちろん,メールの数も多いですよね…….数値目標はバグ検出率とかいろいろありますよね.これで客観的にさまざまな人にどれくらい作業が進んでいるかわかるようにするわけですね.

次回の予告


 引き続きエリンさんに話を聞く.管理職の話を聞いたり,プライベートと仕事のバランス,インテルとHPの違いなど,興味深い話がかなり出た.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2003 H. Tony Chin

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