第72回

Engineering Life in Silicon Valley

凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)


今回のゲストのプロフィール

エリン・トゥルーロロス(Erin Turullols):中国系アメリカ人,南カリフォルニア出身.シリコンバレー地元にある名門大学,スタンフォード大学電子工学部にて学士号(1994年)と修士号(1996年)を取得.電子工学部では,コンピュータアーキテクチャを専門とする.Hewlett Packardの高速ハイエンドチップ設計専門のラボに所属し,チップセットの開発に携わる.その後,マネジメントに興味をもち,プロジェクトマネージャを務める.2001年にPA-RISC開発グループがインテルに譲渡され,それとともにインテルに入社する.現在,サーバ系プロセッサ開発グループのマネージャを務める.趣味はキックボクシング,テニス,バレーボール,サルサダンスなど.



前回まで:さまざまな仕事ができるという可能性からエンジニアリングを選んだいきさつ.そして,Hewlett Packardで管理職に興味をもちマネージャの道を進んだ話と,実際の管理職の仕事について話を伺った.

マネージメントへのトレーニング


 さて,エンジニアから管理職になったときに,何か会社側からトレーニングなどはありましたか?
 HPでは,さまざまな社内プログラムが用意されていました.印象に残るのは,1週間,泊まりがけで行うマネージャ用のトレーニングプログラムでした.次期マネージャになる人達をHP全体で集めて集中トレーニングをするのです.

 HPはシリコンバレーでも社員をたいせつにする会社で有名ですよね.ですから,これは管理職もできるだけ社内から輩出しようとするためのプログラムですね.HP Wayという本が出るほどですから…….それでIntelではどうでした?
 たしかにHPのほうが社内の福利厚生などは手厚いですし,私のいた頃のHPだと人事プログラムも社内から作り出す方向が強いですよね.全体的に社員を大事にする会社というのはたしかだと思います.一方Intelは,まったく違ったタイプの会社で非常にビジネスライクだし,競争の激しい会社だと思います.無駄なことをしないようにするし,とにかく出荷してお金を儲けるということに非常にフォーカスしてますね.

 う〜ん,やっぱり噂どおりで厳しそうですね.元Intelの上司がいたのですが,何か文句を言うといつも言う口癖があって「Intelはもっと厳しいよ……」でした.
 Intelではトレーニングコースというよりは,自分で何とかする……が基本的な方針です.幸い私には,HP時代から付き合いのあるメンター(mentor:良き助言者)がいます.彼女も管理職が長いので,いろいろな相談にのってもらったりします.

 女性エンジニア・上司として,何か特別なアドバイスなどは?
 とくにないですね…….工学部で女性は非常に少なかったし,大学院ではもっと少なかったので,それは慣れています.ただ現在の仕事では,やはり経験が豊富で歳も私より上のエンジニアを管理する仕事ですから,彼らの信頼を得るまでの時間と努力が必要です.

楽しく仕事をする環境作り


 現在17名いるチームを管理して,大型サーバに入れるデバイスを開発しているそうですが,エリンさん独特の管理方法……まあ,チームの管理方法とかありますか?
 私がいつも心がけているのは,「楽しく仕事をしているか?」です.チームのメンバはそれぞれ向上心の強い人達なので自然と仕事に集中するのですが,暗い雰囲気になるといけないと思っています.仕事を通じて何か新しい発見や学ぶことがあるか? 達成感があるか? チームの連帯感が出ているか?……これらを問いかけて,楽しい雰囲気にしようとしてます.

 なるほど……明るいアップビートな雰囲気をたいせつにされているのですね.具体的な例はありますか?
 たとえば,テープアウト間近だとバグの検出が大事になってきます.そこでコンテスト形式にして,その週でもっともバグ検出率が高かった人にGoodie Awardを表彰します.まあ,たいしたプレゼントじゃないのですが,映画の券2枚とか,Chevy'sの食事を2名様招待とか…….でもコンテストになっているところが皆の闘志を掻き立てているようです(笑).

 う〜ん,ゲーム感覚で最高点を競い合うみたいですよね.でも皆さん多分非常にプロ意識が強く,向上心や仕事への意欲が強いので,頑張るのがわかるような気がします.
 あとは,何かチャンスがあれば手柄を立てた人を皆の前で誉めたりすることを心がけています.しかし,オーバワークの人がかなりいて,そこが気になりますね.

 皆さん夜が遅いのですか?
 開発グループ全体で夕食の手配をしているのですが,これがなかなか好評です.各マネージャが,中華,イタリアン,インド料理,メキシカン,ピザとかまあ皆に人気の食べ物を選びます.午後7:30頃に食事が出るのですが,人気が高くてちょっとでも遅いとイライラする人がいたりします(笑).

 ディナープログラムですね.いろいろな会社でやってますが,運営がなかなか難しいものがあります.例を出すと,私が以前いたスタートアップでは,サラトガ(シリコンバレーの高級住宅地の一つ)の遠い所にある高級ケータリングを使っていましたが,とても贅沢なメニューでした.しかし,その会社の運営状況が悪化して,士気が低くなっていくにつれてこのディナープログラムを乱用する人達が増えていきました.8時頃に食事が出るのですが,6時ごろに一度家に戻ってくつろいでから友達とか家族を連れて美味しいディナーを食べに戻ってくる人達とかね(苦笑).
 現在の職場ではそこまで酷い話はないのですが,たしかに賛否両論ですね.仕事をしてもらうためのワイロのようにも見えますし……バランスがたいせつだと痛感してます.

プライベートと仕事時間のバランス……厳しく管理する!


 仕事が忙しいのはもちろんですが,エリンさんはいろいろとプライベートライフでもアクティブですよね.仕事とプライベートのバランスはどう取ってますか?
 スケジュールはいつもぎっしりです.私のMS Outlookを見ればすぐわかりますよ……凄いですから(笑).自分の時間に関しては非常に厳しく管理してます.プライベート面では,自分の趣味や夫との時間をたいせつにしたいので,いろいろと工夫を凝らしてます.たとえば,私の夫もハイテク企業に勤めているのですが,彼は朝がゆっくりなほうなので,私は彼が寝ている間に早起きして出社します.それで午前7:30ぐらいには出社していますが,ほとんどのスタッフは午前10:00すぎに来るため,それまで一人なので非常に集中できるのです.また,お昼の時間もデスクで仕事を続けます.あまり社交的ではないのですが,この一人の時間が非常に貴重なのです.平日の夜はジムに行くかバレーボールの日があり,毎日予定が入ってますのでそれに合わせて会社を出ます.運動した後また戻って仕事をする日もありますが,平均して午後7:00には仕事を切り上げています.ジムで教える日だけは午後5:00に出ます.そして土日は夫婦の時間ということで,予定を入れないようにしています.夫のほうも平日の夜は,ウェイトトレーニングをしにジムに行ったり,インドア・ロッククライミングに通ったりして別行動が多いです.

 う〜ん,なかなか凄いですね.旦那さんが寝ている時間に仕事の時間を作り出すとは…….CPUのサイクルスチールですかね(笑).でも,ジムに行ったり体を動かすのは非常に良いことですよね.私も毎日のメリハリを付けるために体を動かすことを日課としています.ところで,食事とかはどうされてますか?
 最近あまり家で作ってないですね…….テイクアウトを利用したり,会社で食事を済ませたりすることが多いです.土日も夫とテニスをしたりアウトドアをするので,そのときに出先で食べたりします.お料理はもう少し頑張りたい分野です.

マネージメントをもう少しきわめたい


 今後の予定は?
 マネージメントの分野をもう少しきわめたいと思います.上に行けば行くほど全体像が見える気がするのですが,それに魅力を感じています.エンジニアだと直接お客さんに会ったりすることがなかなかないですし…….私の分野だと,私の上司の上司ぐらいになると会うそうです.後は,マーケティングという分野も面白いと感じています.

 スタートアップなどは?
 私はずっと大きな会社に勤めて来たので,スタートアップなどの小さい会社の経験がまったくありません.夫はスタートアップに現在勤めていますが,それを見る限りでは私には向いていないと思います.

 それはなぜですか?
 夫の場合は,設計の管理をしたり,実際の設計をしたり,機材をベンダから取り寄せたり……LANのメンテをしたり……何役もこなしていますが,私はインフラがしっかりした環境で集中して仕事ができるほうが良いのです.自分のパソコンが壊れたらすぐ誰かが来てくれる環境みたいな……ちゃんとしたITサポートがいる会社が良いです(笑).

 そういうカップルは多いですよね.どちらかが比較的にリスクの高いスタートアップでもう一人が安定した大企業とか.
 そこまで意図的ではないのですが,結果的にそうなりましたね.ただスタートアップでは,会社内の政治的なことが少ないのは良いと思います.つまり,仕事が山ほどあるので誰も政治的になる必要はない…….今の職場では,縄張り意識が強い人などもいますから,そういうのはやはり疲れますね.

 人数が多くなるとどうしても何かそういう摩擦が起こるのはどこにでもあるようですね.しかしエリンさんは,人と仕事をするのが良いみたいですね? いずれはCEOになったり? HPのフィオリーナさんみたいに?
 そこまでいけると凄いと思うのですが.おっしゃるとおりたしかに管理職でも,自分のスタッフが成長したり何か新しい発見があるところを見ていると,とても達成感を感じます.


対談を終えて


 エリン氏は,筆者の通うジムで出会った人だ.こちらのジムのインストラクターは本業をもっていて,趣味でジムのインストラクターをやっている人がほとんどだ.さまざまな本業をもっているインストラクターが多いが,Intelで設計のマネージャをやっていると聞いて少しびっくりした.自分のキャリアの方向を自分で決めたりそれに意欲的に動くという,きわめてアメリカスタイルの展開は非常に興味深かった.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2003 H. Tony Chin

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