第77回

Engineering Life in Silicon Valley

エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)


 前回はアメリカの太りやすい食生活について説明したが,今回は健康管理について説明する.食生活以外に日米の格差があり,これらが健康管理への意識にも影響していると思う.

医療費が高い=健康管理は自己責任


 まず大きな違いとして挙げられるのは,医療保険の違いではないだろうか.アメリカでは,全般的に日本よりも医療代が高い.国民保険などのように国家レベルで医療価格が決められていないので,基本的には民間の健康保険に入ることが必須となる.

 しかし,個人で入ると思いのほか高いので会社を通じて入るのがごく一般的だ.アメリカ人は,会社の福利厚生は給与以外での報酬を評価するポイントとして捉えている.たとえば,歯科保険の中に一般的な保険では含まれていない矯正や歯の美白注1 が入っているかどうかで大きな差が出る.

 こんな話もある.二つの会社から転職のオファーがあった際に,両方とも似たような報酬だが,一方に矯正や歯の美白が入った盛りだくさんの歯科保険が付くと,そちらに傾く場合がある.その他には,眼科の保険があり,毎年検眼があって新しいメガネのフレームをどれぐらい保険でカバーできるかということも,毎日端末に向かって仕事をしているエンジニアにとっては大切なことだ.また,とくに子供をもつ家族にとっては医療費が心配になるので,会社を選ぶ大きな要件になることが多い.しかし,レイオフなどもあるので,いつまでも会社にいて健康保険があるともいいがたいし,老後もシリコンバレーの会社であったような健康保険に入っていられるという保証もない.

 いずれにせよ,保険があっても医療費が高いので自己負担額などを考えるとやはり自分で健康管理をしないといけないというのが一般的な認識だ.そこでエンジニア達は自分の健康を考えて行動を取ることになる.その一方で,太りやすい物を大量に食べる点などで矛盾も感じるかもしれないが,長期的に自分の健康を考えると禁煙注2するとか,食べる量を減らすとか,運動をするといったことを真剣に考えるのだと思う.


注1:矯正や美白にはかなり関心が高い.
注2:アメリカも禁煙している人は多く,シリコンバレーでも喫煙してる人は少ない.

医療以外のケアにも関心あり


 医療に関係しては,普通の医者に通う以外にも,Alternative Medicineと一般に呼ばれる,通常医療でない方法で健康になろうというのも関心が高い.カイロプラクティック,中国医学(針や漢方薬),指圧,マッサージがこの種類に入り,普通の医者に通っても治らない症状を見てもらうものだ.一般的に腰痛とかアレルギなどで悩む人が多い.

 そのほかに心理的な部分での健康も関心が高く,会社でまとめてセラピーを受けられる健康保険に入っている会社が増えているし,専属のセラピストと契約している会社もある.アメリカではセラピストが一般化しており,学校でもだいたい専属がかならずいる.おもしろいところでは役員会や幹部会に出席するセラピストやメンタルケアプロがいる.この人達は幹部会議で険悪なムードになったり個人的攻撃に議論がエスカレートしないように仲裁注3に入ったり,倫理面やドロドロとした人間関係に関してアドバイスするそうだ.

 ヨガ,太極拳,そして禅注4を組むことなども多くのエンジニア達に支持を得ている.いずれも内面的な「健康」を保つ手段として,プレッシャが多くて勤務時間の長いエンジニア達には有意義な方法であると考えられる.


注3:筆者が以前勤めていた会社で本当にあった.
注4:大型の禅道場が存在するし,アップルの会長のSteve Jobs氏は若いころから禅に高い関心を持っていたことで有名だ.ほかの瞑想方法にも人気がある.

自動車通勤の影響


 次に大きな違いは,自動車での移動ではないだろうか.シリコンバレーでは公共交通網がほとんど整備されていないので車が必須となる.自動車通勤がごく一般的なので,日本の都心部の満員電車で通勤するような状況ではない.エンジニアだと,どうしても座った一日が多くなるのは日米間で格差はないと思うが,しかし生活パターンがかなり異なっていると思う.まず駅まで歩いたり,会社まで歩くことがほとんどない.また通勤以外にも車での移動がほとんどなので,意図的に「歩こう」と思わない限り歩くことはない.

 通勤が車なのでついつい朝食は車の中で…コーヒーに何か片手で食べられる物を持ち込んで通勤…というエンジニア達も多い.

 またこれに関連して,飲酒運転注5は厳しく取り締まられるので,仕事の後にフラッと気軽に飲みに行くということがなかなかできなくなる.自動車のおかげでほとんど座ったままの生活をしているエンジニア達が多いのはたしかだ.多くの会社には社員の運動を支援するためにシャワールーム注6を備えた会社が多い.ここでさっぱりしてから一日のをスタートするわけだ.


注5:日本から出向・駐在エンジニアで飲酒運転のトラブルが多い.
注6:以前もこのコラムで紹介したが,シャワールームは会社に合宿するエンジニアのロッカールームと化してしまうことも多い.

健康食オタク


 食事は豊富で太りやすい物が多いし,車の移動が多く,医療費も高いので健康管理をするには自分から行動を起こさなければならない.そこで,食べることにこだわるのも一つの方法であるとエンジニア達は考える.無農薬,有機農法の野菜などを取り扱う健康食品店や高級スーパーマーケットがあり,普通のスーパーに比べると値段はかなり高いが,健康にこだわるエンジニア達には人気だ.食品以外にサプリメント類やハーブや薬草(漢方薬系が多い)も豊富に揃えている.病気になる前に身体に良いものを…と考えて健康食品やサプリメントにこだわる「健康オタク」達だ.

 個人で,ある程度のこだわりがあるかと思うが,極端な場合は菜食主義注7になって肉や魚を一切食べないとか,野菜は無農薬のものしか食べない…というエンジニアもいれば,ジャンクなドーナツを食べながらサプリメントはきっちりと飲んでいるという矛盾した人達もいる.


注7:シリコンバレーでは,インド人などヒンズー教の人達は菜食が多いので,菜食レストランやメニューが一般化している.

いたるところにあるジム


 もっとも,食べ過ぎなので食べる量を減らすとか,揚げ物とか脂っこい物を減らすとか,そういう努力もしているエンジニア達もいる.また一度ついた脂肪を落とすため,または継続的に健康管理をするためにも運動を考える人達も多い.シリコンバレーにはフィットネスジムがかなりの数があり,夕方からけっこう混み合うことが多い.

 大きな会社になるとビル内にジム施設を持っていて,会社の福利厚生の一部として自慢の種になる.または,会社でジムのメンバーシップを購入している例もある.住んでいる賃貸マンションやアパートにジムがある場合もあり,サービスの差別化として提供されている.まあ,一般のエンジニアは大体が自腹で大型ジムのメンバーシップを払って入るが,普通のジムだと月々30〜50ドル程度なのでそれほど高いとは思われない.

 「高級」に分類されるジムもシリコンバレー近辺に2〜3軒あり,これらではゴルフの会員権に似たメンバーシップを買い,さらに月々の使用料が発生するので,なかなかのお値段らしい.高級なジムには運動以外に綺麗なレストランやラウンジ(クラブハウス)があったり,しっかりとした託児所機能が付いている.運動の内容はジムによって違ってくるが,大体はウエイトトレーニング(マシンまたはフリーウエイト),ランニングマシンやエアロバイクなどのエアロビクスマシン,インストラクタがリードするグループエクササイズ(エアロビクス,キックボクシング,ヨガ,スピニングなど)があり,それ以外にプールがあったり,バスケットボールのコートがあったり,ラケットボールやスカッシュがある.そのほかに岩登りのトレーング用のインドアクライマに特化したジムやヨガ専門の道場なども人気だ.

 年齢的にもさまざまな人が利用するし,運動レベルもまちまちだ.つまり,凄くマッチョなエンジニアもいれば,最近ジムに入会したばかりの人達など,いろいろなレベルやタイプの人が利用する.日本でも定着しつつあると思うが,夕方に行くと50台近くあるエアロビクスマシンが全部使われていて,皆が黙々と汗をかいているという,ちょっと異様な雰囲気もある.一般論で申し訳ないが,アメリカでは中学校からウェイトマシンを使うことがあるので,とくに男性がマシンエクササイズをすることにあまり違和感はない.

 もっとも,ステロタイプ的なひょろっとして色白でナヨナヨしいエンジニアは嫌だ…という人が多いので自らマッチョを目ざしてウエイトトレーニングに励むことも多い.女性はやはり筋肉が急激に付くのが怖い…というのでグループエクササイズに傾く方向が多いが,ウエイトをかなりやっていて,びっくりするほど引き締まった人達も多くいる.


忙しいエンジニアにはぴったり! 一石三鳥なジム通い


 ジムに来る目的は人によりさまざまであるが,いくつかの複合的な目的があるように思える.シリコンバレーははっきりいってナイトライフや,おもしろい歓楽街があるわけでもないので,ジムがある種の社交の場や娯楽でもあるとも思える.24時間営業しているジムもあれば,朝の5時から夜の12時まで空いている大型ジムがあり,仕事の合い間に汗をかいたり,職場以外の人達と知り合うには良い場所なのかもしれない.

 なんでもSun Microsystems社のScott McNealy氏はかなりのスポーツマンらしいが,朝の6時からジムで3対3のバスケットを幹部や取引先の幹部達とやって汗を流してから会社に行くそうだ.大まかに,会社に行く前に運動する人達,昼休みに昼食を食べないで運動する人達,そして仕事が終ってから来る人達に分けられる.決まった日程でジムに通うとそのうち顔見知りになる人が増えていくわけで,仲間や友達も増えていく.夜の部になるとやはり社交性が高いように感じる.女性もしっかりと化粧をしてジムに来るし,運動をそこそこにして女性にやたらに話しかけるエンジニア達も多い.もっとも,皆がナンパをしにジムに来ているというわけでもないが.

 単純に運動をしてリフレッシュするという意味も大きいと思う.仕事中に気分転換に来て,仕事に戻るエンジニア達も多い.また大量に本を持ち込んで黙々とエアロビクスマシン(ランニングマシン,エアロバイクなど)にセットされている専用の書棚に本や新聞を置いてゆっくりと運動をしながら本を読んでいるエンジニア達も見かける.趣味の本やら新聞注8などなら少しは理解できるとして,会社のドキュメントやマニュアル類,教科書を読んでいるエンジニア達を見かけると何か複雑な気持ちになる.忙しいエンジニア達にとってジムに行くことは一石三鳥ぐらいなのだろうか?


注8:ニューヨークタイムズなどの大型新聞になると読むのに1時間以上はかかる.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2004 H. Tony Chin

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第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
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第9回 C99規格についての説明と検証
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Engineering Life in Silicon Valley
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第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
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