第81回

Engineering Life in Silicon Valley

フリー・エンジニアという仕事(第三部)


今回のゲストのプロフィール

ボブ・アイゼンスタッド(Bob Eisenstadt):LSI設計エンジニアとして20年近くの経験を有する.VLSI Technology Inc. (現在はPhilipsの一部)でASIC設計の経験を積んだ後,Supermac, Radius, Silicon Graphics, 3DFX,Silicon Imageなどのグラフィックス関係の企業でLSI設計の外部スペシャリストとして活躍する.そのほかにスタートアップの設立の経験や,パテント取得の経験を有する.オフには運動,造園,家族と過ごす.マサチューセッツ州ボストン出身.



前回まで
 ASICベースの設計からCOTベースの設計にかわりつつあったインターネット・バブル時のシリコンバレーについて話が出た.とくにこの期間でのチップ設計手法についての移り変わりについて伺った.デザイン・チームの大きさとそれぞれのチーム・メンバの役割,そしてシステム全体を取り仕切るアーキテクトの仕事について具体的な経験から得た興味深い話などが出た.

強烈な個性が多い会社


 今回は技術的な話からシフトして,いろいろな会社の文化についてお聞かせください.多くの会社でフリー・エンジニアとしてお仕事をされているので,さまざまなスタイルの会社と社員をご覧になったと思うのですが,いかがでしょう?
 そうですね,ASICベンダのエンジニアとして働いていたころから,顧客のところに出向いていっしょに仕事をすることがあったので,そこから話しようかと思います.

 私も同じように顧客のところでいっしょに仕事をした経験があります.大きく分けると,普通の会社,あまりにもリラックスした会社,そして強烈な会社でしょうか? 個人的な経験からするとアップルコンピュータの中央研究所とかNeXTの開発部などが強烈なイメージがあるのですが….
 たしかにわが物顔で協力会社のエンジニアとかを平気でいじめたりしますよね(笑).強烈というのはだいたい人使いが荒いとか,つっけんどんですごく愛想が悪かったりですね.設計チームの全員,そして部長まで強烈で濃いキャラクタな会社があります.現在のアップルはわかりませんが,昔のアップルは多くの著書にも出てくるように,本当に我の強い人達の集まりみたいなところがありましたね.まあ,それだけのこだわりがあって良い製品が出たりするわけですが.

 また,会社によっては,そういうカルチャを意図的に促進しているような会社もあります.たとえばスタート・アップでよくあるパターンは,「君達は選ばれた人達だ! 君達が世界を変えて行くのだ!」みたいに社員達に自分達は特別賢い人間の集団である…みたいな感覚を植えつけるような.まあ,給料が低いし勤務時間は長いのが平気なスタート・アップだから,こういい続けることによって気合いを入れるという面もありますね.
 スタート・アップではそういうことが必要と思うのかもしれません.ちょっと洗脳ぽいですよね.でも,それぐらいしないと社員がついてこないと思っているのかも.アメリカ人は日本の会社でラジオ体操をしたり社歌を歌うのを笑っているけれど,我々シリコンバレーでも「我々はナンバー・ワンだ!」とかいっしょに叫んで士気を上げるお祭り騒ぎをしているのだから,他人のことを笑ってられませんね(苦笑).

 おっしゃるとおりです.そのほかでよくある社風は,スター・エンジニアを育てて,社内競争を激しくすることによって良い仕事を期待しているとか?
 うんうん,それはありますね.私が最近経験した会社の中では,NVIDIAとかはそのタイプだと思います.とにかくできるエンジニアをスターにしていくようです.できるエンジニアを学会に出して論文発表などさせて,社内でも表彰するとかで社内を盛り上げようとしていますね.

 しかし,逆もあってチームワークを重視する会社もあります.仕事の内容によっては,スター制のほうが良いケースもあるし,そうでない場合もあります.だからこんなにたくさん会社があって,賢いエンジニアが大勢いても成功する会社と失敗する会社があるのだと思います.


 でも,個人レベルで見てどうでしょう? エゴの塊みたいなエンジニアとかいますよね.大学卒業したてのエンジニアで,愛車のナンバ・プレートが「VLSI DSGN」で,プレートのホルダに“World's Best Engineer”(訳:“世界一のエンジニア”)とか平気で入れて走っている人とか過去いましたよ.
 いましたねぇ…そういう若いエンジニアが(苦笑).仕事にプライドをもっていること自体は悪くないと思いますが,このエンジニアのように,自分の存在感と職業を直結している人達がいるのだと思います.まあ,仕事があって,会社の資金も潤沢のときは,ことがだいたいうまく運ぶけれど,景気が悪化したり,会社の状態が悪化すると一気に変わりますよね.

 そうですか….私は性格的なものだと思っていましたが.
 元はそうだと思います.でも,今回のように長い不況が続いたりレイオフされたりして,一皮剥けていくのだと思います.つまり,周りの人達とうまく仕事をしたり,レイオフされても仲間がいれば転職先とか見つかりやすいとわかるようになるのだと思います.自分のエゴだけではどうにもならないですから.後はレイオフされたりして,やっと自分を見つめて仕事以外の自分に気が付くとか.

仕事を確保していく努力



 今のところ,まだシリコンバレーは景気が悪いのですが,レイオフとかに対してエンジニアとしてできることはありますか? また,レイオフの予防法などはあるでしょうか?
 レイオフは会社のつごうなどもありますからね.でも自分の価値を上げるということでは,いろいろ考えられると思います.まずは,(1)自分のネットワークを持つことによって情報源を拡大することができます.(2)スキルアップなど日々心がけることによって新しいスキル,たとえばこれから主流になるプログラミング言語を覚えるなどすることです.また何を知っていれば仕事が増えるかも知っておく必要があります.最後に,(3)柔軟に対応できるようにしておくことです.これは,たとえばレイオフされた後に,必ずしも自分の希望している職につけるわけでもないし,あんまり職種にこだわりすぎるとチャンスを見逃すかもしれません.

 これらは,レイオフされた後の対処法ですね.ボブさんの場合,自分が資本だし売り物だからやっぱりこういうスキルをちゃんと身に付けていますね.
 今後はエンジニアのスキルがピークに達する時期が低年齢化してくると感じます.つまり,昔は50代ぐらいまで続けられたのが,今はせいぜい40代ぐらいまでですよね.新しい技術が出てくるし,最近ではグローバル化もあるのでエンジニアとして旬なときが過ぎていくのが早く感じます.だから必死で新しいことを覚える必要があると思うのです.

 年齢的な限界は自分の努力で何とかなる気もしますが,雇用側や会社側が年齢差別をしているとは思いませんか?
 アメリカでは年齢制限は明らかに違法です.しかし,チップ設計やプログラミングのエンジニアのことを考えると,雇用側の理想は大卒で5〜6年実務経験のある30代前半の男性エンジニアでしょうね.まだ独身か子供がいないので長時間の勤務も問題ないとか…計算していると思います.だから,レジュメでは年齢を書いたりしませんが,卒業の時期からだいたい割り出しているので,弾かれてしまう候補とかいますよね.

 私も知り合いの人材斡旋の方から聞いたのですが,6か月以上求職しているエンジニアは自動的に「難しいケース」と見なされてしまい,断られたりするらしいですね.
 それはキツイですね.最近だと早く出世してしまって,管理職とか営業とかで,現場から離れる若手のエンジニアが増えてますよね.とくにインターネット・バブル時は社会に出たての若手エンジニアが起業家になったり社長や役員になってました.バブルが弾けた後,技術職でない方向に進んだ人は苦労したと思います.エンジニアとして復帰できるスキルのある人はよかったと思いますが,管理職とか営業・マーケティング関係にいった若手エンジニア達はたいへんだったと思います.管理職とか営業・マーケティングの仕事って一番最初にカットされるポストですからね.

 いろいろな経験をするのは良いと思いますが,エンジニアとしての旬とか,新しいことを覚える努力はいつになっても大切です.また,全体的に自分のキャリア・プランを考えながらバランスよく仕事をすることも大切です.先ほどのエゴの塊みたいなエンジニアのように,仕事以外の自分がないとレイオフされたときとか精神的にキツイでしょうね.

今後のシリコンバレーに期待を持てるか?


 今後シリコンバレーはどういうところになっていくと思いますか? また,何が気になりますか?
 私はグローバル化とかはあまり気になってません.インドとか低賃金の国々にエンジニアの仕事が流れるといった心配です.ある種の手離れの良い仕事,つまり仕様書できっちり説明できるような仕事は流れていくと思いますが,作り込みが必要で多数のエンジニアや外部の顧客のフィードバックが必要な複雑なプロジェクトはアウトソーシングしにくいと思うからです.

 分野的には何が気になりますか?
 今のところ一番気になっているのが,シリコンバレーが最近の流行物のリーダーシップをあまり取っていないところでしょうか.LCDモニタ,プラズマ・テレビ,HDTVなどの家電がアメリカではほとんどないし,携帯電話や無線通信もあまりシリコンバレーがリーダーシップを取っているといえません.

 コンピューティングが中心でその中に入るチップ,ハードディスク類とか,ネットワーク機器類が強いですよね.
 そう,どちらかというと本当にオーソドックスなコンピューティングが中心ですね.だからIntel,HP,Sunがどうしてもシリコンバレーを代表するような会社になりますね.Qualcommとかはサンディエゴだしね.

 HPのCEOフィオリーナ氏も最近証券アナリストに対して今後は二桁台の成長率は見込めず,成熟した業界だといっていました.
 成熟した業界だと困りますね.昔は,メインフレームとかオフコンを使っていた時代にアップルがApple IIを紹介することによってパーソナル・コンピュータができたわけですが,現在のやりかたや考えかたをひっくり返すような画期的なことをやらないと確かに成熟した業界ですね.しかし,シリコンバレーのおもしろいところはこんなに狭い場所にエンジニアの密度が高いのでアイデアが出やすいし,アイデアを実現に向けて動ける人達の密度が高いと思うのです.ですから新しいことが起きると期待は持っています.

対談を終えて
 ボブさんは,筆者が社会に出たての頃にお会いしたエンジニアだ.アメリカ人にはまれな謙遜するエンジニアだ.今回はいろいろと本音でシリコンバレーでの仕事の辛いことや,シリコンバレー企業の裏舞台のような,本音で話が聞けたのがとても新鮮だった.



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2004 H. Tony Chin

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フリーソフトウェア徹底活用講座
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
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第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
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第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
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Engineering Life in Silicon Valley
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第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
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第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
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第64回 インターネットバブルの前と後の比較
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第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

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