第84回

Engineering Life in Silicon Valley

出会いには不向きのシリコンバレー


 読者や日本の知り合いからいただく質問に,「シリコンバレーのエンジニアはそんなに忙しいのに,異性との出会いがあるんですか?」とか,「恋人や結婚相手はどうやって探すんですか?」というものがある.シリコンバレーは外から見ると未来都市か何かのようなイメージがあるが,実際はサンフランシスコ郊外の田舎街が発達したところだ.データだけを見ると大都市に分類されるかもしれないが,日本で想像されるものとのギャップも大きいだろう.そこで今回は,そんなエンジニア達のプライベート・ライフに少し踏み込んでみたい.

国勢調査や統計データから見たシリコンバレー


 シリコンバレーはエンジニアの街であるのは確かで,どのハイテク企業を見ても男性が多いのは実感できる.

 2000年に行われた全米国勢調査によると,アメリカの人口は2億8,140万人になったそうだ.男女の比率は,女性が少しだけ多く,男性:女性=96.3:100となっている.この比率が男性に傾いていた都市が20あるのだが,その中にシリコンバレーの中心部,サニーベール市が含まれていた.「やっぱり男だらけのシリコンバレー!?」を実証するようなデータで,男性:女性=106:100になっている.もっとも,老人から子供まで含んだ数字なので,どれぐらいインパクトがあるかはわからない.

 しかし,その一方でサンノゼを中心としたシリコンバレーは,子持ちの家族が多い都市でもある.アメリカでは,ニューヨークやシカゴなどの大都市になると結婚をしていないシングルや母子家庭が増える傾向がある.そんな中でシリコンバレーは大都市にしては子持ちが多い街だ.筆者が考えるに,これは海外から移民してきた住民の結婚率と出産率が一般アメリカ人より高いからではないかと思う.


シリコンバレーの女性は何を求めているのか?


 では,一方の女性はどう見ているのであろうか? シングルの女性からするとシリコンバレーやサンフランシスコ・ベイエリアは厄介なところだそうだ.たしかに男性は多いが,彼女達からするとやっぱりエンジニアとか技術系の会社に勤めている男性はとっつき難いらしい.アメリカでいうGeek(図1),日本語で言うとオタクっぽい男性が多いのが懸念されるらしい.たしかに高給取りで仕事も安定しているけれど…ステレオ・タイプなイメージの,ダサいとか不潔だとか,また趣味も偏っていてゲームが大好きだとか日本のアニメにやけに詳しいとかいうシリコンバレーのエンジニアはたしかに多数いる.しかし,そうでないエンジニアも多い.ハリウッド俳優並みにハンサムで,ジムでしっかりマッチョな身体を作り,ヨーロッパ製高級車で仕事に通い,オペラやクラシック音楽が趣味とかいう人もいる.しかし,仕事がらアグレッシブになりすぎて自分の自慢話しかできない,などということもある.一見ステレオ・タイプには当てはまらないが,対人関係や人付き合い下手になっていたケースだ.彼女達からすると,男性からたくさん声がかかるが,なかなか良い人が見つからないというのが多くの意見だ.


〔図1〕ステレオ・タイプなGeekの例

 では,彼女達は何を求めているのか? これは難しい質問だ.日本での男女関係と比べると,アメリカでは女性もしっかり仕事を持って社会的に進出しているので,女性も存在感があり,どうしても女性が強いという感覚がある.つまり,結婚しても亭主関白な男性はほとんど見つからないということだし,結婚する前の交際時期から女性に尽くさなければならない.また,生活コストが高いシリコンバレーでは相当稼ぎが良くないといけないと感じるのかもしれない.さらに,人種注1や信じている宗教注2が絡むと相手探しがよりいっそう難しくなる.

 ちなみにシリコンバレーには女性のGeekも存在する.男性エンジニアのように子供のころから数学や理科が得意だったという人達だ.パソコンを自作したり,やけにプログラミングに詳しいとかいうところは男性エンジニアと同じである.しかし,必ずしも相手が男性Geekでなくてもよいらしく,男性の好みは一般的な女性と大差ないようだ.


出会いの場所とシーンは?


 シリコンバレーで働くシングルの男女はどうやって出会うのか? いろいろ考えられる中からリストアップしてみた.

  1. 学校からの知り合い
  2. 職場や仕事
  3. 知り合いや兄弟,親戚からの紹介
  4. バーやクラブなどで
  5. 教会や礼拝をする場所で
  6. スポーツ・ジム,趣味のサークル,ボランティア活動を通じて
  7. 結婚紹介所などの仲介会社を通じて
  8. インターネット(チャット・ルーム,メル友,出会い系サイトなど)

 多くは日本とあまり変わらないかと思うが,中にはアメリカ独特の出会いの場がある.まずは,1番目だが,ここには日米の格差はないと思う.学校を出たての若手エンジニアであれば,学校からの知り合いなどのネットワークで出会いがよくあると思う.その次は,職場や仕事を通じてだ.これも日米格差なくあると思う.ただし,シリコンバレーでは職場の出会いがこじれて事件になることがある.サンノゼ市は大都市であるがドラッグやらギャングなどの問題が非常に少ない街である.これは20年前ぐらいから地元の警察が徹底してこういう問題に対応した結果である.しかし,シリコンバレーでの数少ない殺人事件の原因は,ギャングやドラッグとは関係のない,知人間での殺人やドメスティック・バイオレンス,家族間による暴力がエスカレートしたケースだ.ニュース性が高いものとしては,10年ぐらい前にあった電子部品系の会社でのストーカー事件があった.エンジニアが職場で知り合った女性に交際を求めたが,断られてしまった.このエンジニアは優秀な技術者ではあったが,対人関係があまり得意でない,ステレオ・タイプなGeekであった.その後ストーカー行為をして会社で問題になった.そして,このエンジニアはほかの理由で会社を去ったが,数週間後,仕返しに会社へ拳銃を持って乗り込んで銃の乱射事件を起こし,上司や関係者が数人死亡した.女性は撃たれたが大丈夫だった.本人は地元警察のSWATに射殺された.これは大事件になった例だが,シリコンバレーにも多少しつこく付け回したりする男性がいるので,女性のほうもガードが固い.ちなみに6番目のスポーツ・ジムは,このコラムでも少し書いたことがあるが,社交の場となっている.ここでも同じようにしつこく女性を付け回す輩が多く,筆者も通っているジムで見かけたことが何度かある.

 4番目のバーとかクラブであるが,これはアメリカらしいものではないだろうか? ハリウッド映画に出てくるワンシーンのようなもので,独身の男女が新しい出会いを求めて仕事帰りや土日におしゃれをしてクラブに出かけるわけだ.一方,5番目の教会や礼拝する場所を通じてというケースでは,「良い人は飲み屋に行きません…ちゃんと教会に行くのです」というアメリカのお婆ちゃんの知恵からきている.実際に教会では独身者向けのイベントなどを多く用意している.出会ってくれて,結婚して,そのまま家族で礼拝を続けてくれれば教会側としても嬉しいということなのだろう.6番目のボランティア活動も社交の場としては人気がある.たとえば,同じ環境保護関係のボランティア活動では趣味や政治的注3な傾向が同じなので,ボランティア活動をして人の役に立ち,また恋人探しもできるので,アメリカでは一石三鳥とも考えられている.

 7番目と8番目は合計で10億ドル近くになるビジネスに成長しているといわれる.7番の結婚紹介所はオーソドックスな紹介,つまりお見合いまではいかないが,相手を紹介するところまでセッティングするようなビジネスだ.ただ,最近では形が変わり,パーティや野外でのサイクリングを多数で行うタイプが多くなっており,紹介所もコンサルタントを置いて細かく服装や身だしなみ,しゃべり方のコーチングをしてくれるところも出ているようだ.最近話題になっているのは3分デートというイベントで,同じ数の男女が参加するタイプだ.必ず全員に話をする機会が設けられるという特典があるが,3分間に限られている.全員と話ができたら解散し,その後は各自連絡を取り合うというシステムらしい.気の短いアメリカ人にとっては人気のようだ.

 8番の中のインターネットの出会い系サイトは3億ドル相当のビジネスに成長しているといわれており,さまざまなサービスが展開されている.アメリカらしい点は,自分の性格や好みを細かく入力するようになっていることだ.日本の携帯電話系のサイトと違い,未成年者がトラブルにあったとか犯罪につながったケースがそれほどないので,アメリカでは社会的に受け入れられていると感じる.


結論:やっぱり難しい場所?!



 シリコンバレーのように世界各国からエンジニアや優秀な人材が集まるとやはり好みも千差万別になり,一筋縄でまとめることがなかなか難しい.生い立ちや教育,そして母国語,人種や宗教ベースの差,政治の好み,日本では考えられないようなパラメータが複雑に入り混じる.それでいてエンジニアリングや技術が三度の飯よりも好きな男性の多い街であるということは出会いもなかなか難しい.

注1:海外から来たエンジニア,インド人や中国人は,自分と同じ人種・国の人でないと困るとか…白人だけれど,アジア系の女性と結婚したいなど,いろいろ細かくあるようだ.

注2:日本ではあまりなじみがないが,同じ宗教や礼拝場に行くことを必須とするカップルが多い.

注3:政治も相手を選ぶ基準となるのがアメリカだ.民主党か共和党かそれ以外なのか,支持してる党の右よりか左よりか,中絶を支持するか,銃器に関して法規制をするべきか,移民を増やすべきか制限すべきか…など,アメリカ人の世論を二分する議論が多く,恋人や夫婦間でもこれを同じ傾向にしたいと考える人が多い.






トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk
Consulting

 


copyright 1997-2004 H. Tony Chin

コラム目次
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移り気な情報工学 第62回 地震をきっかけにリアルタイム・システム再考

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移り気な情報工学
第62回  地震をきっかけにリアルタイム・システム再考
第61回  海を渡って卵を産む北京の「海亀族」
第60回  超遠距離通信とソフトウェア無線
第59回  IT先進国フィンランドの計画性
第58回  物理的に正しいITの環境対応
第57回  年金,e-チケットに見るディジタル時代の情報原本
第56回  「着るコンピュータ」から「進化した布地」へ
第55回  技術を楽しむネットの文化
第54回  情報爆発2.0
第53回  プログラミングの現場感覚
第52回  GPS+LBS(Location Based Service)がおもしろい
第51回  技術の格差社会
第50回  フィンランドに見る,高齢化社会を支える技術
第49回  たかが技術倫理,されど技術倫理
第48回  若者の理科離れ,2007年問題から「浮遊」せよ
第47回  機械のためのWWW――Google Maps APIから考える
第46回 網羅と完備で考えるユビキタスの視点 ―― u-Japan構想
第45回 青年よ,ITを志してくれ
第44回 Looking Glassに見るデスクトップの次世代化
第43回 CMSはブログに終わらない
第42回 二つの2010年問題
第41回 持続型技術――サスティナブル・テクノロジ
第40回 ICカード付き携帯電話が作る新しい文化
第39回 ユーザビリティの視点
第38回 性善説と性悪説で考えるRFID
第37回 時代間通信アーキテクチャ
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
第27回 ITも歴史を学ぶ時代
第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第93回 「だれでも参加できるシリコン・バレー」はどうなる
第92回 チャレンジするためにシリコン・バレーへ 対談編
第91回 テクノロジと教育学の融合
第90回 日本でシリコン・バレーを伝える活動
第89回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第二部)
第88回 営業からベンチャ企業設立までの道のり(第一部)
第87回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第三部
第86回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第二部
第85回 エンジニアを相手にビジネスを展開するプロ第一部
第84回 出会いには不向きのシリコンバレー
第83回 めざせIPO!
第82回 シリコンバレーでの人脈作り
第81回 フリー・エンジニアという仕事(第三部)
第80回 フリー・エンジニアという仕事(第二部)
第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

電脳事情にし・ひがし
第14回 韓国インターネット社会の光と陰

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第5回 ヨーロッパ/ポルトガルのエンジニア事情〜ポルトガルのプチ秋葉原でハードウェア作り〜
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第2回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(下)
第1回 国内外に見る研究学園都市とハイテク産業の集中化…中国編(上)

フリーソフトウェア徹底活用講座
第24回 Intel386およびAMD x86-64オプション
第23回 これまでの補足とIntel386およびAMD x86-64オプション
第22回 静的単一代入形式による最適化
第21回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その9)
第20回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その8)
第19回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その7)
第18回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その6)
第17回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その5)
第16回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その4)
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第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
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第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
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第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
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フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
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第58回 温泉紀行
第57回 人材ジャンク
第56回 知らない強さ
第55回 プレゼン現場にて


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