このコラムで定期的にシリコン・バレーの景気について報告してきたが,まだまだ状況は改善されないのが実態のようだ.バブルが弾けてから約5年が経っている.
最近地元紙のSan Jose Mercuryでインターネット・バブルを振り返る特集記事があった.正確なバブルの時期は1996年4月9日,Netscape社が株式上場したときからスタートする.ピークは,NASDAQ市場が$5,048.62に達した2000年3月10日となる.ちなみにスタートした日のNASDAQは$1,058.65で2005年3月4日で$2,070.61だった.株式の総資産額でいうと約2兆ドルが失われた計算となる.また仕事の数で見ると2000年のピーク前後から累積で約100万人分の職が失われた結果となった.
さまざまな理由や環境,世界的なイベントがバブルをヒートアップさせて,最後には弾けさせるのを加速した.まずは,1999年からインターネットが大幅に普及し,2000年問題がIT予算を高騰させた.それまではIT株や株式上場が株価を上昇させていた.2000年後半になってからは加熱ぶりが多少は落ち着いた.事業に失敗するインターネット企業やバラ色の売り上げ予測などが問われつつあったところに,2001年の9・11のテロで一気に株式市場がクール・ダウンし,バブルが弾けるスピードを加速させた.その後のアフガン戦争やイラク戦争がさらに株式市場を圧迫させた.
また同じころ,ハイテクではないがEnron社やMCI WorldCom社の経営陣,そしてウォール街の証券会社などの株式操作問題や汚職が表面化し,さらに株式市場への不信を加速させた.カリフォルニア州の税収はピーク時には4分の1をシリコン・バレーの富が下支えしており,1999年には財政黒字が予測されていた.しかし,バブル崩壊後には一気に赤字となり,俳優のアーノルド・シュワルツネッガー氏が当選する大きな理由となった.カリフォルニア州の財政はまだまだ苦しく,厳しい赤字状況が続いていおり,バブル期に予定された公共事業が予算不足でストップしそうになるとか問題になっている.実に不幸というか,さまざまな状況が重なり合って状況を悪化させたと思う.
生き残ったシリコン・バレーの企業はコスト削減により黒字を確保することを要求される.これでインドや中国へのアウトソーシングが一気に加速した.最近では逆にインドや中国の開発部隊の一員として働くために家族といっしょに海外赴任するシリコン・バレーのエンジニアが増えている.家族にもグローバル化を体感してもらおうというのがバブルを体験した親の気持ちらしい.子供たちにもどこでも生活と仕事ができる可能性を体感して欲しいのだとか.
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