第88回

Engineering Life in Silicon Valley

営業からベンチャ企業設立までの道のり 第一部


今回のゲストのプロフィール

長野 義史(ながの・よしふみ):1984年,滅私奉公を決意し電機メーカに営業職として入社したが,過当競争とあまりにも泥臭い営業職務に耐えられず,スマートなハイテクEDA(Electronic Design Automation)営業マンへの転身を決意.その後,異質の泥臭さのなかでEDA代理店と米国EDA日本法人でのビジネスマン修行を経て,元同僚と元顧客であった2人のカリスマ・エンジニアとともに(株)エッチ・ディー・ラボを設立した.一昨年からは,SystemCによる設計手法や記述ガイドラインで世界標準として発信できる会社にしたいと思っている.幅広い趣味を持ち,写真,料理,ブラジル音楽などに造詣が深い.最近は健康管理を兼ねてマラソンにチャレンジしている.




 今回は,ベンチャ起業の体験やコツについて伺うため,日米限らずに幅広いゲストを招いて経験談を語っていただくことにした.日本でシリコン・バレーのベンチャ企業に近い形で実践している新横浜に本拠地を置くエッチ・ディー・ラボの代表取締役 長野氏から会社設立から起業に必要なことまでの話を伺った(エッチ・ディー・ラボのそのほかの設立者については2001年の4月号および5月号を参照).

エンジニアのつもりが…


 さて,長野さんとは15年以上の付き合いになりますが,あらためて今回は起業家としての話をお聞かせください.現在は,エッチ・ディー・ラボの社長という肩書きですが,もともとはエンジニアをめざしていたのですよね.まずは,この業界に入った経緯からお話いただけますか.
 もともとは,DSPの勉強などをしていて,学校を卒業後JVC(日本ビクター)に入社したのですが,なんと営業部門に配属されたのです!関西から出て来て東京の本社に入社したのですが,業務用カラオケ部門で営業スタッフが人手不足だったため,「元気の良い若い人」は北海道の営業所へ即行ってほしい…と言われ,いきなり北海道行きの航空券を渡されました.

 「営業」という文系の行くところになぜ理工系の自分が行くのかわかりませんでしたし,納得もいかない状態でした.


 あらら….それで北海道に着かれてからは?
 借り上げの社宅が空くまでの2週間,優雅にホテル住まいができたので,北海道の第一印象はとても良かったです.人事面では,最初の上司が親切な人で,いろいろと教えてもらえました.仕事自体は,業務用カラオケを飲食店やバーに納入する業者に営業することです.当時は,一曲200円,月に10万〜20万円を売り上げて,そのうちの50〜60%を業者が持って行っていました.ハード自体はレンタルのシステムが多く,原価が70万〜80万円で,粗利は50%をキープしていました.だから非常に利益率の高いビジネスでした.ただし,飲食店が最終的な相手なので,業者さんも怪しい人や危ない人が多かったです.まあ,良い人もいてかわいがってもらったりもしました.しかし,フレッシュマンの年齢でいろいろな体験をしたので,今から考えるとラッキーだったと思います.

スマートなハイテク業界を求めて


 ハイテク業界に入られたきっかけは?
 勤めてから4年後に,もう少し将来性のある仕事をと考えて,まじめに転職を考えるようになりました.求人誌を眺めていると,キーワード的に「ハイテク」,「最先端のエレクトロニクス」,「宇宙関係」などに興味を持っていました.かなり泥臭い仕事をしてきたので,今から振りかえるとスマートな仕事がしたかったのだと感じます.

 やっぱり技術者としての意識が強かったので,そういうキーワードに興味を示したのでは?
 そうですね….結局選んだのは,住友商事系のハイテク機器の販売代理店でした.それに,住友商事という大きいバックにも心が傾いたのもありました.

 大手電子機器メーカや関連会社を相手にするビジネスだと思うのですが,仕事のほうはどれぐらいで慣れましたか.
 転職したてのころは,自分なりにカラオケ営業のキツイ経験で慣らしてきた自負があったので,自信がかなりありました.でも,扱っている商品が複雑なうえに経験がないのでたいへんでした.本当は仕事に慣れるまで半年ぐらいはかかりましたが,1か月ぐらいで慣れたフリをしていました(笑).

 でも慣れたフリをするのは大切ですよね.私もベンチャ企業に居たときは,昨日聞いたことをもう10年ぐらいやっているようなフリをたくさんしました(笑).
 顧客の前ではわかったフリでもしないと本当に頼りない雰囲気になります.これは非常にマイナスです.ちょっと無理をしてでもそういう自信のある雰囲気を作るのは大切だと思いますね.だれもが100%の経験をもって仕事をしているわけでもないですし.

 当時の上司に何か教えてもらったことはありますか.
 当時の上司に教えてもらって,今でも活用しているテクニックがあります.打ち合わせなどで内容がわからなくても,ノートを付けることです.聞きながらノートを取っていると意外と頭に残ることがわかりました.もちろん後から本当に知りたいことは調べたりしますが,集中力が増すと思います.

 実践して見ると力になりそうですね.ところで,実際に扱った製品について教えて頂けますか.
 当時―1987年頃はハードウェア記述言語をベースにしたシミュレータ(初期のVerilog-XL)を扱っていました.まだまだ世の中に知られていなかったので,比較的基本的な情報や,カッコ良い情報を顧客に説明するだけで十分なこともありました.顧客がそれほどわかっていない場合も多かったです.顧客によっては私の説明に合わせて適当にリアクションをしてくれることもありました(笑).

 どのような情報で顧客を驚かせていたのですか.
 もっともわかりやすいところで,当時1億円以上したシミュレーション専用アクセラレータ並のパフォーマンスがワークステーションで1300万円程度で提供されるというところでしょうか.ちょうどASICの設計が普及しはじめた頃でした.「この価格帯で凄い処理能力です!」という営業トークですね.

 その後は論理合成ツールも販売してましたよね.
 そうです.シノプシスのDesign Compilerのバージョン1が出る前でした.最初の社長だったHarvey Jones氏と設立者のAart De Geus氏が来日されて,それぞれ別行動でできるだけ多くのお客様訪問をしていました.b版が出た頃で,レジスタ・インファランスができなく,論理の最適化がおもな機能でした.

 Verilog-XLもDesign Compilerもまったく新しいジャンルの製品だし,だれもがどう使ってよいモノかも解らない状態でしたが,とても勉強になったし本当に運が良かったと思います.


 まったく新しいジャンルのツールなので,いわば布教活動のように営業をされたわけですね.
 現在の設計ではハードウェア記述言語がなくてはならないし,当たり前に使われています.当時は紹介されたばかりで,主流がまだまだ回路図をベースにした設計でした.こういう初期の啓蒙活動的な営業はなかなか難しいのですが,徐々に顧客に理解してもらったり,いかに理解をしてもらえるかくふうしたりするところがあります.たとえば,回路図ベースだけれどどうしたら効率がよくなるか,ベンチマーク評価をすすめたり,説得材料をいろいろそろえたりして,とにかく戦略的に営業しなければならないのです.かっちりとした市場がないところに売り込んでいくのはたいへんですが,開拓するという楽しさもあると思います.
 そうですね,すでにマーケットができあがっている状態での営業活動と,新しいマーケットを開拓しつつ売り込む営業は本質的に違う活動が多いですよね.たとえば競合などがいない状態だと価格設定とかも手探りの状態がありますし,とにかくお客様に納得してもらうための材料を集めたりするのがメインの活動ですね.でも,「開拓する楽しさ」はベンチャ起業にも関連してきますね.
(次回に続く)

次回の予告

  自分なりの仕事スタイルを求めてスタートアップに入ったり,企業買収される事を経験したりして,起業するまでの道のりについて話を伺った.また,起業家に必要なスキル・人脈についても話が出た.


Column 住宅で全米トップ
― そしてシリコン・バレーのお侍屋敷

 7月号でも報告したが,国勢調査によると,シリコン・バレーが全米中もっともお金持ちが集中している街だった.

 似たようなデータが最近また発表された.郵便番号による一番住宅の値段が高い街というデータだ.シリコン・バレーの北の方になる,Atherton(アサートン)と言う町が全米1位になった.位置的にいうとスタンフォード大学があるパロアルト市(Palo Alto)のさらに北でベンチャ・キャピタルが多くオフィスをもつメンロパーク(Menlo Park)の隣だ.平均住宅価格が,なんと2,496,553ドルと報告されている.換算レートを1ドル=105円とすると,日本円にすると2億6千万円ぐらいだろうか.Athertonは住宅の土地が広くて1エーカ単位が多く,それより下はほとんどない.1エーカというと約1200坪でサッカー・グラウンド一つぐらいの大きさだ.

 最近では,Athertonの近くにフェラーリとマセラティを販売するカー・ディーラができた.全米で最大のフェラーリのディーラになるそうだ.シリコン・バレー近辺でかなりフェラーリが売れると,入念な市場調査をしてから作られたらしい.

 また,Athertonはシリコン・バレーの大金持ちが住むことでも有名だ.最近話題になったのは,オラクルのCEOのLarry Ellison氏の豪邸が売りに出ていることだ.Athertonでも目を引く家で,土地の広さが3エーカ近く,住宅の総面積は,8000スクエア・フィート,743平方メートルという広さだ.

 もっとも目を引くのがLarry Ellison氏の「日本」へのこだわりだ.錦鯉がゆうゆうと泳ぐ大きな池や滝など,徹底した日本庭園がこの広い敷地を覆う.また家屋も「日本」へのこだわりが強く多くの部屋からは,縁側に出られ庭園を眺められるようになっている.

 Ellison氏は大の日本文化のファンとして知られており,1987年に600 万ドルで買った土地を徐々に「日本」へ変えて行った.日本刀や甲冑,骨董などを多く所有しており,それらが見合う家を作ったということらしい.同氏はすでに新しい新居に移ったようで,これは23エーカの土地だそうだ.江戸時代の日本城を再現するらしい.アメリカでは,「シリコン・バレーのサムライ」と揶揄されているEllison氏であるが,お侍のお屋敷はまだまだ続くようだ.写真などは以下のURLから見られる.

http://www.larryellisonathertonestate.com/



トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk Consulting

 


copyright 1997-2005 H. Tony Chin

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Engineering Life in Silicon Valley 第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
移り気な情報工学 第36回 時代間通信アーキテクチャ
フリーソフトウェア徹底活用講座 第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)

Back Number

フリーソフトウェア徹底活用講座
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

移り気な情報工学
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
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第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
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第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
第70回 ビジネススキルを修行しながらエンジニアを続ける
第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
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