第89回

Engineering Life in Silicon Valley

営業からベンチャ企業設立までの道のり 第一部


今回のゲストのプロフィール

長野 義史(ながの・よしふみ):1984年,滅私奉公を決意し電機メーカに営業職として入社したが,過当競争とあまりにも泥臭い営業職務に耐えられず,スマートなハイテクEDA(Electronic Design Automation)営業マンへの転身を決意.その後,異質の泥臭さのなかでEDA代理店と米国EDA日本法人でのビジネスマン修行を経て,元同僚と元顧客であった2人のカリスマ・エンジニアとともに(株)エッチ・ディー・ラボを設立した.一昨年からは,SystemCによる設計手法や記述ガイドラインで世界標準として発信できる会社にしたいと思っている.幅広い趣味を持ち,写真,料理,ブラジル音楽などに造詣が深い.最近は健康管理を兼ねてマラソンにチャレンジしている.




前回まで:新卒でエンジニアをめざして入った大手電機メーカだが,入社早々営業に配属され,しかも勤務地が北海道になる.業務用カラオケの営業に携わり「泥臭い」営業活動の続けるが,やはりもうすこしハイテクな仕事を求めて転職を決心する.新しい職場では,当時では珍しいHDLベースのシュミレータと論理合成ツールを担当することになった.

HDラボを立ち上げた背景


 ベンチャ起業された経緯について教えてください.
 EDA業界に入ったときは住友商事系の代理店でした.ここでSynopsys社の製品を扱っていましたが,Synopsys社が代理店を丸ごと買収することになり,Synopsys社の社員になりました.そこそこ業績を出していたのですが,自分の上に外から連れて来たマネージメントの方を置かれたりしたので,やる気を失ってきました.それに自分の采配で仕事がしたいとも感じていました.そのころから漠然と自分で会社を作りたいと思っていたのですが,偶然にチャンスが来ました.今度は,シリコン・バレー系のスタートアップに声がかかったのです.ここでまたトニーさんといっしょになりますよね.これはとても楽しかったし,良い経験になりました.

 レッドウッドですよね.どういうところが良い経験に?
 営業的な判断と責任は自分にあったので思ったとおりに動けたし,小さなオフィスでメンバも少なかったので,自分でやることが増えました.たとえばマーケティング的な作業など,今まで大きな会社だったので違う人や部署にお任せだったのが,自分でプレゼンテーションをするようになりました.

 ベンチャ企業の楽しさに,会社が小さいので「気が付いた人がやる」ということがありますよね.だれもいないから経験がないけれど自分が取りあえずやってしまうとか….
 そうなんです.契約書がないから自分なりに研究して作ってみるとか,会社の掃除とかも自分達でやってしまうとか(笑).自分の会社だという気持ちがありますよね.

 Synopsys社も今では立派な大企業ですが,私が入社したころは「休憩室当番」があって,皆が使う休憩室の清掃や冷蔵庫の飲み物の補給だとか毎週金曜日夕方の食事会の手配をするのがありました.社長を含めた全員が行う当番でした.ちょっと脱線しましたが,続きをお願いします.
 実はSynopsys社にいるころから当時同社に居た長谷川裕恭氏と独立したいことや,大手が手の回らないコンサルティングやトレーニングを地道にやればビジネスになるのでは…といった話をしていました.

 その後,長谷川氏が小林優氏(当時カシオ計算機)とほかのメンバで着々と会社設立の話を進めているという話を聞き,結果として長谷川氏,小林氏と私の3人で設立が決まり,資本金は自分達で出してスタートしました.


立ち上げ当初


 設立後の出だしはどうでしたか?
 長谷川氏と小林氏が著書(小社刊)を出していたり,講演をしたりとネーム・バリューがあったため,仕事が入るきっかけができました.また,資金繰りのために大手他社から設計の仕事を回してもらったりして日銭稼ぎもしました.でも1年目の給料はないに等しい状態でしたね(苦笑).

 それが今では仕事が増えて技術者を増やすようになりました.一時期は,株式上場をめざしたり,設計のノウハウでファブレスICベンダやIPベンダになれるのでは,とかソフトウェア開発もやるとかいろいろと試みがありました.結果的にそれぞれビジネス・モデルがまったく違うし,難しいことがよくわかりました.ビジネス・プランらしいプランは書いていませんが,そのつど何かやってみようと仕掛けたりしてきました.


 いろいろな本業以外の試みがあったみたいですね….しかし,本格的に外部から資金を調達したりして新規事業を拡大していないので,ダメな場合は自分達の判断で撤退がすぐできるというメリットもあります.立派なビジネス・プランのようなものはないけれど,外から見ていてスマートにすばやく動いている印象がありますね.何か苦労話はありますか?
 たくさんありますよ(爆笑).一応コンサルティングをやっていますから外資系の高いEDAツールをどうやって買うかとか,資金繰りの面で苦労がありました.なかなかまとまったキャッシュがないですからね.リース契約にするとか,制度融資を利用するとかくふうするわけです.まあ,一応は無借金経営をしています.

 出だしで気をつけたのが大手他社との付き合い方ですね.競合としてにらまれたりしたらたいへんですから,我々がどういう仕事をしていて,いかに住み分けができるか,また良い協力関係を築けるかを地道に説明していきました.同じ業界内の人々や関連業界の人々と幅広くネットワークを作ることによって入ってくる情報も違ってきますよね.


起業のコツやポイント


 さて,話題をシフトして,今度は起業に関する知恵とかノウハウについて教えてください.起業のきっかけとかネタはどうすればよいと思いますか?
 起業するネタは,Interfaceの読者の皆さんなら身近なところにたくさんあるかと思います.ちょっと気になることでも,何でも良いし,小さいことでも良いと思います.ただし,自分の殻に閉じこもってアイデアを練り上げるのは良くないと思います.ご意見番とか率直に意見をしてくれる人と話をしたり意見交換をすると良いですね.また,進んで展示会,学会,講演会とかに行ったりして知らない会社の人と話をするとか,自分のネットワークを形成することをお勧めします.みずからInterfaceとかDesign Wave Magazineとか,雑誌に記事を投稿したり,講演するのもとても良い経験だと思います.

 とにかく外に出てお客さんから直接意見を聞いたり,知り合いになると気が付かないような情報が入ってきますよね.技術的な仕事だと本当に情報収集が大切で,ネットワーキングが必要ですよね.次にノウハウ的に何か起業に必須だとか便利なことはありますか?
 まずは,性格的というか心情面でしょうか.心配性でなく根性が据わっていると良いですね.金銭面では,始めたころは出て行くほうが多いので,定期的な給料や退職金とかを心配している人には絶対向きません.始めは損をするかもしれないけれど,自分でがんばって稼いでくる,みたいな意気込みがあると良いと思います.

 また,自分達の会社の得意分野をはっきり明確にして,それで勝負で出ることが大事です.とりあえず「何でもやります」みたいなのも大切なのですが,外から見て得意分野がはっきりわかるぐらいにしなければならないかと思います.そして,この得意分野でできれば1〜2年間で普通の給料が出るぐらいにしたい.ですから,考えたことをすぐに行動にすることも大切でしょう.


 そうですね.どうしても日銭稼ぎのために「何でもやらせてください」みたいなスタートがありますが,外から見て明らかな「得意分野」は本当に大切ですよね.顧客も何をここに頼んだらやってくれるかもわからないし,戦力が分散してしまうかもしれません.
 私どもの会社は3名の取締役で始まりましたが,これが意外と良い結果になりました.それぞれ毛色とか背景が違うので考えていること,見ていることが違うということです.とくにInterfaceの読者の方なら,技術者が多いかと思いますが,営業などのまったく自分と畑違いの人と知り合いになることをおおいにお勧めしたいです.

 複数意見があると暴走したりしないですし,バランスを取ったり調整するのに時間がかかるかもしれないけれど,メリットのほうが多いですね.たとえばお客様のところに行ったときなど,それれぞれ使い分けたりできますよね.一人が技術的に接して,もう一人が厳しくビジネス的に接するとか….とくに技術的な商談の場合,ポイントが技術的なことなのか,ビジネス的な内容なのか,お客様さえもはっきりしていないケースが多いですよね.そういう意味で違うタイプの人がいて接客とかできると意外と本質がすぐ理解できるケースとかたくさん見てきました.

 さて,資金調達には何かご意見はありますか.融資制度もあれば,ベンチャ・キャピタルとか補助金制度とか,さまざまなものがありますよね.

 本当に先行投資が必要なケースに資金調達を絞るというのが肝要かと思います.たしかに便利になってきましたが,資金調達と外部投資家の対応だけで時間を相当使ってしまうケースもあるので要注意だと感じています.設計とかプログラミングのコンサルティングは,パソコン一つでスタートできる業界ですから,とりあえずは安くスタートというのが良いと思います.私どもも青葉台のワンルーム・マンションを改造したようなオフィスからスタートしました.あまり始めから格好を付けるのは良くないと思います.

 本当に同感です.投資家対応や補助金の申請だけでかなりのオーバヘッドになる可能性があります.そんな時間があるのなら本業に使いたいとか.また,集めてしまったお金を使わなければ…といった変な状況もあります.あまり良くないのは,社屋とか外面にお金を使ってしまうベンチャですよね.
 来年で10周年になるのですが,最近は本当に地道な活動がもっとも良いとシミジミ感じています.何かお客様に喜んで頂けることをするとか,周りの同業者と仲良くしたり,有意義な情報交換をしたり,すぐお金にならないけれど地道な活動が大切だと思うのです.

対談を終えて
 長野氏とはSynopsys社時代からかれこれ15年以上の付き合いだ.営業面や接客面ではいつも教えられて,つねに参考にしている方だ.あっと言う間に10年たったHDラボだが,さまざまな試みを行いつつも地道に活動を続けているかなり成功しているベンチャ企業ではないだろうか.


トニー・チン
htchin@attglobal.net
WinHawk Consulting

 


copyright 1997-2005 H. Tony Chin

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Engineering Life in Silicon Valley 第79回 フリー・エンジニアという仕事(第一部)
移り気な情報工学 第36回 時代間通信アーキテクチャ
フリーソフトウェア徹底活用講座 第14回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証(その3)

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フリーソフトウェア徹底活用講座
第13回 続々・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第3回 GCCのC言語最適化以外のオプション
第2回 GCCの最適化オプション ――Cとアセンブラの比較
第1回 GCCの最適化オプション

移り気な情報工学
第36回 ITもの作りの原点
第35回 ビットの化石
第34回 ユビキタスなエネルギー
第33回 ロゼッタストーンとWWW
第32回 情報家電のリテラシー
第31回 草の根グリッドの心理学
第30回 自分自身を語るオブジェクト指向「物」
第29回 電子キットから始まるエレクトロニクス
第28回 映画に見る,できそうでできないIT
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第26回 1テラバイトで作る完全なる記憶
第25回 日本はそんなにIT環境の悪い国なのか
第24回 10年後にも生きている技術の法則
第23回 ITなギズモ
第22回 ブロードバンドネットワークに関する三つの質問

Engineering Life in Silicon Valley
第78回 インドに流れ出るシリコンバレーエンジニアの仕事
第77回 エンジニア達の健康管理・健康への努力(第二部)
第76回 エンジニア達の健康管理・なぜエンジニア達は太る?(第一部)
第75回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第二部)
第74回 ユーザーインターフェースのスペシャリスト(第一部)
第73回 放浪の旅を経てエンジニアに……
第72回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第二部)
第71回 凄腕女性エンジニアリングマネージャ(第一部)
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第69回 専門分野の第一線で活躍するエンジニア
第68回 シリコンバレーに夫婦で出向(第二部)
第67回 シリコンバレーに夫婦で出向(第一部)
第66回 目に見えないシリコンバレーの成功要因
第65回 起業・独立のステップ
第64回 インターネットバブルの前と後の比較
第63回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第四部)
第62回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第三部)
第61回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第二部)
第60回 日本でシリコンバレースタートアップを体験する(第一部)

フジワラヒロタツの現場検証
第72回 現場検証,最後の挨拶
第71回 マイブーム
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