2. 受信感度と送信電力

 ディジタル情報通信回線の品質を評価する際に用いられる基準は,ビット誤り率特性である(本誌2000年2月号特集 第2章1.3項参照).

 しかし,受信機の性能や復調方式が異なると,送信系から同一のディジタル情報通信回線を経由した情報でも,受信機側の影響によってビット誤り率特性に差が生じる.

 このため,たとえばBluetoothや携帯電話の子機などの受信時の誤り率を規定する場合には,それらの受信機側の性能(受信感度)も同時に規定するのが一般的である.Bluetoothの場合,要求される受信感度は,−70dBmの信号を受信する際に誤り率が10−3よりも良いこととなっている.ここでdBmとは,受信電力が1mWである場合を基準(0dBm)とした相対的な電力を指し,次式により求めることができる.

 受信感度(dBm)= 10log10 (受信機入力電力(mW)/1mW)

 つまり,Bluetoothの規定値である−70dBmの受信感度とは,上式に代入して受信機入力電力を逆算すると,10−7mWの送信信号を受信した場合に,誤り率が10−3より良くなることを示している.また,前述したとおり,受信感度は情報復調(検波)の方式によっても変化する.

● 非同期式検波と同期式検波

 ここでは,代表的な検波方式である包絡線検波と同期検波を例とした情報復調について述べる.情報復調は,大きく分けて非同期式検波と同期式検波があり,非同期式では送信側との同期をとらずに検波し,同期式では同期をとって検波する.つまり,同期式検波では受信信号から何らかの同期信号を生成してから検波(能動型検波)することになるが,非同期式検波では受信側で同期信号の生成なしに検波(受動型検波)する.

 非同期式検波の代表としては包絡線検波が,また同期式検波の代表としては同期検波があげられる.包絡線検波の構成とFSKを例とした検波方法を図2に示す.包絡線検波は,図のようにダイオード(2乗)検波の後段に抵抗RとコンデンサCを組み合わせた時定数(保持)回路をもつ構成となっており,この時定数を検波する信号の周期に合わせることで,信号波形のエンベロープ(包絡線)を抽出し,包絡線の変化をもとに情報変調成分を復調(検波)する.

〔図2〕包絡線検波(FSK)

 たとえば,受信した2FSK信号のどちらかに同調しているフィルタを通過させると,図のように2振幅の波形が抽出されるので,これを包絡線検波にかけると包絡線を得ることができる.

 この包絡線を積分・ダンプすると山形の積分波形を得ることができ,この信号の周期からサンプルクロックを生成すると同時に,データ(サンプル保持)周期を得る.最後に,振幅値をしきい値処理するとディジタルデータ(情報)成分を抽出することができる.

 次に,同期検波の構成を図3に示す.図のように,同期検波は検波する信号の周期に合わせた信号(同期信号)を生成し,これを受信信号に乗算することで相関(本誌2000年2月号特集 第2章1.1項参照)を検出する方式である.

 得られた相関出力が高ければ,受信した信号は同期信号と同じものであると判断し,相関が低ければ異なる信号を受信したと判断する.これにより,ディジタルデータの“0”/“1”を判別する.

〔図3〕同期検波(PSK/FSK)

 代表的な同期信号の生成方式であるコスタスループについて,位相変調信号の検波回路の構成と各部位の信号波形を図4に示す.コスタスループは,IとQの二つの乗算(相関)器から構成され,それぞれにsin信号とcos信号(位相ずれ90°)を入力する.

〔図4〕コスタスループの構成と波形

 ここで,図(b)は同期がとれた状態の各部位の波形である.図のように,(1)のPSK信号との乗算により,I乗算器の出力は大きく,Q乗算器の出力は小さくなる.これはsin信号同士の相関は高く,sin信号とcos信号の相関は低いことに起因する(本誌2000年2月号特集 第2章1.1項参照).

 I乗算器の出力をLPF(積分器)に通すと,乗算波形の和のスペクトル(高周波)成分は除去されて差のスペクトル(低周波)成分のみが通過し,結果として図中(3)のようにほぼデータと同様の波形を示す.

 また,Q乗算器の出力は逆に相関が0になり,図中(3)’のようにほとんど出力値がない状態となる.(3)と(3)’の二つの出力を第3乗算器により乗算しても,(3)’が0であることから図中(4)のように出力は0となり,VCOがロックされ,同期も固定される.

 もし,同期がとれていない場合には?の出力は低下し,(3)’の出力が増加するので,(4)の出力は大きくなる.するとVCOが動作することになり,同期を合わせるための調整が開始される.

 それぞれの検波方式の入出力S/N 特性を図5に示す.入出力S/N 特性とは,図のように横軸に入力S/N 値を,縦軸に出力S/N 値をとり,各検波器に入力された信号のS/N と出力時のS/N の関係を示すものである.

〔図5〕各検波方式の入出力S/N 特性

 たとえば,グラフと横軸との交点をみると,それぞれの検波方式が出力S/N =0dBを得るために必要な入力S/N がわかる.包絡線検波が約+1dBで約1dBの損失となるのに対して,同期検波は約−3dBであり,約3dBの利得があることがわかる.

 また,グラフと縦軸との交点をみると,入力S/N =0dBである場合の各検波方式の出力S/N がわかり,包絡線検波では−1dB,同期検波では約+3dBとなり,ここでも前述の損失/利得値を読みとることができる.

 包絡線検波は回路構成が簡単ではあるが,振幅情報をもとに検波を行うため,雑音に弱い検波方式となる.逆に,同期検波は位相情報をもとに検波を行うため雑音に強いが,同期信号を生成する必要があるために回路構成が複雑になる.Bluetoothでは,チップセットの小型化や低価格化などが重点目標とされ,現状では,多くの製品が非同期型の検波方式を採用する傾向にある.

 次に,送信電力について述べる.送信側のアンテナから出力された電波は,受信側に到達するまでに電力減衰(伝搬損失)を生じる.以下の式は,もっとも単純な状態を想定した自由空間における伝搬損失の近似式である.

 伝搬損失(dB)=20log10( 4πd/λ)

     d:距離(m),λ:送信波の波長(m)

 たとえば,Bluetoothのクラス3(1mW=0dBm)の送信電力をモデルに,前述した受信感度(−70dBm)で理論的な通信可能距離(理想環境下)を求めてみる.

 Bluetoothでは2.4GHz帯で送信を行うため,波長λは約0.125mとなる.そして,伝搬損失が70dBとなる距離dを求めると約31.5mとなる.Bluetoothが想定する通信距離はピコネットの場合で約10mであり,それによって規格値を考案しているが,受信感度や送信電力は少し余裕のある値を採っていることが確認できる.

 もちろん,実環境下ではさまざまな雑音や干渉が存在するために自由空間伝搬損失よりも損失は大きくなるが,Bluetoothではスペクトル拡散通信方式を採用することで,これらの障害による影響を低減している.


1. マルチメディア情報通信とBluetooth

2. 受信感度と送信電力

3. 誤り訂正と波形等価


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