第2章 今,実現可能なTCO低減

鈴木 宏

 TCO低減の掛け声は巷に聞かれるのですが,構想だけできていても,現実としてはまだ存在しないものもあり,実効性の面から見ると不透明な部分も少なくありません.ここでは,日立製作所の「FLORAネットターミナルセット」を例に,現実のシステムの問題と現時点で実現可能なTCO低減を分析・解説します.

1. 現実のシステムでの問題

 第1章に述べたように,ネットワークコンピューティング,NC,ZAWといった技術を適用することによって,企業などのコンピューターシステムのTCO,特にクライアント管理費用を低減する計画が推進されています.しかし,現実には下記のような懸念,問題も顕在化してきています.

(a) 既存PCとの互換性
NCを増設して既存のPCと混在させると互換性が問題になる.また,今あるPCをすべてNCに置き換えることはハードウエア,ソフトウエア面ともに莫大な投資になってしまう.

(b) OS
 OSの切り替えは,使っているアプリケーションソフトウエアの確認作業だけでも莫大になる.この費用は低減できないのか? ZAWの場合でも,現在使用しているWindows 95をそのまま使い続けることはできないのか?

(c) 有効性
 NC,ZAK,Net PC,WBTなどのThinクライアントは使いモノになるのか? どのような用途に適しているのか?

(d) 即時性
 すぐに導入できるのか? ZAWの場合,Windows NT 5.0が出るまではテスト運用もできないのか?

(e) インフラ整備費用
 Thinクライアントにすると,サーバー,ネットワークにすごく費用がかかるのではないか? また,性能が悪くなるのではないか?

(f) 管理
 結局は,いろいろな管理ツールを利用するしかないのか? しかし,どんな管理ツールにも一長一短があり,使いこなせる管理者がいない...

 このような中,各社がMicrosoft/Intelの発表した「Network PC System Design Guideline」に基づいて,Net PCを出しています.現状のNet PCは,ZAKなどの管理ソフトウエアと共に使用することによって,ユーザーの勝手なソフトウエアのインストールや機器の取り付け・取り外しを予防したり,ユーザーが使えるソフトウエアを制限してユーザーの自由勝手や誤った操作を少なくすることに役立ちます.しかし,今すぐサーバーによる一括管理ができるとは言えません.
 ここで,(株)日立製作所のNet PCと,Net PCを利用した「FLORAネットターミナルセット」を例に,現段階で実現可能であるTCO低減とはどういうものかを考えてみたいと思います.FLORAネットターミナルセットは,前記したような現実のシステムにおける懸念や問題の解決を図るため,日立のNet PCをベースに開発されたものです.現在主流のWindows 95環境においてNet PCの一括管理を実現できるようになっており,Net PCと,Net PCを一括管理するためのソフトウエア*1,そしてシステムが適切に動作するためのソリューションサービス商品*2を含めたセットで提供されます*3.
 ほかのThinクライアントと比較したものを,表1に示します.

2. FLORAネットターミナルセットの特長

● サーバーのセットアップ

 サーバー(OSはWindows NT)に,「クライアントマネージメントキット」をインストールすることにより,各Net PCが使用する仮想HDDをサーバーのHDD内に設定できます.

● クライアント用Net PCの自動セットアップ

 クライアントマネージメントキットは自動セットアップ機能を持っているので,Net PCの導入や移設の場合のセットアップは極めて簡単です(図1).通常のクライアントPCでは,電源を入れてから,Windows 95やLANの設定を行うのに1台ごとに約1時間要していたものが,このシステムでは,サーバー側でワークステーション名などを入力するだけで済みます.このとき,ワークステーション名などの入力により,クライアントマネージメントキットが,当該Net PC用の仮想HDDにWindows 95を自動的にセットアップします.
 セットアップされたNet PCの電源を入れると,Net PCが持つLANを経由したブート機能によって,サーバー側の仮想HDDからWindows 95をダウンロードしてNet PCが使用できるようになります.

● 仮想HDDによる運用

 このシステムでは,Net PCで使用するアプリケーションソフトウエアおよびデータなどのすべてのファイルをサーバー側の仮想HDDに保持します.そして,サーバー側の仮想HDDは,Net PCから見るとあたかもNet PC側の「Cドライブ」のように見えるようになっています.一方,サーバー側の管理者は,すべての仮想HDDを見たり,操作することができます.
 このような仕組みによって,以下のようにクライアント管理が容易になります.

(1) クライアント用のOSやアプリケーションソフトウエアのインストール,セットアップ,バージョンアップが簡単です.
(2) HDDのメンテナンス,ウイルスチェック,ファイルバックアップがサーバー側だけの操作でできます.
(3) 誤ってNet PCの電源を切っても,サーバー側でファイルクローズ処理を行うので,ファイルの破損を防止できます.
(4) クライアント側にHDDがないので,HDDを取り外してデータを盗むといったことが不可能です.
(5) 仮想HDDにライトプロテクトを施したり,仮想HDDのサイズを変更することによって,ユーザーの勝手なアプリケーションソフトウエアのインストール,ファイル削除,ファイルコピーなどを防止できます.
(6) 外部からリモートで管理する場合でも,サーバー側の仮想HDDを見るだけで,各Net PCの状態まで調べることができるので,トラブルへの素早い対処が可能になります.

● Net PCの電源コントロール

 このシステムでは,サーバー側から各Net PCの電源が入っているかいないかをモニターしたり,Net PCが持つLANを経由した電源コントロール機能により,サーバー側からの指示で電源を入れたり,切ったりすることができます(図2).これにより,業務開始前にNet PCを一斉に電源投入したり,業務終了後にNet PCを一斉に電源切断するといった運用管理ができます.また,作業時間以外に,勝手にNet PCを使用したりするのをモニターすることもできます.

3. FLORAネットターミナルセットの評価

● 現実の問題の解決

 それでは,このシステムで,冒頭に述べた現実の問題にどのように対処できるかを見てみましょう.

 (a),(b)は互換性の問題です.NCの場合はもちろん,ZAWの場合でも,現在最も普及しているWindows 95との互換性を完全に維持し続けることは困難な状況です.一方,このシステムでは,Windows 95の環境のままサーバーによる一括管理ができるので,Windows 95との互換性を維持することができます.

 (c)の各種のThinクライアントが使いモノになるのか,どのような用途に導入するのが最適なのか,といった問題は,各種クライアントの適用実績がほとんどないため,答えるのは大変難しいです.
 一般的には,個人の企画力や生産性を上げるべき業務にはPCが適し,定型的な作業の効率を上げるべき業務やセキュリティーを強化したい場合にはThinクライアントが適している,と言われています.ただし,実際にテスト導入してみて,その環境に最も適したソリューションを早く見つけることが望ましいのはもちろんです.

 ところが,(d)の問題が挙がっていることからもわかる通り,すぐにテスト導入できるシステムは,TCO低減が話題になっている割には,ほとんどありません.ZAWの場合も,Windows NT 5.0が出るまでは正確なテストはできない状況です.このシステムは,今すぐ導入して性能やセキュリティーなどの評価を行い,クライアント管理費用の低減効果を確認することが可能です.これにより,競合他社より先に自社に最適なソリューションを見つけ出すことが可能になります.もちろん,テスト導入だけでなく,実用システムとして効果的な運用を実施することも可能です.

 クライアントにかかる費用は低減できても,(e)の問題のようにサーバー,ネットワークにかかる費用がどのくらい増加するのかは気になるところです.このシステムにおいても,Net PCを管理するためのサーバーが必要になりますが,特別なサーバー機や高価なサーバー用ソフトウエアなどを必要とせず,通常のPCサーバー機とFLORAネットターミナルセットにセットされたソフトウエアだけで済むという特長を持っています.

 (f)の管理者不足の問題も深刻な問題です.例えば,ZAKというツールではWindowsのレジストリー情報を操作することによって,Windows用PCの管理を行うため,管理者はレジストリー情報の操作に必要な新しいリテラシーをマスターしなければなりません.
 このように,新しい管理ツールを導入すればするほど管理者の負担が増え,管理が容易になるどころか,ますます困難になってしまう,といったことも起こり得ます.このシステムは,Net PCのHDD内容をすべてサーバー側の仮想HDDに移す,というシンプルな仕組みによって,管理者が新しく覚えなければならないことを最小限にしています.したがって,容易に導入可能です.

● システム性能

 このシステムでは,Net PCのすべてのファイルアクセスがサーバー側の仮想HDDに対して行われるため,性能上の問題がないか気になるところです.
 例えば,日本語入力時には,サーバー側の辞書ファイルにアクセスするため,遅くなるのではないかといった疑問です.このシステムでは,クライアントマネージメントキットできめ細かなチューニングを施すことによって,そのような性能低下を防止しています.図3の構成における性能時間値を通常のWindows用PCの場合と比較して表2に示します.表からわかるように,電源投入時のOSのダウンロード時間だけは,通常PCの2〜3倍かかりますが,その他の操作では感知できるほどの差は出てきません.
 また,OSのダウンロード時間については,Net PCの電源コントロール機能を使って,業務開始前にサーバーからNet PCの電源を投入し,ユーザーが使い始める前にOSのダウンロードを完了するようにしておくことによって,ユーザーが遅いと感じないようにすることが可能です.

 しかし,Net PCの接続台数が増加すると,このシステムでも性能上の問題が発生します.1台のサーバーに接続するNet PCが15台以上になると,日本語入力操作やMicrosoft Word97のテンプレートウイザード実行時などで,Net PC側で数秒の待ち状態が発生することがあります.従って,このシステムでは,Net PCの接続台数を10台くらいで使用することが推奨されています.

● アップグレードパス

 今後,Windows NT 5.0が登場し,ZAWの計画が実現されていく中でこのシステムの将来性を展望してみましょう.
 現在,このシステムのNet PCで使用するOSはWindows 95ですが,このシステムの仕組みは,Windows 95だけでなく,今後のOSにも適用し得るものです.将来もWindows 95のまま使い続けていくことが可能ですが,新しいWindows 98やWindows NT Workstation 5.0に切り替えていくことも考えられます.この場合は,新しいOSが装備した機能が使えるようになる一方で,OSの切り替えに伴ってアプリケーションソフトウエアの確認費用などがかかることになります.

 このシステムのサーバーで使用するOSは,Windows NT Server 4.0ですが,将来これをWindows NT Server 5.0にバージョンアップしていくことが考えられます.そして,このシステムの仕組みのままNet PCを管理する場合と,新しいZAWなどの管理の仕組みに切り替える場合があります.前者の場合には,Net PCをそのまま使用できますが,後者の場合には,Net PCにHDDを取り付け,使用するOSをWindows NT Workstation 5.0などへ切り替える方法と,Net PCをWBTとして使用するように切り替える方法があります.

● システム適用

 最後に,このシステムをどのようなところに適用すれば効果的かを考えてみます.

 このシステムでは,サーバーによるNet PCの一括管理が容易に実現できるので,クライアントPCの管理費用を低減したいさまざまなところに使用することができます.また,テスト導入し,ネットワークコンピューティングの効果を確認したり,性能やセキュリティーなどの評価を行うことにより,競合他社より早く,自社に最適なソリューションを見つけ出すといったことも可能です.
 このシステムは,ネットワークコンピューティングの考え方によって,クライアント管理費用の低減だけでなく,前記したコラボレーションにも適しています.例えば,グループウエアなどであるユーザーが集計作業を行い,別のユーザーがその結果を使って報告書を作成する,といったように互いに関連しながら仕事を進めていくことが,このシステムではサーバー側の仮想HDD間だけで行えます.また,同様にすべてのユーザーに同時にメッセージを送るといったことも素早く行えるので,教育システムなどにも適しています.

 このシステムは,性能面からNet PCの台数が10台くらいまでの比較的小規模なグループで使うのが適しており,リモートでの管理もしやすくなっていますので,企業などにおいては,上記した特長を生かせる特定部門での活用が考えられます.例えば,グループOAシステム,営業店システム,企業内教育システムなどです(図4).
 また,SOHO(Small Office,Home Office)といった分野においては,専任の管理者がいないなど,管理の容易化がより必要とされているため,このシステムの特長が生かせると考えられます.
 オフィスの中の誰かが管理する場合だけでなく,外部にシステムサポートを委託した場合には,リモートでの管理のしやすさを生かすことができます.例えば,委託先とこのシステムのサーバーを接続するようにすれば,サーバー側の仮想HDDを見るだけで,各Net PCの状態まで調べることができるので,委託先の人がなかなか来てくれないといったこともなく,トラブルへの素早い対処が可能になります.


BackOffice Magazine 1998 May 1998年5月号掲載