DesignWave笑劇場
No.19

進化
作・岸本陸一

車掌:
まもなく射手座アル・スナル恒星の第3惑星に到着いたします.本日の上り最終宇宙船はすべて終了しておりますので,どなたさまもお乗り過ごしのないよう,ご注意ください.まもなくドアが開きます.また,この星は気圧が低いので,肺呼吸が必要な方は,宇宙服の着用をお願いいたします.

乗客:
車掌さん,あんた太陽系第3惑星の生物のくせに宇宙服を着ないでよく平気だね.たいしたもんだ.

車掌:
ご心配なく.わたしたち昆虫系の種族は酸素が薄くても平気なのです.昔は哺乳類系の種族の車掌が多かったのですが,最近では昆虫系のほうが多くなっています.体が固い殻で守られているし,手足が8本もあるので1度に6人分の切符を切れるし,それになにより肺呼吸をしないので気圧の変化に強いんです.

乗客:
でも,肺がないのどうしてそんな大きな声で話せるのかね?

車掌:
昆虫系生物は,羽をこすり合わせることによって,どんな星の言葉でも自由に話すことができます.進化の過程で哺乳類よりはるかに宇宙旅行向きの言葉を得たのです.とくにわたしはセミから進化しているので,とても大きな声で話すことができます.

乗客:
いやぁ,たいしたもんだ.宇宙旅行が始まってからまだ1,000年も経たないのに,セミが車掌をできるほど進化するなんて.まったく信じられない.昔はわしら人間とロボットが全部やったもんじゃ.とくに第1次宇宙大戦まではな.いまではわしら人間は絶滅寸前じゃ.これからの宇宙は,あんたら昆虫系が支配するのかもしれんな.わしは来週タイム・トラベルで21世紀初頭の地球に出張するんじゃ.まだ,わしら人間が地球を支配していた時代じゃ.30世紀におけるあんたら蝉の進化の話を雑誌に書いてもいいかね.

車掌:
それは困ります.昆虫雑誌はまずいです.もしどうしても記事にされたいのでしたら,半導体関係の雑誌にお願いします.半導体雑誌ならたぶん大丈夫です.

乗客:
それは21世紀の昆虫雑誌がタイム・トラベル警察に監視されているということかね? たしかに,わたしの記事はタイム・トラベル法に違反するかもしれんな.

車掌:
いいえ違います.わたしは半導体雑誌が好きなのです.なにしろわたしはセミの車掌.すなわち,セミコンダクタですから.

(c)2001 CQ出版