第7回 電話とインターネットは逆転するか

 太平洋を横断する通信回線の用途別帯域で,音声とインターネットの割合が逆転したのはもう何年も前のことだそうである.米国内の一般回線の利用に関しても,音声利用とディジタル利用を比べると,ディジタル需要の方が多くなっているという話もある.そして,ディジタル通信のほとんどがインターネット利用だという.

 本当なのかどうか疑問に思っていたが,我が家も子供用にインターネットプロバイダと契約をして2ヵ月後にその意味を理解した.電話の請求が突然,これまでの3倍にもなってしまったのである.インターネット契約をしたとたんに,我が家の通信回線もディジタル分がアナログ通話分を超えてしまったということである.そういう家庭が日本でもずいぶんと増えているはずである.

 とは言え,今のところ基本は電話網で,インターネットはそれに寄生しているように見える.しかし,今後もインターネットの需要が爆発的に増加しつづけるなら,そして本当にインターネットが情報通信の基本媒体になるのなら,これからはインターネットを前提にしてディジタル通信網を作りなおし,電話がそれに寄生するという方が正しいのではないかというのが今回の話題である.

使えないインターネット電話と使えるインターネット電話

 インターネット電話というアプリケーションプログラムがある.これは,今までは電話線を使ってインターネットをするのが基本だったが,逆にインターネットを使って電話をしようということである.インターネットだから音声も送れると考えるのは当然なのだが,単純にやると遅延が極端に大きかったり,片通話になったりと,電話とは似て非なるコミュニケーション手段になってしまう.QoS(Quality of Service)がまったく保証されないインターネットの上で全部やろうとするから無理がある.

 別な形で,インターネットプロバイダが提供するインターネット電話というものもある.大手プロバイダは自分の全国規模の専用回線を持っているので,その中のある部分を電話用に予約することができる.個人利用者からのインターネット利用は深夜に集中し,そのピークトラフィックに見合った帯域の専用線を借り上げなければならない.そうすると,昼間はどうしても使い切れない部分が出てくることになる.この部分をあらかじめ時間ごとに推定し,インターネット用に予約して使うと,プロバイダから見ると見かけ上は回線コスト0で電話サービスができることになる.

 今のところ,IPレベルでは厳密な帯域予約を行うのは苦しいが,そこはベストエフォートのインターネット,少しぐらい遅延が出ても許してね,の精神が生きてくる.

べストエフォートなQoS保証はいかが?

 バックボーンに繋がっているルータはすべて管理者の手の届くところにあり,知らないところを通るインターネットではない.つまり,同時通話数を制限するだけも最大トラフィックの制限ができ,ある程度QoSの保証もできてしまう.

 この方法なら,インターネット電話用の設備をバックボーンのルータに直結にしておき,家庭からアクセスポイントまでは一般の電話を使うというのが自然である.そうすれば,電話のかけ方も受け取り方も普通の電話と同じになり,使う側はインターネット電話であることすら気が付かなくなる.最近,米国の雑誌を見ていると,極端に安い長距離電話サービスの広告があるが,これらの中にはこういう仕掛けで動いているものもあるはずである.

 もう一歩進めて,アクセスポイントから家庭までを専用線にし,それをアプリケーションごとに帯域予約できるようになったら,その上に電話も乗せてしまうことにすれば,完全にIPだけで動く電話網もできることになる.そこまでいくのがFTTH(Fiber to the Home)なのである.しかし,FTTHがIPプロトコルを基本にしているという話は聞いたことがない.その昔,フロリダのオーランドで華々しくぶち上げたFTTHの実験ではATMが使われていた.理由は簡単で,電話やTVに使える帯域予約ができるプロトコルの代表がATMだったということである.

ベストエフォートも悪くない

 基本になる通信網が電話交換網かインターネットかというのは,消費者が求めるサービス品質がQoS保証型か,ベストエフォート型かということによると思う.従量制のサービスはどうしてもQoS保証型になると思うが,最近の携帯電話の使い方をみていると,どちらかというとベストエフォートなサービスになっている.

 携帯電話は移動中に切れることは普通だし,人がたくさん集まるところではまるで繋がらなくなってしまうのである.ところが,これはこういうものという認識ができてしまって誰も文句を言わなくなってきている.ほんの少しの許容範囲を与えられるなら,システム全体が恐ろしく低コストで作れるのがベストエフォートのよいところなのだから.

 思い切って,電話全体をベストエフォートサービスと考え,インフラをインターネット上に作ってみるのもよいかもしれない.そのためには,現在の電話の回線容量をすべて賄うくらいの巨大なルータを作ることから始めなければならない.そうすれば,日本は世界で最初のインターネット普及率99.9%の国になれる.

山本 強・北海道大学



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