第12回 理系のソフト,文系のソフト

 現在の教育システムにおいては,大分類として理系と文系という大雑把なくくりがある.人がもっている素質によるのか,大学も理工系学部と文系学部でカルチャーがまるで違う.そのせいか,女性が相手を選ぶときの最初のフィルタも理系か文系かというところから始まるらしい.

 また,企業活動も理系と文系に分けて考えるのが一般的である.設計,製造を担当するのが理系になり,企画,運営,管理といった仕事をするのが文系というのが普通の考え方ではないだろうか.さて,日本が誇る情報コンテンツ産業といえば,ゲームソフトとアニメである.ソフト産業弱小国の日本において,数少ない輸出産業であるこのゲームソフトとアニメ,はたして仕事の分類で分けると理系,文系どっちに属するのだろうか.

 ゲームソフトはプログラミングという理系の仕事であるようなイメージが強いが,ゲームという作品全体として考えると,プログラミングよりは構想やシナリオ,さらにはキャラクタデザインが重要なファクタであり,プログラミングは後方支援の役割になっている.

 アニメは漫画家や作家が作るキャラクタとシナリオがすべてであり,技術としてのアニメーションは,それを可視化するツールとしての役割を果たしている.日本では,ゲームソフトもアニメも文系の才能が支配的な新しい製造業なのである.ひょっとしたら,将来の日本の基幹産業になるかもしれないこれらの分野で,我々理系の人間は下働きになってしまうのかと思うと少し悲しい.

 そこで理系は,単なるアニメ好きのオタクではないというところを示さねばならない.

物理で作るディズニーアニメ

 私は毎年,アメリカで開催されるSIGGRAPHというコンピュータグラフィクスの学会に行くことを恒例にしている.最近では,コンテンツ見本市の感もあるSIGGRAPHだが,CGの分野における最先端技術の発表もいまだ健在である.会場で論文誌を眺めているとアニメ業界からの発表があることに気がつく.アニメと学会発表というのも妙な気がするが,これは事実である.

 ここ数年のSIGGRAPHでは,その年に封切られたディズニーアニメで使われた技術が論文として発表されているのである.「美女と野獣」の頃から始まったこのディズニーの発表であるが,今年は「プリンス オブ エジプト」が紹介されていた.興味は,その技術が何かというところにある.

 このアニメ映画でディズニーが開発したのは,流体力学が作る「溶け崩れる」アニメーションなのである.論文だから理論式も出ている.それもナビエ・ストークスの方程式という流体力学の基本方程式で,水面のパターンが崩れていくというアニメーションは物理的には流体の運動を追跡するという計算に帰着している.それを数値シミュレートすれば,莫大な量のセル画を書かなくてもよくなる.「プリンス オブ エジプト」には,そうやって作られたシーンが何箇所もある.この技術の目的となると作画の人件費削減なのだろうが,理論が裏打ちするアニメーションは自然でもある.さすが理系の国,アニメも物理で作っている.

ゲームプログラムの達人たち

 今年のSIGGRAPHでは,コンピュータグラフィクスの歴史を紹介するハイビジョン記録映画「The History of Computer Graphics」も公開された.そこでは歴史的なPC用ゲームソフトウェア「DOOM」の開発者達も紹介されている.ゲームの内容としてではなく,そこで使われたプログラミング技術や開発者の仕事が紹介されているのである.その「DOOM」の開発者の一人であるMichael Abrashは,CGの技術書としても評価の高い「Zen of Graphics Programming」の著者として有名であり,学会でも十分な知名度がある.

 ゲームプログラマと聞くと,アカデミックな世界とは異質のアウトローを連想しがちだが,本物のプログラマは登場する舞台がどこであれ一流の扱いを受けるのである.その彼が今何をしているかというと,なんとマイクロソフトでWordの文法チェッカの開発を担当しているというのだ.彼にとっては,コンピュータサイエンスの応用先としてゲームが面白かったということらしい.振り返って,これだけ成功している日本のゲームソフト業界,そういう本質的なレベルで技術を蓄積している人材が育っているのかどうかが気になっている.

理系を誉めると国が栄える

 かつて日本は理系の国だった.電子機器を作らせたら向かうところ敵なしだったが,その成功のわりには理系エンジニアは誉められなかった.会社や業界では尊重されたのだが,普通の社会では誉められなかったのである.バブル期のテレビドラマでは,お金持ちでかっこいい男は決まって文系キャラクタだった.それとは逆に理系男性のイメージは暗い,ねちっこいという悪いイメージである.

  これでは若者が理系を目指さなくなって当然である.ところが最近のアメリカ映画を見ていると,かっこいいキャラクタとして理系があることに気がつく.今年後半の大ヒット作「マトリックス」でのキアヌ・リーブスの役どころは天才プログラマなのである.

 また,昨年のヒット作に「アルマゲドン」という映画があったが,この中に印象深いシーンがある.小惑星の爆破に出発する前日,郊外の牧場でヒロインに恋い慕う男が告白するシーンがあるのだが,そこで彼はどう口説くか.そこにいた昆虫の習性を彼女に説明するのである.そして,「俺はこれをディスカバリーチャンネルで見た」と言う.さすが理系の国アメリカ,そういう口説き方を理解してくれる女性がいるらしい.

山本 強・北海道大学



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