フジワラヒロタツの現場検証(68)

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読書案内(2)
 以前,面白がっていただけそうな本を紹介した回が好評いただいたようなので,続きをやりたいなと思っていました.今回は久々にその第2弾をお送りします.

 最初に紹介するのは,『ふわふわの泉』(野尻抱介著,ファミ通文庫)です.いわゆるヤングアダルトといわれる世代(中高生ですかね?)向けの文庫で,内容的にもたいがいエンターテイメントしていてさくさく読めます.題材も多岐にわたって,大人が読んでも面白い小説も多く含まれます.楽しく読める小説なのですが,いろいろ深いテーマを平易な文章でわかりやすく料理しています.主人公の眼鏡少女は科学部での実験の最中,偶然から新素材を発見してしまいます.おもしろいのは,そこからベンチャー企業を立ち上げていく過程が,適度なリアリティで描かれている点です.ベンチャーな日常でお疲れの向きは,ぜひ本書で日頃の鬱憤を晴らしてください.

 もう一冊,同様に若い人向けであろうハルキ文庫のヌーヴェルSFシリーズの『イマジナル・ディスク』(夏緑著,ハルキ文庫)というバイオテクノロジーもののSFを紹介しましょう.著者は理学部の博士課程を終えて小説家になった方のようで,論文と地位の確立に追われる理学部の大学院生の生活が描かれています.どこの分野でも同じように,競争に打ち勝っていくには専門分野に秀でているだけではだめで,権力闘争を泳ぎ切る力が必要なのだなあと,しみじみと読んでおりました.



注:海野十三:逓信省電気試験所(後の電総研)研究員.無線,真空管を研究しつつ,科学小説や探偵小説を執筆.本名の佐野昌一名義で技術書もあるらしい.

 さて,マンガもぜひ紹介させてください.『BOOM TOWN』(1)〜(4)(内田美奈子著,竹書房)です.計算機上に作成された仮想空間「BOOM TOWN」.ここではユーザーが自分の好きな外観で暮らせる,仮想現実の街を提供するサービスをしているという設定のマンガです.その中にはユーザーだけではなくプログラムによって人間そっくりに存在する疑似人格もいたりします.主人公はそこを運営する会社のデバッグ課勤務の多少がさつな女子.エージェントや,自ら作成したソフトウェアツールを駆使して仮想都市のバグを日々デバッグしているという寸法です.

 著者はコンピュータを扱っている人種にはいろいろと詳しいらしく,登場人物や,3Dで表現されるユーザーインターフェースがとてもありそうで楽しいのです.アキハバラの怪しげな店が出てきたり,ウィザード君(自称)という冴えない,しかし腕は良さそうな青年がクラッキングを仕掛けてきたり.著者のユーモア感覚は,海野十三を思わせます(古すぎますか……).掲載誌の都合で,途中で中断しているのが残念です.

 こうしてみると,業界を活写している作品が,筆者の琴線にひっかかってくるようです.そういえば,なにかと話題だった暗号冒険小説(?)『クリプトノミコン』(ニール・スティーヴンスン著,ハヤカワ文庫)も,いまひとつと思いつつ,2巻目のはじめの方にある,投資家への目論見書(事業計画書)のカリカチュア(?)に爆笑しました.その筋の方はぜひご一読を.



藤原弘達 (株)JFP デバイスドライバエンジニア,漫画家

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