1. 産業用OSの特徴と変遷 

 産業用オペレーティングシステムと一口にいっても,随分と曖昧なカテゴリであって,現在では範囲が広すぎてよくわからない状況にあるといってもよいだろう.本稿では,メインフレームやEWS,PC以外のいわゆる組み込み用OSであると一応定義しておくことにする.

 ところで,携帯電話に入っているOSは組み込み用OSであるが,使われ方としてはWebの閲覧ができるなど,PDAやPCと違わないところがある.それでは,PDAのOSとして有名なPalm OSは産業用OSなのだろうか.

 1994年の情報処理学会誌の特集は,「TRONプロジェクトの現状と展望」1)であった.この中で,ITRON仕様カーネルの応用例が挙げられているが,基本的な応用分野は今とたいして変わらない(表1).

表1ITRON仕様カーネルの応用例1)

家電製品

高機能テレビ,ビデオ機器,オーディオ機器,エアコン,
洗濯機,電子レンジ,炊飯器

OA機器

プリンタ,コピー機,イメージスキャナ,ワードプロセッサ,
光ファイリングシステム

通信機器

多機能電話,ISDN電話,FAX,放送用機器,無線システム,
アンテナ制御装置,衛星制御装置

その他

自動車,自動販売機,照明制御装置,電子楽器,FA用コン
ピュータ,工業用ロボット,測定機

 しかし,応用分野や個々の機器名は現在とほぼ同一であるが,参考文献1)の中では単なる制御系アプリケーションとして扱われており,当時と現在では内容がかなり変わってきている.すなわち,現在の携帯電話やカーナビのような制御系と情報系あるいはマルチメディア系との複合機器は想定されていなかったようだ.

 たとえば,インターネットからレシピをダウンロードする電子レンジとか,町内のお知らせを掲示する冷蔵庫などは誰も想像していなかった.一昔前であれば,産業用OSといえば制御用のOSといえたが,現在では必ずしも制御用とは限らず,さまざまな機能を提供するアプリケーションを共存させるためのOSになっている.

 制御という観点から,「組み込み機器は人命に関わるような仕事をする場合があるので信頼性が重要である」と言われることも多い.ところが,

本資料に記載された製品は,人命にかかわるような状況の下で使用される機器あるいはシステムに用いられることを目的として設計,製造されたものではありません.本資料に記載の製品を運輸,移動体用,医療用,航空宇宙用,原子力制御用,海底中継用機器あるいはシステムなど,特殊用途へのご利用をご検討の際には,XXX株式会社または特約店へご照会ください.

とマニュアルの始めのほうで牽制してあったりする.

 もっともPC用のOSでは,このような断り書きはあまり見かけないので,やはり産業用OSは,信頼性や安全性に留意していることの傍証といえる.しかし,人命にかかわるような使い方を目的として設計されていないと言われたのでは,当てが外れた感じがしないでもない.

 特殊用途の場合は照会して欲しいということなので,照会すれば何か良い手立てがあるのかもしれない.何しろ上記の文章は,運輸,移動体……のすべてを自社で生産している日本を代表する総合電機メーカーのマニュアルである. 最近では,組み込み機器が情報機器化してきた関係で,上記のような意味での信頼性や安全性のほかに,ICカードなどで使われる,暗号化に代表されるセキュリティ上の信頼性や安全性も産業用OSに要求されるようになってきた.情報系という観点からの信頼性と安全性である(図1). 

   図1産業用OSに求められる機能

  電子マネーを扱うようなアプリケーションでは,とくに重要視される.また,お金が絡むと悪意を持った攻撃にさらされる確率が高くなる.従来,カードの分野では企業別,業界別に専用OSが使われてきた.たとえば,金融関係と交通分野,通信,放送などは,別々の専用OSが使用されていたため,何枚もカードを持ち歩く必要があった.

 しかし,JavaCard(図2)が注目され始めた頃から,汎用OSが使われるようになってきた.実用化されているカード用汎用OSとしては,JavaCardのほかにWindows for SmartCard(図3),MULTOS(図4)がある.また,汎用OSを使うことで,一枚のカードを多目的に使うこともできるようになった.

  図2JavaCardのWebページ(http://java.sun.com/products/javacard/)

図3Windows for martCardのWebページ
(http://www.microsoft.com/windowsce/smartcard/

図4MULTOSのWebページ(http://www.multos.com/

図5インタプリタによる安全性確保

 多目的に使うために,カード用汎用OSにはアプリケーションのダイナミックなロードと削除およびアプリケーション間の干渉を防ぐ機構が必要になる.

 従来のプロセスモデルのRTOSは,MMUを使ってメモリプロテクション機能を提供している.また,ダイナミックにアプリケーションのロード/アンロードが可能である.一方,カード用汎用OSの場合,ハードリソースは著しく制限されてMMUなどは使えないため,ソフト的にOSがこれらの機能をサポートしている.具体的には,図5に示すように中間コードのアプリケーションをデータとして受け取り,インタプリタにより実行する.このようなインタプリタ機構は,従来の産業用OSには求められなかったものである.

 汎用とは,一つのものを広く諸種の方面に用いることであり,「カード用汎用OS」なる用語は変な日本語かもしれないが,特定の分野向けの汎用OSは,ICカードに限らず最近の傾向である.

図6Symbian社のWebページ
http://www.symbian.com/

図7フラッシュポイントテクノロジー社のWebページ
http://www.flashpoint.com/jp/

 たとえば,携帯電話用のEPOC(図6)とかディジタルカメラ用のFlashPoint(図7),自動車用のOSEKなどがある.欧米には,比較的規模の小さいRTOSメーカーが多数存在する.それらのメーカーのマーケティング戦略として,特定分野への特化があるのかもしれない.特定分野向け汎用OSは,不要なカーネル機能を削り,その代わりに画像処理や暗号化などのアプリケーション機能を付加してチューニングしてある.

 汎用OSに汎用のミドルウェアをのせ,その上にアプリケーションを構築するよりはハードリソースが少なくて済むし,エンジニアとしての経験が少なくても,ある程度の製品をそれなりの期間で開発できる点がメリットとなる.特定分野向け汎用OSは,特定のドメインの知識を組み込んだフレームワークを提供してくれる.しかし一方,製品としての個性を出し,他社製品との差別化が難しくなる.

 一方で,EWS用のOSだと思われていたUNIXがフリーのLinuxになった途端にRT-Linuxなどの組み込みを意識した実装が複数現れ,事例が紹介されたりする2).リアルタイムUNIX3)自身は1990年頃から存在していたが,今日ほど話題になることはなかった.つまり,機能もさることながら価格も重要,とくに安さが重要というのが産業用OSの特徴になるだろう.

 実際,数年前までRTOSを使うためにはイニシャルコストとして数百万円単位の投資が必要であったが,NORTi(図8)やTronTask!注1のような20万円以下の製品が出たことにより,今までRTOSを使っていなかった製品への展開を検討する事例が増えている.多品種少量生産に対応できる価格やライセンス体系をもったRTOSおよび開発環境が,多くの日本の製造業のために必要とされていたが,ようやく整いつつある.


注1http://www.aicp.co.jp/pro_info.html

1. 産業用OSの特徴と変遷
2. OSの構成
3. リアルタイム性
4. OSとミドルウェアの関係
   参考文献

10月号特集トップページへ戻る 


Copyright 2000 藤倉 俊幸