山本 真義
電気回路で発生する,インダクタが「飽和する」という現象の意味と仕組みを解説します.
まずはこちらの動画をご覧ください.
電源を設計する人は,チョッパや平滑フィルタ回路に使うトランスやインダクタを自作することもあるでしょう.スイッチを入れたとき,パワー半導体の電流値に十分マージンを取って使っているのに,熱暴走してはじけ飛んでしまった経験はありませんか? これは,トランスやインダクタの「飽和」が原因かもしれません(写真1,図1).
写真1 磁気飽和発生…インダクタンスの値が著しく低下して,回路に過大な電流が流れる
図1 磁気飽和してしまうとインダクタに過大な電流が流れる
通常,インダクタ(コイル)は磁性体(コア)に巻き線を巻いて構成されます.磁性体における「磁束の通りやすさ」を「透磁率」と呼びます.透磁率は,磁性体の種類や性能に依存します.また,電流の大きさに応じて変化します.
磁性体の透磁率が非常に小さくなり,真空に近い値になることを「磁気飽和」と呼びます.
多くのハイブリッド・カーに搭載されている昇圧チョッパ回路を図2に示します.このインダクタLに流れる電流は,半導体スイッチSのON/OFF動作に応じて増減します.
図2 昇圧チョッパに流れるインダクタ電流は半導体の動きに応じて変化する
正常に動作しているときのインダクタ電流波形は一定のピーク値を持っていますが,インダクタが磁気飽和すると写真1や図1に示したような過大な電流が流れてしまいます.過電流は回路の破壊や発火を引き起こします.
磁気飽和発生のカギを握るのが,インダクタの磁性体(コア)に空いている0.1 o程度の隙間(以下,ギャップ)です(写真2).ギャップの有無で,回路に流れる電流ピーク値が変動します.
写真2 左がギャップのあるインダクタ,右がギャップのないインダクタ
右のインダクタが写真1で磁気飽和を引き起こした張本人!
ギャップがないインダクタはすぐに磁気飽和が起こり,磁性体(コア)がない空芯(巻き線だけのインダクタ)の状態となります.インダクタンスの値が著しく低下して,回路に過大な電流が流れます.
ギャップがあるインダクタは,エネルギをギャップにため込めるので設計通りのインダクタンス値を保持でき,電流値を抑制できます(図3).
図3 磁気飽和を起こさないインダクタの構造
インダクタのインダクタンスLは,図4の式(1)で表せます.インダクタンスLが透磁率μに比例していることに注目ください.
図4 磁性体に巻き線を巻いたインダクタ(コイル)のインダクタンスLは磁性体の透磁率に比例する
透磁率μが非常に小さくなると,インダクタのインダクタンスLの値も急激に小さくなり,電流が通りやすくなって,インダクタに過大な電流が流れてしまいます.
磁界H[A/m]と磁束密度B[N・A/m]との間には,透磁率μを用いて,B=μHの関係式が成り立ちます.つまり磁束密度Bは磁界Hに比例し,これらの関係は図5の点線のように示せます.
しかし,実際のB-Hカーブは図5の実線のようになります.磁界は電流値に比例するので,この実線は,電流に応じて透磁率が大きく変化することを意味します.透磁率は傾きとして表れます.
図5 磁性体の透磁率μiはインダクタに流れる電流値に応じて大きく変化する
インダクタに流れる電流値が増える(すなわち磁界Hが増加する)と,透磁率がその磁性材料が持つ「最大磁束密度」に到達してしまい,それ以上透磁率が上がらなくなります.この,傾きが非常に小さくなった状態が磁気飽和の状態です.
「磁気飽和させない」ということは,磁束密度の上昇を抑えながらなるべく多くの電流を流せる状態を保つ,ということです.