新しいPCマーケットができる

― ベアボーンキットによる低価格マシンの市場背景 ―

岩村 益典

● はじめに
 毎月半分は台湾にいる筆者にとって,日本にいるディストリビュータやショップの店長をしている友人からのメールが主な日本の情報源です.ある日,そのメールの中にPC CHIPS社のベアボーン(*)を店頭に出したところ飛ぶように売れたという内容のものがありました.このベアボーンについては後で紹介しますが,29,800円という価格で筐体と電源,CD-ROMドライブ,フロッピーディスクドライブ,メインボード,マウス,キーボードが付属しているというものです.しかも,メインボードはSocket370とSlot1のどちらでも使えるジェミニタイプで,チップセットはSiS620を搭載しているとのことです.
 また,筆者がインターネット系マシンに使用しようと思っているのも,Chaintech社がリリースしているベアボーンです.このようにベアボーンという言葉は古くからありましたが,店頭に並ぶようになったのは,今年に入ってからのような感じがします.
 そもそも,ベアボーンというものには正確な定義はありません.以前は筐体と電源,メインボード,フロッピーディスクドライブのみを搭載したものを指した場合が多かったようです.最近は,CD-ROMドライブも搭載することが標準になってきているようです.いずれにせよ,CPUとメモリ,ハードディスクドライブ,OSを自分で用意すればよいということになるのです.特に,今回のPC CHIPS社の商品はキーボードとマウスも付属しているので,かなり割安感が強いということになります.メモリが6,000円,CPUが1万円,ハードディスクドライブが1万円,OSが15,000円で合計41,000円です.これに29,800円を加えても10万円をはるかに切る価格でマシンを構成することができることになります.2台目であれば,VGAケーブルと,ビデオ切り替え器があれば,ディスプレイは兼用できます.

NLXタイプのベアボーン内部
(Chaintech製CT-MNLX440BX)Barep1.jpg (134268 バイト)
ミニタワー型ベアボーン
(PC CHIPS製BB5513)
Barep2.jpg (114924 バイト)

今までの日本のPCの市場は異常だった

 まして,このPC CHIPS社のベアボーンにはモデムとネットワークカードも付属しているということですから,その分も含めてお買い得です.筆者は,別に安いということを強調したいのではなく,このようなベアボーンがリリースされる背景について少し考えてみたいのです.
 日本の市場は,皆さんがよくご存知のとおり世界から見ても非常に特殊なものです.このPC市場の特殊さは,1つは日本人の性格から来るものであり,1つは日本におけるPCの歴史に起因しています.
 日本人の性格という意味は,今まで何度も紹介したように台湾ではメインボードなどを購入する場合でも,必ずショップでパッケージを開けて付属品を確かめ,通電テストを行い,ユーザーが望むならその場でメモリやCPUを取り付けて動作することを確認してから自宅に持って帰るというのが普通です.しかし,日本ではそのようなことはせず,パッケージを一度でも開けると中古品という扱いを受け,ユーザーは自宅に帰ってからこっそりとパッケージを開けるのです.
 このような現状の中で,日本人はコンピュータというものを非常に大事なものと扱っているようなところがあります.これは前号にも書いたことですが,コンピュータはローレックスの時計ではないのだ,ということを考えてもらいたいのです.台湾の人は,ある意味で気軽に着せ替えのできる自分の身近な道具というとらえ方をしているのかもしれません.
 もう1つの日本における特殊なPCの歴史とは,日本では本質的に漢字を使用しなければならないこと,また日本でのパーソナルコンピュータの流れを見てもわかるように,ワープロを代表とする文書作成を基本として利用してきたことです.したがって,日本では長い間PC/ATが台頭することはなく,NECのPC-9800シリーズという漢字をハードウェアで表示できるマシンが使われてきたのです.
 PC/ATで日本語処理が一般的に利用できるようになったのはIBM DOSバージョン5.0/VというOSがリリースされてからで,その後すべてのフォントをソフトウェアで扱うWindowsが広まるにつれPC/ATでも日本語を表示することにまったく問題がなくなったわけです.日本における一般的なPCの歴史というのはWindows 3.1がリリースされてからで,当時はまだPC-9800シリーズもよく売れていたわけですから,そういう意味でいうと5,6年しか歴史がないということになります.しかも,NECの独占時代にパソコンは高価なものであるという印象がユーザーの中に根付いていました.
 このため,自分の好きな組み合わせで部品を組み立てることのできるPC/AT互換機が台頭するには時間がかかったものといえます.つまり,台湾と日本を比べるとPCの歴史が5年くらい異なるということになります.この5年の流れと日本人の性格が市場の複雑さを作ったものと思います.

● バブル崩壊がきっかけ
 つまり,DOS/VであろうとPC-9800であろうと,一般ユーザーがワープロさえ使えればよいという考え方をするなら,あとは値段です.そしてバブルが崩壊し,景気が悪くなると価格に注目しだすことになったのです.
 そうすると,富士通製のDESKPOWERなどがNEC製のPC-9800シリーズより安いのであれば,そちらを購入しようということになってきます.これはDIYでも組み立てでもなく,システムとしての購入です.もちろん,一部のDIYユーザーはPC/AT互換機を組み立てていました.しかし,DIYのユーザーというのはいくら増えても全コンピュータユーザーの半数を超えることはありません.つまり,DIYそのものが目的ということになるわけですから,これはこれとして1つの市場であるといえるわけです.
 たとえば,ABIT製のメインボードなどはDIYユーザーに非常によい印象を持たれ,DIYユーザーから広まってきたメインボードであるといえます.

● 第3のマーケットが誕生している
 ところが,ここにシステムやDIYとは別の第3のマーケットが生まれてきたわけです.それが,今年のベアボーンではないかと筆者は考えます.つまり,Y2K問題のためマシンを入れ替えようという会社があったとします.その際に,どのようなマシンを複数台購入しようかと思案することになるのです.
 台湾やアメリカなどでの,通常のマシンの購入の仕方について簡単に説明します.DIYユーザーでない人も普通にコンピュータショップに行きます.そして,店員の説明を聞きながら筐体やメインボードを指定し,食事へ出ている間に組み立てておいてくださいと代金を支払って出てきます.それから約2時間後に戻ってきて,出来上がったマシンをアメリカなら車に積んで,台湾ならバイクに積んで持って帰るのです.これが,普通に行われているのです.DIYではありません.
 また,ある意味でショップブランドでもありません.すなわち,完全にブランドというものがないのです.その場で必要なものをチョイスして組み立てる,道具としてのコンピュータという考え方の1つです.そうなってくると,PCの構成についてぜんぜん詳しくない人でも筐体とメインボードがすでにセットになっているベアボーンであれば,ある程度選択しやすいのではないでしょうか.それが,ベアボーンという考え方です.
 台湾でもアメリカでも,ベアボーンというのはショップブランドやDIYという考え方ではなく,いわゆるシステムを購入する人がベアボーンを購入しているのです.
 では,なぜ市販のできあいのシステムを購入しないのか.その理由は簡単です.COMPAQなどのメーカー製のほうがベアボーンより高価だからです.それに,市販のできあいのシステムと違って必要な部品だけの交換も自由です.このような状況から考えると,ベアボーンというものがいわゆる第3のマーケットになろうとしていることがお分かりいただけると思います.
 つまり,DIYユーザーがマシンをアップグレードする際に,余った部品と安く入手できるベアボーンでセカンドマシンを組み立てるという,DIYユーザーからベアボーンへという流れと,PCの購入を考えている人が市販のできあいのシステムは高いのでベアボーンにする,という流れがあります(図1).

Bareg1.jpg (10986 バイト)

 

以下略.


copyright 1999 岩村 益典