プロローグ そしてカードは知性をもった
カード社会とICカードの必要性

 あらためていうまでもなく,現代はカード社会である.キャッシュカード,クレジットカード,テレホンカード,そして最近増えてきたポイントカード……と,現代生活にカードは欠かせない存在となっている.

なぜ磁気カードではないのか

 これらのカード社会を支える基盤技術として,これまでは磁気カード(磁気ストライプカード)が用いられてきた.これはプラスチックのカードにテープ状の記憶媒体を貼りつけ,これに情報を記録するものだ.テレホンカードをはじめ,さまざまなカードで用いられる磁気カードは,価格の安さ,技術的な実装しやすさなどの要因から,幅広く普及してきた.

 しかし近年,磁気カードの存在がおびやかされる問題が出てきた.それはカードの偽造である.磁気カードの課金情報の書き換えなどは,適切な知識と装置さえあれば,比較的簡単に行えるといわれている.また,磁気カードは記憶容量が少なく(数10バイト〜100バイト強),あまり多くの情報は記憶できない.また,運用面においても,事実上「1アプリケーション=1枚のカード」となり,複数のサービスを受けるためには複数のカードが必要になることが多い.あなたも,カードで膨れた財布をお持ちではないだろうか.

なぜメモリカードではないのか

 同じように記憶を行うためのカードとしては,各種メモリカードが挙げられる.本誌でもしばしば取り上げられたメモリカードとしては,PCMCIA規格メモリカード,コンパクトフラッシュ,スマートメディア,マルチメディアカードとその上位互換規格であるSDメモリカード,メモリースティック,最近登場した規格としてはxDピクチャーカードなどもある.これらのメモリカードはGバイト級の容量をもつもの,非常に薄くて軽いもの,強固なセキュリティをもち著作権などへの配慮をしたものなど,さまざまな特徴をもっている.

 しかし,これらは単純なメモリ=記憶媒体であり,それ自身がインテリジェントな処理を行えるわけではない.記憶だけならとても素晴らしい媒体ではあるが,それ以上の機能を載せようとすると,外部(カードとの通信を行うデバイス)側で工夫しなければならない.

 また,これらメモリカードはPC側の発想から出てきたということもあり,コネクタによる電気的接続が必要になる.ものによっては端子がむき出しになっていることもあり,用途によっては使えない.

そしてICカード

 ICカードは,そのような背景から誕生した.ICカードは単純なメモリカードとしてだけではなく(規格上はメモリのみのカード――ワイヤードロジックカードも存在する),その中にCPUを搭載し,OSを動作させている.いわばICカードは,一つの独立したマイコンなのである(写真1).

〔写真1〕ICカードはマイコンである!

 CPUが入って,プログラム格納用のEEPROMがあり,ワーク用のRAMがあり,データ保存用のフラッシュメモリが載っている……そう考えると,ICカード用アプリケーションの開発は,一般的な組み込み機器アプリケーションの開発と何ら変わりがない.

 ICカードもまた,現代の組み込み機器と同様,OSを動作させ,その上でアプリケーションを走らせる.ここで使われるOSは,一般の組み込み機器用OSをさらに小型化した「ICカードOS」である.OSの機能としては,ICカードリーダ/ライタとの通信機能,データ保存を行うためのファイルシステムの管理などがメインとなる.ICカード用OSとしては,本特集で取り上げるMULTOS,ASEPcos,eTRON,FeliCaOSなどが存在し,それぞれが独特の特徴をもっている(図1図2).

〔図1〕ソニーのFeliCaのページ
http://www.sony.co.jp/Products/felica/

〔図2〕MULTOSの技術仕様を運営管理している,MAOSCOのページhttp://www.multos.com/

 さらに意欲的な動きとして,ICカード上にJavaVMを搭載し,Javaでアプリケーションを開発するということも行われている.一般的な組み込み機器もアセンブラやCしか使えなかった時代から,最近ではC++やJavaが使えるなど,開発環境も進化している.Javaを採用したICカードはJavaカードという名で呼ばれ,本特集ではメールシステムのセキュリティを向上するためのアプリケーションについて解説されている.

ICカードの利点

 いうまでもなく,ICカードではプログラムが動作する.すなわち,何でもできるということであるが,現実的にはICカード上で課金情報などを管理するアプリケーションを動作させ,それに対して暗号化処理を行うことなどが多い.単なるメモリカードではそのまま内部のデータを読み書きしていたが,ICカードであれば容易に暗号化などが可能だ(メモリースティックなどはこのあたりに配慮がなされている).

 また,見落としがちな点として,1枚のカードに複数のアプリケーションを搭載することが可能なことが挙げられる.いままで1サービス=1枚の磁気カードであったものが,複数のサービスを1枚のICカードでまかなうことが可能になる.これで膨れた財布ともおさらばだ.技術的には,複数のアプリケーションの外部からのローディングと実行,ということになる.

ICカードの欠点

 ICカードの欠点はとくに見当たらないが,しいて挙げるとすれば価格の高さであろう.カードの実際の価格については各メーカーに問い合わせてほしいが,さすがに磁気カードほどには安くならない.しかし,たとえばSuicaのデポジット(預り金)制度など,新たな疑似(?)購入システムにより,カード発行にかかる費用を軽減するしくみなどが導入されつつある.

おわりに

 このようにICカードは,普及段階にある.いままで磁気カードを使用してきた分野をICカードで置き換えるような動きも増えてきた.ちょっとしたポイントカード,社員証,セキュリティカード……このようなシステムを構築する際に,ICカードを選択肢に入れてはどうだろうか.

コラム

ICカードの意外なライバル?

 ICカードは手軽に携帯でき,無線による通信ができる.そして,内部でプログラムを実行することが可能で,それによる高いセキュリティを実現することができる.

 このように,さまざまな利点が存在するICカードだが,これとほとんど同じことができる機器がすでに存在することはお気づきだろうか?――そう,携帯電話である.

 本誌2002年10月号に掲載された「携帯電話の赤外線通信機能を使った入場認証システムの構築」では,IrDA通信機能をもつ携帯電話504iシリーズをもちいて,コンサートなどへの入場管理を行うシステムを構築している.ほかの例ではPDA(携帯情報端末)に赤外線通信モジュールを搭載し,同様のシステムを構築することも可能である.

 カードと携帯電話とPDA.このようにまったく性質の異なる機器が,技術の進化とともに同じような機能をもちつつあるということはたいへん興味深い.

 それでは,これらの機器は一つに統合されてしまうのだろうか? 筆者はそうは考えない.ICカードで通話をするのは無理があるし,携帯電話をデポジット金500円で配布することは難しい.PDAには電源供給という問題が存在する.それぞれの長所を生かして,これらの機器が独自に進化するのではないだろうか.

インデックス
プロローグ カード社会とICカードの必要性
第1章 ICカードOS「MULTOS」によるカードアプリケーションの作成
 ◆MULTOSの概要
 ◆MULTOSの特徴

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