はじめに

 Bluetoothは,スペクトル拡散通信技術を採用した近距離用のディジタル情報通信方式である.携帯電話機の大手メーカーであるエリクソン社を中心に,日本や欧米諸国の主力メーカーが協力して規格の策定を行っている.Bluetoothを利用すると,現在,おもに有線による接続となっているPCや周辺機器,携帯電話,情報端末,ディジタルAV機器などが無線接続となり,さまざまな機器間のケーブルレス化を容易に実現できる.

 さらに,Bluetoothの展開としては,情報家電への応用など,さまざまな方面への適用も期待されている.すでに,Bluetoothに向けたチップセットの出荷も行われており,新しい情報通信市場として各方面から注目を集めている.

 そこで本章では,Bluetoothを理解するうえで必要となる基本原理を中心に解説する.なお,スペクトル拡散通信の基礎に関して,本誌2000年2月号の特集「CDMAの基礎とモバイル通信技術」で紹介した内容については割愛させていただいた.しかし,Bluetoothの情報通信を理解するうえで重要な内容なので,そちらも合わせて参照いただきたい.

1. マルチメディア情報通信とBluetooth

 マルチメディア情報通信は,音声,画像,データなどの信号を,高能率符号化技術によってディジタル化し,誤り訂正などの処理を加えたあと,パケット化した情報を相手に送信する.マルチメディア情報通信を利用したもっとも身近な例としては,インターネットがあげられる.

● 同期型と非同期型

 インターネットでは,ATM(Asynchronous Transfer Mode)と呼ばれる非同期型の伝送方式を使用している.ここで,伝送方式は同期型と非同期型とに分けられる.同期型の伝送方式は,常(連続的)に情報を伝送し続ける方式で,たとえば,放送のように常時一定の情報回線を必要とする場合に使用される.

 それに対して,非同期型の伝送方式では,確保する回線路を必要に応じて太くしたり細くする方式で,限られた通信容量を複数のユーザーで共用する場合に用いられる.たとえば,非同期型接続であるインターネットは,回線のタイムスロットに空きを見つけると,そこに伝送したいパケットを挿入して伝送する通信方式であるといえる.そのため,大量の情報(ファイル)を伝送する場合でも,パケットとして小口に分割して伝送することになる.

 ATMが適用しているパケットの構造を図1に示す.図に示すように,一つのパケットは,ヘッダを5バイト,ペイロード(情報格納部分)を48バイトとした構成となっている.ヘッダ部分にはパケットの送信先,ペイロードタイプ,プライオリティ,パケット同期,ヘッダの誤り訂正符号などの情報が格納される.

〔図1〕ATM向けパケットの構造

 これらのヘッダ情報により,非同期状態における通信の効率化を行っている.また,ペイロード部分にはユーザーが伝送したい情報ビットを格納するためのスペース(48バイト分)が確保されており,ここにディジタル化された音声,画像,データなどの情報を入れて伝送することができる.

 このペイロード部分には,ユーザーが利用したいマルチメディア情報を自由に格納できることから,インターネットに代表されるさまざまな情報のやりとりが可能になった.有線接続によるインターネットに加え,携帯電話や無線LANなどの無線接続系におけるインターネットアクセスについても,非同期型のパケット接続方式が適用されており,パケット通信はマルチメディア情報伝送において主要なものになりつつある.

 このように,マルチメディア情報通信におけるパケット通信の位置付けは重要なものになっている.そこで,次章以降において,無線型のパケット通信方式として,今後,本格的な実用化が期待されているBluetoothについて紹介する.

● 高能率符号化方式と高能率伝送方式

 また,マルチメディア情報通信の形態は,伝送路の状況やユーザーの利用形態に合った高能率符号化方式や高能率伝送方式を選択(または階層化)することになっている.高能率伝送技術については,近年の技術の進歩により,伝送する情報のマルチメディア化と通信速度の高速化が実現されてきた.

 高能率伝送技術は,これまでは周波数帯域を有効利用するために,一つのチャネルの帯域幅を狭くし,単位周波数あたりのチャネル数を増やすことで対応してきた(狭帯域化の時代).

 しかし,情報のマルチメディア化にともなってさまざまな種類の情報がやり取りされるようになり,帯域幅のマルチ化や通信速度の高速化が求められるようになった.このため,従来の狭帯域化を行ってチャネル数を増加させる方法は,能率的な周波数帯域の利用法とはいえなくなってしまった.

 そこで,最近では1チャネルの帯域幅を広くとり,高速通信回線を確保することで周波数利用効率を高める研究が行われている(広帯域化の時代).

 その中でもスペクトル拡散(SS:Spread Spectrum)通信は,広帯域(高速)情報通信としてもっとも注目されている技術の一つである.

● スペクトル拡散通信

 スペクトル拡散通信では,拡散符号系列によって広い周波数帯域にスペクトルを拡散させて送信する.受信側では,拡散符号系列の種類からチャネルを切り替えることが可能である.米国では以前から携帯電話に利用され,現在ではBluetooth,無線LAN,ディジタル放送,GPSなどでも同様の技術が利用されている.このように,スペクトル拡散通信は今後の期待が大きい情報通信方式である.

 スペクトル拡散の定義は,

「スペクトル拡散通信方式とは情報を伝送するために最低限度必要な帯域よりも非常に広い周波数帯域に拡散させる通信方式で,その周波数帯域幅は伝送情報以外の関数に依存する」

である.ここで述べている「最低限度必要な帯域」とは,通信容量定理(本誌2000年2月号特集 第2章1.2項参照)の占有帯域幅のことである.また,「非常に広い周波数帯域」とは,一般的には最低限度必要な帯域幅の100倍以上であると考えられている.さらに,「周波数帯域幅は伝送情報以外の関数に依存する」というのは,スペクトル拡散通信における帯域幅を左右する要因は拡散率であり,これは伝送情報以外の関数といえる.この拡散率を決めるのが拡散符号系列の符号速度である.

 スペクトル拡散通信方式は,おもに次に示す三つの方式に分けることができる.

1)直接拡散(DS:Direct Sequence,Direct Spread)方式

 伝送する情報信号よりも非常に高速な拡散符号系列で搬送波を変調する

2)周波数ホッピング(FH:Frequency Hopping)方式

 拡散符号系列のパターンに基づいて搬送波周波数を不連続量だけ偏移させる

3)パルス化周波数変調(チャープ変調)方式

 拡散符号系列の周期に従って搬送波周波数を広い周波数帯域で掃引する

 この中で,実際には直接拡散方式や周波数ホッピング方式がよく利用される.たとえば,直接拡散方式は携帯電話やディジタル放送などで利用されており,周波数ホッピング方式はBluetoothで利用されている.また,スペクトル拡散と同様に広帯域通信方式として適用されているものとして,マルチキャリア(OFDM)方式もある.OFDMは地上波ディジタル放送などに利用される.


1. マルチメディア情報通信とBluetooth

2. 受信感度と送信電力

3. 誤り訂正と波形等価


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Copyright 2001 杉浦彰彦