Prologue 
組み込み機器開発における
問題点と解決手法

はじめに

  本特集は,「今,組み込みソフトウェアで何が問題になっていて,それに対してどのようなソリューションがあるのか」をコンセプトにまとめている.前半部分は,開発の第一線で活躍しているエンジニアから,現場での活動についてたいへん力の入った報告を行う.

 後半部分では,組み込みソフトウェア開発のコンサルタントから,また現場からは一歩下がった視点での提言を行っている.最後に,両者の意見をすり合わせ,問題意識が一致している点,ずれている点,今後の取り組みなどをまとめる.

 図1に,今回の特集のコンセプトを示す.

〔図1〕特集のコンセプト

構成

1.1 現場のエンジニアからの報告

 まず,組み込みソフトウェア開発技術の最前線で苦闘しているエンジニアから,「組み込みソフトの開発を考えたときに世の中に不足していること」をテーマにホットな報告がなされる.

事例

 具体的な題材として,エレベータと電波時計という2種類の開発事例が紹介される.この二つの事例は,両方ともUMLを用いてモデリングされているが,それぞれMDA(Model Driven Architecture)的なソリューションを指向したモデルと,よりプロセス重視で属人性を排除しようとしたモデルになっている.

 このように異なるモデリングのスタイルを同時に比較できるのはまれであり,貴重な事例といえる.しかもソースコードまで添付されている(一部掲載.全ソースは本号付属CD-ROM InterGiga No.30に収録).UMLモデルがどのようにソースコードに変換されるのかを確認するのには良い機会だと思う.

事業としての組み込みソフトウェア
開発現場で考えるべきこと

 事業(ビジネス)の視点で組み込みソフトウェアを見たとき,開発現場が考えるべきことが報告される.これまで,組み込みソフトウェア関係の書籍や雑誌などでは,あまり触れられなかった部分である.後述するように,そう遠くない将来,組み込みソフトウェアの事業性が検討されることもあると思う.今後,欠かすことのできない視点である.

組み込みとオブジェクト指向

 なぜ,組み込みでオブジェクト指向が広まらないのかをテーマに,現場のエンジニアのリアルな視点でオブジェクト指向が語られる.

1.2 コンサルタントからの報告

 ここでは,組み込みソフトウェアのコンサルタントが,現場から一歩下がった冷静な視点で,事業としての組み込みソフトウェア開発について,課題の体系化と取り組むべきポイントの提言を行う.

課題の体系化

 まず,技術,社会,経済,政治・法律の視点で,事業としての組み込みソフトウェアの環境を分析し,解決すべき課題を整理,体系化する.

技術面の取り組みポイント

 組み込み系と業務系のソリューションの違いを整理し,組み込みソフトウェアへのプロダクトラインの有効性を示す.さらにプロセス,仕様,ツール,構成管理などの技術的側面を整理する.また,ノウハウの外在化の重要性について述べる.

組織・ビジネス面の取り組みポイント

 事業としての組み込みソフトウェアを考えるうえで不可欠な企業人としての視点,すなわち競争優位性,組織マネジメント,暗黙知と形式知のスパイラルなどについて述べる.

人的な取り組みポイント

 組み込みソフトウェア事業を成功させるために,必要な人の最適配置と,その考え方に基づくソフトウェア開発プロセス,さらに,モデル作成者の適性をどのように測るかについて述べる.

この特集の背景

組み込みソフトウェアの課題が整理されていない!

 この特集を執筆しているメンバー(グループ内では,「組み込み探検隊」とか「組み込み開拓団」などと呼んでいる)が集まってよく議論する話題は,組み込みソフトウェアで現実に何が課題なのかが明確に認識されていないということだった.開発現場は,日々の開発に追われて問題を整理する時間もなく,また自分の担当する製品以外の情報を入手しにくい.コンサルタントは,ミクロなテクノロジに目が向きがちで,事業としての視点に欠ける場合も多い.また,個別のクライアントの問題解決を優先して,全体を見ることが難しい.

これでは共倒れ

 このような状態では,個別の企業やコンサルタントがばらばらに問題解決することになり,効率的とはいえない.企業の壁はあるにしても,できるだけ個別の負担を減らし,効率的なアプローチで問題解決にあたりたい.そのほうがお互いにコストも時間も節約しつつ,全体として組み込みソフトウェア技術の底上げにつながるのではないか.このような議論の末,今回の特集が執筆されることになった.

なぜ,事業としての組み込みソフトウェアを考えるべきなのか?

最初はハードウェアの付属品だった

 1980年代はじめ,つまり組み込みソフトウェアが本格的に製品に使われ始めた時代,ハードウェアの付属品的な扱いをされていた時期がある.

この時期は,日本の製造業が世界的に有利な時期だった

 また,この時期はいくつかの要因が重なり,日本の製造業が世界的に有利な立場にあり,日本製の組み込み機器が世界を席巻した1)

組み込み機器全体をトータルに考えて競争力を議論していた

 大局的に見ればライバル不在だったこともあり,製品としての競争力を議論していれば競争に勝つことができた.とくにソフトウェアは,あくまでもハードウェアを補完する付属品であり,その競争力については,ほとんど議論されてこなかった.

製品アーキテクチャの変化

 ネットワーク接続に起因する組み込み機器の高機能化,CPU処理能力の向上などから,組み込みソフトウェアが大規模化し,製品アーキテクチャが変化した(図2).これまでは,ハードウェアの付属品にすぎなかったソフトウェアが,システムを支える重要な要素に変化した.この製品アーキテクチャの変化によって,製品全体の枠組みで競争力を図ることが難しくなった.ハードウェア,ソフトウェア,システムインテグレーションなど,個別の技術ドメインごとに競争力を把握し,弱いところを改善しなければ,競争に勝てなくなってきた.

〔図2〕製品アーキテクチャの変化と組み込み機器の競争力

グローバル化と水平分散化

 グローバル化が急速に進展したことにより,多くのライバルが出現した.また,グローバル化にともなって,産業構造が垂直統合型から水平分散型へ移行しつつある.このため,これまでの組み込み機器全体での競争から,ハードウェア,ソフトウェア,部品,システムインテグレーションなどの事業レイアごとの競争に構造が変化してきている.図3に,組み込み機器の場合の垂直統合型と水平分散型の産業構造例を示す2)

〔図3〕組み込み機器の産業構造:垂直統合型と水平分散型

 また,携帯電話における水平分散化の例(あくまでも例であり,実際の製品とは異なる)を図4に示す.

〔図4〕携帯電話の製品アーキテクチャ

組み込みソフトウェアも独立した事業として考えるべき

 各事業レイア内での競争が激しさを増すことを念頭に置けば,組み込みソフトウェア開発も一つの独立した事業(あるいは,いくつかの独立した事業)として考え,その付加価値を真剣に検討する時期に来ている.

*          *

 本特集における開発現場からの報告でも,事業性がしっかり検討されており,開発現場でもこのような認識が共有されていると感じている.今後,どのようにして事業としての組み込みソフトウェアを可視化し,課題を認識し,解決するかを考えなければならない.

参考文献

1)松田久一,「情報家電産業の再生とリバイバル戦略」,JMR生活総合研究所 提言論文
 http://www.jmrlsi.co.jp/index.html

2)垂直統合型と水平分散型のビジネス・モデル

 http://www.atmarkit.co.jp/fpc/special/servertrend/servertrend02.html

インデックス
◆プロローグ 組み込み機器開発における 問題点と解決手法
第1章 組み込みソフトの開発を考えたとき不足していること

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