第1章 コンピュータとは? 計算とは? シミュレーションとは?
世界を僕のマシンの上に

 「シミュレーション」といえば,ゲームに代表されるような,コンピュータ上で仮想的な現実を実現することを指すようになっている.しかし,シミュレーションとは,コンピュータによるものだけではない.  本章は,特集の導入として,シミュレーションとは何か,コンピュータ・シミュレーションとは何か,コンピュータ・シミュレーションの限界はどこにあるのか,という点を突き詰めて考察し,解説する. (編集部)

● シミュレーション・シミュレーション

 コンピュータ・シミュレーションの特集ですし,今やシミュレーションといえばコンピュータを連想する人も多いとは思いますが,“シミュレーション”という言葉自体は「模擬実験」とか「模擬演習」とかを意味するものですから,それだけでコンピュータと直接関係するわけではありません.

 たとえば,ワールドカップの警備計画を練るために実際に人員を競技場付近に配置してみる,なんていうのは典型的なシミュレーションです.“震度6を体験しよう”とか避難訓練もそうですね.こういうシミュレーションは日ごろからきちんとやっておかないと,いざ本番というときにあわてふためいて事故のもとです.

 本物の人間ではなく,紙の上に模型を並べて動かしてみるという,いわゆる「机上演習」もシミュレーションです.というより,もともとはシミュレーションといえば机上演習だったのかもしれませんが…….ちょっと変わったところでは,宇宙で知的生命体と遭遇したらどういうことが起きるのかを地球人チームと異星人チームに別れてシミュレーションするファーストコンタクトシミュレーション(図1)などというものもあって,泊まりがけの大会が毎年行われています.これも机上演習の一種と思っていいでしょう.

〔図1〕ファーストコンタクトシミュレーションのWebページ
http://www.ne.jp/asahi/contact/japan/

 飛行機の操縦を訓練するためのフライトシミュレータや自動車の運転シミュレータなども今でこそコンピュータ制御が普通なのでしょうが,もともとはメカニカルに実現されていました.そうそう,宇宙飛行士が無重力下で行う作業の訓練をプールの水の中ですることがあります.水の浮力のために無重力環境と似たような効果が得られるわけですね.これもまたシミュレーションです.

 自動車や飛行機を空気力学にもとづいて設計するためには,模型を使っての風洞実験が行われます.これは実物をスケールダウンして行うシミュレーションの一例です.こんなふうに何でもかんでもスケールダウンした模型でシミュレーションできるなら何かと便利なのですが,残念ながらどのような現象でも常にスケールダウンしてかまわないというわけではありません.風洞の場合は,現象の基礎となる流体力学がスケールダウンを許す理論だからできるのです.

 たとえば,自動車の衝突実験もまたシミュレーションですが,模型ではなく本物の自動車で行いますよね(さすがに本物の人間ではなく,人形を乗せるが).

風洞実験……

 東京ディズニーランドも初めのうちは“本場のディズニーランドを模擬体験する”という意味合いが強かったように思います.お客さんはディズニーランドのシミュレーションをしにきたわけです.もっとも,今ではTDL独自の価値のほうが大きいので,もはやシミュレーションといってはいけないのでしょう.

 と,いろいろ見てくると,ひとくちにシミュレーションといっても,その目的にはいろいろなものがあるようです.容易には体験できなかったり,本当にやるには危険すぎたりするようなことを模擬体験してみる.本物はお金がかかりすぎるので,なにかで代用して模擬的にやってみる.理論を眺めただけでは結果の予測がつかないときに実際に動かしてみる.ほかにもほかにも…….

Copyright 2002 菊池 誠