第1章 プロセッサの概念からARMアーキテクチャ/ファミリを解説
ARMアーキテクチャ詳解
この章では,まずRISCプロセッサの概念的な解説をし,次にARMプロセッサの特徴と,そのアーキテクチャを解説する.アーキテクチャを実現するために,性能や用途に応じてさまざまなハードウェアの構成が存在するが,最後にそれらをインプリメンテーションとして構成要素ごとに説明する. (筆者) |
RISCプロセッサとは
1.1 プロセッサの概念
本特集はARMプロセッサの解説が目的ですが,プロセッサのメカニズムを知っていないと以後の説明がわかりにくいものになってしまいます.ここではARMプロセッサの解説の前に,そのプロセッサのメカニズムの概念がわかるように,工場を例にとって動作を説明します.
● 工場の作業
この工場は,指示にしたがって何らかの部品を生産する工場だとします.図1を見ながら,この工場の生産の流れを見てみましょう.
〔図1〕工場の動作 |
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(1)敷地外の指示書倉庫(プログラムメモリ)から指示書(命令)をもってきて(フェッチステージ),それを生産管理棟(デコーダ)に渡す
(2)生産管理棟(デコーダ)は命令を解釈して,作業指示を作成し,作業指示を作業棟(エクスキュートステージ)に送る.同時に作業棚(レジスタ)から作業に必要な製品(データ)を出庫して作業棟(エクスキュートステージ)に送る
(3)作業棟(エクスキュートステージ)では,作業指示にしたがって製品(データ)を加工し,加工した製品(データ)と作業指示を入出荷棟(メモリステージ)に渡す
(4)入出荷棟(メモリステージ)では,作業指示にしたがって出荷(メモリライト)なら敷地外の製品倉庫(データメモリ)に運ばれる
(5)作業指示によって,入出荷棟(メモリステージ)の製品(データ)を出荷(メモリライト)せずに作業棚(レジスタ)に保存(レジスタライト)する場合は,製品(データ)は入庫棟(ライトバックステージ)に渡される
(6)入庫棟(ライトバックステージ)の製品(データ)は作業棚(レジスタ)に保管される
(7)製品(データ)を加工するために,加工前の製品(データ)を敷地外の製品倉庫(データメモリ)から作業棚(レジスタ)に移すには,入出荷棟(メモリステージ)において製品倉庫(データメモリ)から製品(データ)を受け取り,入庫棟(ライトバックステージ)経由で作業棚(レジスタ)に保管する
さて,この流れに沿って工場内で製品が生産される現場は,図2で示す5段パイプラインのRISCプロセッサの中で実行されている処理とほとんど同じであることがわかります.
〔図2〕RISCプロセッサコアのブロック |
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● 工場の生産性向上
この工場の設備でさらに生産性を向上させるには,次のような手を打つのが効果的です.これらの対策を適切に行うことで,なるべく小さい工場規模で大量の部品が生産できれば,生産性が向上し,製品単価が下がり,経費が少ないので儲けが出る,優秀な工場といえます.これらの手法はプロセッサにも適用できます(表1).
〔表1〕改善手法 |
対 策
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プロセッサでの機能
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一つの作業を簡単化 |
単純な命令セット |
在庫を豊富にもつ |
多いレジスタ |
流れ作業化 |
パイプライン化 |
作業指示を途中で変更しない |
分岐予測 |
敷地内に一時保管所を設置 |
キャッシュ |
物流を専門業者に委託 |
プリフェッチ,ライトバッファ |
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・一つの作業を単純化
複雑な作業を依頼すると,作業に
時間がかかるので,一つの作業棟での作業を単純にして作業にかかる時間を短縮する.
・在庫を豊富にもつ
頻繁に使う部品は,いちいち敷地外の倉庫に取りに行くと時間がかかるので,なるべく敷地内の作業棚に置いておく.図1でいうと,作業棚のサイズを大きくする.
・流れ作業化
工程を細分化し,一つの工程が終わったら次に順次手渡して,各工程が並列に作業をする.
・作業指示を途中で変更しない
作業手順に変更があると,それまでの下準備作業がむだになる.むだを省くためには変更をあらかじめ予測する.図1でいうと,生産管理棟に生産計画予測チームを置く.
・敷地内に一時保管所を設置
作業手順や部品を毎回敷地の外に取りに行くと時間がかかるので,頻繁に使いそうなものは敷地内に保管しておく.図1では一時保管庫として表現されている.
・外部との物流を専門業者に委託
作業手順や部品を出荷するたびに自ら敷地の外に行くより,専門の業者に委託して物流の間も製造する.図1では,物流業者に入出荷を委託している部分に相当する.
Column1
ARMの歴史
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ARMは,1990年11月,Apple Computer,Acorn Computer Group,VLSI Technologyの3社による英国拠点の合弁事業『Advanced RISC Machines Ltd.』として設立されました.AppleとVLSIの両社は資金を提供し,Acornは技術とARMの設立に貢献した12人のエンジニアを提供しました.世界初の商業用シングルチップRISCプロセッサを開発したAcornと,自社システムにRISC技術の導入を進めようとしていたAppleは,ARMによって新しいマイクロプロセッサ標準を作りあげようとしました.ARMは,デスクトップコンピューティングに理想的な初の低価格RISCアーキテクチャを作ることによって,市場での差別化に成功しました.逆に,性能の向上に焦点を当てることの多かった競合アーキテクチャは,まずハイエンドワークステーションに採用されました.
1991年,初の組み込み型RISCコアであるARM6を発表すると,ARMは最初のライセンシとしてVLSIと契約しました.1年後,シャープ(株)とGEC Plesseyがライセンシに加わり,1993年にはTexas InstrumentsとCirrus Logicが続きました.
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1995年にはARMの特徴である,16ビットのシステムコストで32ビットRISCのパフォーマンスの提供を可能にするThumbアーキテクチャ拡張を発表しました.1998年にはARM7TDMIのシンセサイザブルバージョンを,1999年には信号処理の拡張されたシンセサイザブルなARM9Eプロセッサ,2000年にはJavaアプリケーション向けに拡張されたアーキテクチャJazelleテクノロジを発表しました.
このようにARMは,数年の間に,アーキテクチャや製品ファミリを拡充し,ライセンシを増やすだけでなく,Bluetoothなどの先進技術へもいち早く対応してきました.さらにARMは,サードパーティとも密接に連携して開発環境を整え,パートナーシップを拡大し,より多くのエンジニアに,ARM技術へのアクセスするための選択肢を多数提供しています.
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Copyright 2002 五月女哲夫/小林達也
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