エンジニアは何を中心に設計してきたか

 筆者が電子工学を意識したのは大学に入る頃なので1972年,今からもう30年近くも前のことになる.その頃でも,『トランジスタ技術』誌には論理回路の話題も掲載されていたし,TTLゲートICも秋葉原で普通に買えるようになっていた.とはいえ,当時の回路設計の中心にあったのは単体のトランジスタであり,トランジスタ1個の動作を意識した回路設計をしていたのである.

 トランジスタ回路設計といえばバイアス回路の設計であり,温度や供給電圧の変動に強い安定なバイアス回路を設計できるということが,電子回路エンジニアの必須技術だった.この頃に売られていたテレビやラジオを分解すると,まだIC化はほとんど進んでおらず,トランジスタや抵抗,コンデンサといった個別部品で作られている.

 そのためか,設計の良し悪しによる性能差が大きく出ていた.北海道の冬の寒い日に,カーラジオが動かないということもあった.温度が上がると動くのだから,おそらく設計温度動作範囲が狭かったのだろう.ともかく,回路系エンジニアの頭の中では,1個のトランジスタを中心に回路図が描かれていたのである.

 その後,アナログ回路もディジタル回路も小規模のIC,LSIが中心になり,基本機能回路を中心に回路図が描かれるようになった.

 アナログ系の中心になったのは演算増幅器(OPアンプ)であり,ディジタル系ではTTLやCMOSといった基本論理ゲート素子である.この時代になると,トランジスタは単なるインターフェース素子になってしまい,設計者からすれば抵抗やコンデンサと同じレベルの素子になってしまった.ただし,トランジスタ回路の設計技術がなくなったかというとそうではなく,設計するのはテレビやラジオの設計者ではなくて,ICやLSIといった電子デバイスの設計技術者の手に渡ることになる.

 もともとICの分野はプロセス技術が主であり,電子工学系というよりは物理系の分野であったのだが,ターゲットが個別半導体から機能回路に移行する段階で回路技術なしでは製品開発が困難になってくる.結果として,回路系エンジニアのノウハウはLSI開発のセクションが維持することになる.この傾向は,ICのパターンが回路性能に影響を与えるアナログ回路に顕著となる.


◆ あまりに広いエレクトロニクス分野
◆ エンジニアは何を中心に設計してきたか
◆ マイクロプロセッサが変えたエンジニアの必修科目
◆ さらに進む論理設計のソフトウェア化
◆ 21世紀初頭のエレクトロニクスエンジニアに求められるもの

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Copyright 2001 山本 強