1.データ処理の役割は科学計測の第六感

 人間には五つの感覚器官,つまり,目(視覚),耳(聴覚),鼻(嗅覚),舌(味覚),皮膚(触覚)がある.そして,マイクロフォン,フォトディテクタ,ガスセンサ,各種化学センサ,圧力センサなどの計測機器は,それらを人工的に作ったものであるといえよう.

 ところがさらに,これら五つに加えて人間には,六つめの感覚である「第六感」がある.これはほかの五つの器官(ハードウェア)と異なり,それらから得られるデータを総合的に整理して,かつ過去に得られたデータを解析して結論を導出するソフトウェアであるといえよう.

 人はこれを「勘」と呼ぶが,決していいかげんな「勘」ではなく,けっこう当たる.豊富な過去のデータの蓄積を用いた解析が役立っているからである.科学計測(Scientific instrumentation)における「データ処理・解析」は,まさにコンピュータによる第六感をめざすのである.

 計測によって得られる情報はつねに不十分で,そのデータを処理・解析するには,大胆な推論が必要である.不足した情報から,あるいは雑音に埋もれて汚れた信号から,いかに正しい答を得るか,あるいはいかにもっともらしい答を導くか? それが,データ処理・解析の役割であり,妙味でもある.

 第六感を感じるためには,最初に,正しいデータの整理と分析が必要だが,それに加えて,計測の方法も重要である.図1は,一人の少年が見たことのない物体(恐竜)を計測して分析しようとしているところである.

図1正しく計測するためには・・・・・




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 まず,遠くからぼんやり眺めるが,そのうち,近づいて虫眼鏡をもってきて見たり,違う向きからも眺めてみる.本物かどうか騙されないように,見るだけではなく触ってみる.生きているかどうかわからなければ,声をかけて答えがあるかどうか耳をすませて聞き,応答がなければ,叩いたりつねったりして反応をみる.

 ただし,あまり強く叩いてはいけない.「死にかけている」ようならば,強く叩くことによって本当に死んでしまうかもしれないからだ.

 ここに,科学計測における新しいデータ処理のヒントがたくさん隠されている.複数のセンサを用いて得られる複数のデータソースから多角的・統合的に計測データを解釈すること(センサフュージョン)や,センサ側から能動的に刺激を与えて応答を見るというアクティブフィードバックなどといった基本的な概念を,これから述べる.

 図2は,コンピュータによる計測データの処理・解析の構成図を示している.図2(a)は従来の計測・データ処理解析法であり,図2(b)はこれからの方法のコンセプトを表している.そして,図2(b)は計測対象の物質・物体・状態を未知の物体である恐竜に置き換え,コンピュータを少年に置き換えると,まさに図1の例と一致する.

図2
科学計測システムにおける
昔と最近の技法の違い



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 従来の計測〔図2(a)〕では,コンピュータ処理がリアルタイムでは追いつかず,このようなフィードバックシステムは構成されなかった.

 本章では,このような新しい計測学における要素的考え方を一つずつ解きほぐしていこう.


1. データ処理の役割は科学計測の第六感
2. 計測の多角化「センサフュージョン」
3. シングルチャネル検出法――スキャニングの時代
4. 非線形効果の積極利用――ディジタル化への道
5. 間接的計測法――ハイフネーティッド計測法
6. 天秤による計測「零位法」
7. アクティブ制御機構をもつ計測システム
8. 計測プローブのインピーダンス――計っているのか計られているのか?
9. Youngの干渉実験――フォトンは,エレクトロンは,なぜ干渉するのか!?
◆  特集に登場する用語の説明

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Copyright 2001 河田 聡