2.計測の多角化「センサフュージョン」

 では具体的に,科学計測にはどのような特徴と形態があるのか.新しい科学計測には,図3に示すように,四つの異なる方向がある.計測の多角化選択化非線形効果の利用による選択的検出法間接的検出法の四つである1).ここでは,計測の多角化から順に,それを一つずつ述べていくことにしよう.

図3
科学計測の技法と形態




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 恐竜の計測の例では,少年は恐竜を計測する手段として,目(みる)と手(触る)と耳(聞く)などのセンサを使った.このように,たくさんのセンサを使って多角的に計測することが科学計測の基本である.単一の検出器のみで測定する必要はない.

 1970年代後半に,集団検診されたX線写真からコンピュータ画像処理によって自動的に癌を発見するという研究が活発に行われていた.集団検診された何百枚もの写真を手際よく1枚ずつ眺め,その中の怪しい影を次々と調べていくことは,医師にとってたいへんな労働であり,医学とはかけ離れた仕事である.もし,コンピュータがその役割を担ってくれるなら,画像処理のまさに良い応用といえる.しかし実際には,このようなプロジェクトが成功して実用化になったという話は聞かない.

 これは,先に述べたようなセンシングの多角化が不十分だったからである.X線写真における癌情報は,カルシフィケーション(石灰化)による白く小さな丸い影である.しかし,癌以外にもこのような影はあり得るし,癌が決まった形とサイズだとはかぎらない.つまり,生きた恐竜であるのかどうかを知るには情報が不足しているわけである.

 そうなると,X線写真以外のセンシング技術を加える必要があろう.癌の診断をするのに,X線写真だけをいくら眺めてもダメである.血液検査や尿検査,問診,超音波診断,胃カメラ,MRIなど,あらゆる計測結果を総合的に判断するのが,もっとも信頼性が高い.

 このように,複数の計測データを混沌とした状態でたくさんのセンサを使って計測し分析することを,センサフュージョンと呼ぶことがある2)

 科学計測の代表的な例として,物質を色(可視光とはかぎらず,多くの場合,赤外や紫外スペクトル)によって同定する分光分析法がある.分光分析においては,単一の波長(振動数)の光の強度のみを測定するのではなく,多波長の信号を同時に計測して分析するほうが,効率も信頼性も高い.

 このとき,時間的に各波長を異なる変調周波数で変調し,一つの検出器を用いて検出・復調するマルチプレックス検出法(MX法:フーリエ変換分光法がこれに対応する)と,複数の光検出器を並べ(アレイディテクタと呼ばれる.CCDがその代表),各波長を異なる検出器で独立に同時に検出するマルチチャネル検出法(MC法:ポリクロメータがこれに対応)の二つがある(図4).

図4
MX法とMC法




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 ここで,MX法とMC法のどちらが望ましい計測法であるかは,計測者にとってつねに重要なテーマである.興味深いことには,その優位性は計測する光の波長域によって異なり,赤外光の分光に対してはMX法が,可視・紫外域の分光に対してはMC法が有利であるとされている.

 なぜ,このような違いが生ずるのかは,雑音の性質による.赤外領域においては,検出器において発生する熱雑音が測定データの雑音を支配し,可視・紫外領域では,究極にはフォトン自身がもつ粒子性(光子雑音)が測定データのばらつきを支配するからである.これは,MX法は加法的雑音に対しては強いが,乗法的雑音に対しては弱いことによる.これらについては,第2章で詳しく述べる.

 さて,恐竜を観察した少年は,最初は遠くから,そして近づいてぐるっと回って,最後には顕微鏡を使って観察した.これは,3次元物体を計測する際の常套手段である.3次元物体の内部計測として知られるX線CTは,先のフーリエ分光法と同様のマルチプレックス検出法であり,一方,ステレオスコピー(立体視)はマルチチャネル検出法であるといえる.

 一般に,マルチプレックス検出法は,検出後のコンピュータによる計算(線形変換:フーリエ分光ならフーリエ逆変換,CTならラドン逆変換)が必要であり,このような線形変換を受け入れるためには,雑音が加法的でなければならない.


参考文献
1) 河田聡,「物理計測における最近の信号回復論」,『応用物理』,Vol.55,1986
2) 山崎弘郎,石川正俊編著,『センサフュージョン−実世界の能動的理解と知的再構成−』,コロナ社


1. データ処理の役割は科学計測の第六感
2. 計測の多角化「センサフュージョン」
3. シングルチャネル検出法――スキャニングの時代
4. 非線形効果の積極利用――ディジタル化への道
5. 間接的計測法――ハイフネーティッド計測法
6. 天秤による計測「零位法」
7. アクティブ制御機構をもつ計測システム
8. 計測プローブのインピーダンス――計っているのか計られているのか?
9. Youngの干渉実験――フォトンは,エレクトロンは,なぜ干渉するのか!?
◆  特集に登場する用語の説明

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