第14回 e-speed時代の産学連携

 巷がネットバブルに浮かれている一方で,大学,とくに国立大学ではいわゆる独立行政法人化を含めた新しい大学の形作りという大きな波を受けている.そして今話題の中心にあるのは,独立行政法人化と産学連携ブームである.

 法人化という問題は大学全体の意思決定の話であり,私みたいに気まぐれな教授は言いたいことだけ言って,後は天命を待つというぐらいにしかならないが,産学連携に関しては工学系の教官は当事者になる確率が極めて高く,他人事ではない.実際,私自身もなんだかんだと産学連携に巻き込まれる,いやこっちが巻き込むこともある.

 そんな折,本誌の姉妹誌であるデザインウェーブマガジン3月号を読んでいたら,これが産学協同の特集を組んでいた.そんな特集は,新聞や週刊誌でいつもやっているものと思ったが,これが意外(失礼)に面白かった.

 新鮮だったのは,この特集がエンジニアから見た産学連携の話だったという点である.これまで,新聞や週刊誌をにぎわしていた産学連携の話題は,経営者や行政から見た産学連携の話だったのだ.本当に産学連携を語るべきは,その当事者であるエンジニアと大学の先生なのだから.

本当は簡単な産学連携

 デザインウェーブマガジンの記事もそうだが,今何ができるかという見方で産学連携を考えることはとても意味がある.だれも産学連携するなとは言っていないのである.多少やりにくいかもしれないが,今できることはたくさんある.

 制度や組織ができるのを待っているようでは,e-speedの時代には対応できない.そういう意味で,九州大学の村上先生のケースレポートは秀逸だった.会社設立時に出資をして株主になることは堂々とできるのである.ただし,取締役にはなれない.この壁を取り払おうとしたのが前一橋大学の中谷先生だったが,これは撃墜された.

 しかし,株主は会社に対して発言する権利があるのだから,主要株主であるなら実質的には経営に影響を与えることができる.しかも,民間企業との兼業も可能になっているので,自分が株主である会社に対して技術的貢献をすることも全く正当な行為なのである.隠すようなことでもないから村上先生は堂々と書いてある.この形の産学連携は最近ではかなり行われるようになっている.

 かく言う私も,今年の1月にデータ放送の実用化をにらんだ会社に個人株主として設立参加した.

 大学当局と綿密に打ち合わせ,何ができて何がいけないのか,十分に調べてのことなのだが,結論から言えば現状でも相当に自由度があることがわかった.田舎のことなので,私が個人出資するということが新聞記事になってしまうのだが,当局から何のおしかりも頂かず,逆に誉められてしまった.

産学連携は儲かるとは限らない

 実際に会社の設立をした後で,何人かの方,とくに経済関係の方から聞かれたことは,「Yahoo!みたいに儲かるのでしょうか?」ということである.これははっきり言っておこう,まず儲からない.実質的には出資金の持ち出しで,当面それ以上に負債が膨らまないということぐらいである.

 実は,これまでもいくつかソフトウェアを技術移転して商品化までいったことがあるが,そうそう利益が出るわけではなかった.100件の産学協同があったとして,3件くらいが利益につながればよいところではないだろうか.産学連携を金銭的な収支決算で考えている間は,まだまだ甘い.

 でも,私がまだ学生だった頃,大学の駐車場には場違い(失礼)なメルセデスベンツが止まっていて,大学の先生って給料がよいのだなと思ったこともあった.実際,自分がその立場になってみると,家内からは「あなた,給料の0が1個足りないんじゃないの?」と言われる始末.

 どうやら,メルセデスに乗っていた先生は重要な特許を持っていて,そのライセンス料を手にすることができていたらしい.そんなことが,今から20年前でもあったのである.その後,そういう先生はうちの大学では見かけなくなったから,そんなによくある例ではないのだろう.少なくとも今は,私の周りの先生でポルシェやフェラーリに乗っている人はいない.

e-speed時代の研究スタイル

 最近は,産学連携というと何とか共同研究センターとか,技術移転会社といった組織の話になることが多い.それはそれで素晴らしいことであって,長いスパンで見たときに必要な行動なのだと思う.しかし,問題は時間である.

 そういうセンターを作ろうということから始まって,実際に機能し始めるまでには3年はかかる.また,それができてしまった以上は,「産学連携」する義務が発生する.

 産学連携はよいことだから何の問題もないのだが,産学連携は目的ではなく手段だったということが時として抜け落ちる.時代はe-speedで動いているのである.何か技術が欲しいと思ったとき,それが大学にあるかどうかが,e-speed時代の産学連携の基本なのではないかと考えている.必要になってから追っかけても間に合わない,それがe-speed時代なのだろう.

 そんなせっかちな研究方法を大学がする必要があるのだろうか.実は,これはせっかちな研究のやりかたではない.当面使えないような技術要素をいかにたくさん貯め込むか,これがe-speed時代の価値基準なのかもしれない.そのためにも,もっと遊ばなければならないと考えている.

山本 強・北海道大学



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第12回 続・GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第11回 GCC2.95から追加変更のあったオプションの補足と検証
第10回 続・C99規格についての説明と検証
第9回 C99規格についての説明と検証
第8回 C言語におけるGCCの拡張機能(3)
第7回 C言語におけるGCCの拡張機能(2)
第6回 GCCのインストールとC言語におけるGCCの拡張機能
第5回 続・C言語をコンパイルする際に指定するオプション
第4回 C言語をコンパイルする際に指定するオプション
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