第16回 有珠山噴火に見る災害時のテクノロジ

 去る3月31日,北海道の有珠山が23年間の沈黙を破って噴火したというニュースが流れた.現在はやや沈静化しているものの,まだ噴煙を上げ続けている.前の有珠山の噴火は1977年の夏で,このとき私は大学院の学生だった.たまたま噴火の当日が,札幌で初めて開催されたマイクロコンピュータ展示会の日で,そこからの帰りに市内で火山灰を被った記憶がある.

 本土から見ると,北海道全体がこの噴火で大変なことになっているように見えるらしいが,実際の噴火はかなり局地的なものである.だから,被災地から100kmと離れていない札幌市内でも,噴煙や災害そのものはほとんど見られない.実のところ,札幌の人も東京の人と同じテレビ画面によって災害を確認していたりするわけである.

 そんな折,知人のジャーナリストが「有珠山噴火災害とハイテク」という視点で週刊誌の特集を企画し,その取材の帰りに私のオフィスに寄って行った.彼は,噴火から2週間後の生々しい取材話を聞かせてくれたのだが,彼が私のところに寄った理由は,この災害対策に使われたたくさんのハイテク技術について,エンジニアの立場でどう思うかというコメントを取ることにあったのだとか.

 そう言われて調べて見ると,今回の噴火の対応や報道のために使われた技術は,相当にスマートなものだったのである.

新しい測量システムでモニタされる噴火

 噴火が起きる少し前に,スペースシャトルから高性能な3次元レーダを使って地球表面の精密な地図を作るというミッションが話題になっていた.当然ながら,有珠山周辺も精密に3次元測定されていたことになるわけで,そのデータを元にした3次元映像が公開された.といっても,シャトルはいつも飛んでいるわけではないので,こんな映像が作れるという程度のものだったのだが,衛星テクノロジはもっと別のところで今回の災害に使われていた.

 噴火の直後から,有珠山周辺の地殻変動について恐ろしく精密なデータが発表されていたのに気がつかれた方も多いと思う.火口付近の隆起や水平方向の変動が,RTK方式のGPSによってcm単位でモニタされていたのである.

 cm単位の隆起情報が連日流されていたのだが,ある日それまでの数値に大きなまちがいがあったというニュースが出たことがある.何でも基準点の設定をまちがえていたのだとか.相対測位であるRTKの仕組みを考えれば,そういうことは当然あることなのだが,ハイテク機器の吐き出す数値には,それを疑うことを許さない威圧感があるのだろう.

やっぱり話題のインターネットとメディア

 最近では,何か事件が起こるとインターネットにその痕跡をたどるのがマスコミの常道になったようであるが,有珠山噴火でもインターネットをたどるといろんなことが見えてくる.北海道立地質研究所という研究機関では,臨時火山情報を噴火の前日からインターネット上に公開していたし,噴火後は時間単位で地震の統計データを提供し続けている.

 情報系のエンジニアから見れば,ディジタル地震計をサーバにつなげば簡単にできる程度のことという話になるのだが,それが噴火の前からあったということを誉めなければいけないと思う.加えて,公的な情報サービスもさることながら,噴火から1週間ほどで,被災者が運営するサーバwww.usuzan.netが立ち上がったということも時代の変化を感じさせる例である.

 ちなみにwww.usuzan.comというURLもあるが,こちらは噴火前から存在している有珠山ロープウェイのホームページである.

 これまで,被災地はメディアから取材されるだけだったが,いまや被災地自身がメディアをもてる時代なのである.それほどメディア技術が一般化している.被災地側がメディアをもつということでは,5月に放送が開始された被災地のFMレイクトピアというミニFM局もいろんな意味で意義深い.昔,FM局を作るというと何年もかかる大事業だったらしいが,今では免許を含めても数週間で立ち上げられるという前例を作ってくれた.

 インターネットがいくらすごいと言っても,テレビの影響力にはかなわない.噴火直後は,全局が有珠山の噴煙の状況を深夜に生中継していた.もちろん,全部違う映像である.順に眺めていて気がついたのだが,深夜だというのに,ある局だけ昼間のように山も噴煙も形まで見えるのである.他局と差別化するために超高感度カメラをもちこんだらしい.

 また,噴火直後から複数局の放送画面が,米国の経済専門放送の画面風に左と下の隅をL字型の文字情報表示にしたことも新鮮だった.しかし,そんな画面を見ていると,車で2時間ほどの距離にある現場がますます遠く感じてくるのである.

テクノロジで劇場化される現実

 今回の一連の噴火報道を見ていて思い出したのが,1990年に勃発した湾岸戦争のテレビ報道である.ハイテク兵器やバグダッドからの衛星中継が茶の間に飛び込み,戦争であるのにまるで映画のような印象を受けた記憶がある.有珠山噴火に関する報道も,技術を駆使すればするほどリアリティが薄れてくるような感じがした.

 今回の災害でも連日のように新しい技術の話題が報道され,まるでハイテク機器の見本市のようにも見えた.求められる状況で必要なテクノロジを導入することは自然なのだと思う.しかし,違和感があるハイテク機器があったとしたら,きっとそこにふさわしくない技術なのだろう.技術は,難しいから偉いというものでもあるまい.

山本 強・北海道大学



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